Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第13号(2001.02.20発行)

第13号(2001.02.20 発行)

海岸の急激な人工化は止まるか?

国土交通省土木研究所河川部長◆宇多高明

この海岸保全工事は何のために行われたのか?という疑問が湧く海岸線がある。その場合、直ちにナンセンスと決めつけても問題の解決には繋がらないため、ここではなにゆえこうした護岸工事が行われたのか考えてみた上で、問題の所在をもう少し深く探ってみたいと思う。実例として、千葉県瀬戸浜にそそり立つ護岸を挙げてみた。

人工化された海岸の風景

筆者は時間を見つけては全国各地の海岸線を歩き回っている。写真-1は2000年11月に訪れた千葉県房総半島の先端部に近い瀬戸浜で撮影したものである。海岸線には長大な斜面を持った護岸(緩傾斜護岸)がそそり立っている。緩傾斜護岸の先端は海の中に大きく突出し、先端水深が大きいため太平洋からの入射波浪があまり減衰することなしに護岸斜面上へとはい上がっている。ここにはもともと直立護岸と狭い砂浜、さらには磯があったが、それらの磯は護岸の下に埋められた。護岸は緩い勾配を持っていることから分かるように、汀線へ近づき易いようにという設計がなされていたと推定できる。しかし、写真に明らかなように緩傾斜護岸ののり先は常時波の作用を受けると同時に、そこでは生物付着が著しく、ヌルヌルして危なくて近づけない。このため汀線へのアクセスは確保できず、所期の目的は達成されていない。また磯が埋められてしまったことは、浅海の生態系の劣化を招いたと考えられる。その定量的評価は難しいとしても、この写真のみから判断すれば一体この海岸保全工事は何のために行われたのか?という疑問が湧いてくるに違いない。その場合、直ちにナンセンスと決めつけても問題の解決には繋がらないであろう。問題の所在をもう少し深く探ると、実は日本人の環境認識が様々であり、地域全体でよりよい環境を造ることよりも、局所的に問題を解決すればそれでよい、という目先の利益追求型であって、トータル的かつ長期的視点が欠如していることに問題が帰すように思われる。

どうしてこのような風景になったのか

写真-1の海岸工事が行われた場所では、写真-2に示すように外房の主要幹線道路である国道410号線が海岸線に沿って走っている。道路は往復2車線であり、それほど広い道ではない。道路の海側には写真に示すように直立護岸があり、護岸の沖側には岩礁が広がっている。これらの岩礁は浅海での魚介類の生息場を提供するだけではなく、固くかつ緩やかな勾配を持った海底面が続くことから、高波浪時の波浪を減衰させる天然の防波堤効果も有している。

しかしながら、道路は護岸のすぐ内側を走っていることから、潮位が高くかつ波高が高い時には越波が激しく、交通止めをしなければならない事態も起こる。このため道路管理者からは高波浪時の越波の防止策を取ってほしいという話が出た。もともと写真-2のような状況が発生したのは、瀬戸浜で浸食が進んで道路前面の砂浜が狭くなってしまったことに起因するが、ここではこの点については触れずに話を先に進めよう。

対応策は種々あるが、瀬戸浜では写真-3に示すように直立護岸の前が埋め立てされ、その海側を守るための護岸が造られた。写真-3は、写真-2において前方に見える白い直立護岸から逆方向に海岸状況を望んだものである。写真の右端には直立護岸が一部見える。これによって幅20m程度陸地が広がった。写真-4は、写真-3に見える護岸の天端から再び写真-2と同じ方向を望んだものである。コンクリート製のしっかりした護岸であることが分かる。

一連の工事によって旧護岸を越える越波は大きく減少し、交通止めの必要がなくなった。それだけではなく、新たに広がった用地は駐車場となり、写真-5に示すように多くの自動車が駐車可能なスペースができた。これは付近の住民には喜ばれている。一連の工事は要するに埋め立てに等しいのであるが、旧海岸線から新海岸線へと海側に施設が突出することになったので、のり先水深が大きくなり、また波浪の作用も増大するので、コンクリート製のがっしりした構造物でなければ守ることができない。その結果写真-6のように、そして冒頭に示した写真-1の風景となったのである。

写真-1
写真-2
写真-3
写真1写真2写真3
写真-4
写真-5
写真-6
写真4写真5写真6

問題の深層をえぐる

一連の現象は、利点(○)、欠点(●)として次のように整理される。

  1. 道路への越波は防止され、高波浪時でも安全な走行が可能になった(○)。
  2. 道路と新護岸の間の空間が広がり、新たに駐車場のスペースが生み出された(○)。
  3. 整備された空間は人工的ではあるが、それなりに「整然とした」「良好な」景観を生み出した(○)。
  4. 地元の建設業者によって工事が行われることにより、地元の経済振興に寄与した(○)。
  5. 外房特有の岩礁域の一部が消失し、浅海での生態系の劣化に繋がった(●)。
  6. 外房らしい景観が失われ、人工化が進むことによって多くの観光客を引きつける魅力が減少した(●)。
  7. 護岸ののり面を緩くすることによって汀線へのアクセスを造ろうとしたが、実際は激しい波のうちあげと、それに伴う生物付着によって汀線へのアクセスは不可能になった(●)。
  8. 緩傾斜護岸が深い場所まで突出したため、強い波浪作用を受けることから、将来の護岸被災・復旧に要する維持コストが増大した(●)。

新海岸法では、海岸の工事に当たって従来からの「保全」機能だけではなく、「利用」「環境」についても十分な配慮がなされるべきことが謳われている。この場合、部分的に主旨を満足することを含めれば、上述の(1.)、(2.)、(3.)は法の主旨に合致していると判断することも可能である。一方、環境保護を重視する立場の人々からは、法の目指すところをつまみ食いしたと言われる可能性も大きい。しかし環境保護を図る立場の弱点は、例えば、(5.)の意見に対し、その効果の定量的評価が難しいことである。

かくして「保全」に係わる問題と比較して、「利用」と「環境」に関しては様々な議論が可能である。そして「利用」と「環境」にかかる問題は定量的評価が難しく、誰でもが一家言を有するために合意の形成が難しい。筆者自身は、極力自然海岸をそのまま次世代に引き継ぐことが重要と考えている。しかしながら地域によっては別の選択のほうが望ましいという意見に至ることもあろう。かくして小規模ではあるが、地先ごとに海岸の人工化が進み、多くの人々が気付いたときには時既に遅く、長い海岸線の大部分が人工化され、そこを訪れる人もいないという事態に至ることを恐れる。その前に、できる限り多くの人々に実状を知ってもらい、広範な議論をしてよき方向性を納得の上で見出すことが必要ではないか?(了)

第13号(2001.02.20発行)のその他の記事

ページトップ