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オーシャンニューズレター

第134号(2006.03.05発行)

第134号(2006.03.05 発行)

船員の資質向上へ向けた取り組みと世界海事大学のネットワーク~アジア地域の船員の資質向上に関わるセミナーに参加して~

(独)航海訓練所航海科教室助教授◆斎藤直樹

船員の資質向上に果たすプロセスとしての教育機関の役割は、今後さらに重要度を増す。
教育訓練プロセスの質の向上において、指導にあたる教官の質は大きな要素の一つであり、伝統的海運国で作られる教育システムが、船員供給国であるアジアの国々で適切に機能するかどうかも、指導する教官による部分が大きい。
船員の資質向上へ向け、日・ASEANにおいて今後よりいっそうWMUのネットワークを活かすべきである。

はじめに

平成17年12月6、7日の2日間、国土交通省が日・ASEAN船員政策フォーラムの枠組みの中で主催する「アジア地域の船員の資質向上に関わるセミナー」が海洋政策研究財団(OPRF)の国際交流基金からの支援を得て、マニラにおいて開かれた。わが国商船隊を支える船員の95%を外国人船員が占めること、海難事故の8割が人的要因に起因すること、さらには海上保安や海洋環境保護の観点から、船員の「質の向上」を重要視しているわが国の船員政策の一環である。

セミナーは、日本、インドネシア、フィリピン、ベトナムからの政府関係者及び船員教育関係者が出席した専門家会合(初日)、同会合の出席者に加え、海事団体、民間企業が参加したオープンセミナー(2日目)で構成された。わが国外航船社の船員教育担当者の参加が多く、外国人船員の確保に力を入れている各社の状況が伺えた。また、この会議には国際海事機関(IMO)が設立した世界海事大学(WMU)の出身者が多数参加していた。なお、WMUは、日本財団が1988年からOPRFを通じて多額の奨学金を提供して、開発途上国の海事関係の人材育成に協力している。

このセミナーを通して見えてきた、船員養成の「量」と「質」の問題、さらに船員の資質向上へ向けたWMUネットワークの活用を考えてみたい。

活気に満ちるアジアの船員養成

1日目の専門家会合では、参加各国の船員教育機関の現状が報告された。そこで論議された船員教育機関の設置数やカリキュラムからは、改正STCW条約※の発効後10年が経過し、ASEAN各国の船員教育機関は、条約を満足する教育を実施できる設備をほぼ整えたことが伺える。また、それらの国々では若年層の船員への指向性は高く、国公立ばかりでなく私立の教育機関も登場しているなど、アジアにおける船員教育は今、活気に満ちていると感じた。

海事レポート(平成17年度版)によれば、日本商船隊規模1,896隻のうち、日本籍船は99隻、日本人船員3,008人である。一方、セミナーで発表された情報から、日本商船隊を支える船員の95%を外国人船員に依存し、その内訳は表1に示すように、フィリピンが72%、インドネシア、ベトナムがそれぞれ約2%である。日本人船員は5%であるので、これを加えると、このセミナーに参加した国で日本商船隊の「ヒューマンインフラストラクチャー」の81%を占め支えている。ASEANは欧米各国への船員供給国でもある。これらの国の人口における年齢構成は表2に示すように、0~14歳層が30%前後と日本や他の先進諸国に比べて高く、将来的にも人的資源は豊富であり、船員供給国としての重要性を示している。

■表1 日本商船隊配乗員の国籍別割合
■表2 人口関係指標 【】内は各国の総人口(単位:百万)

船員の資質向上のための船員教育機関の「質」

セミナーでは、シミュレータを使った訓練や労働組合が教育に果たす役割等についてのプレゼンテーションが行われ、教育訓練の成果を客観的に評価する手法についての発表は、参加者の興味を引いた。なかでも、WMUの海事教育訓練課程主任である中澤武教授が行った、船員教育機関におけるQuality Standards Systemについてのプレゼンテーションに対し、高い関心が寄せられた。中澤教授は、「船員教育機関の質向上の目的は、質の高い船員を輩出することであり、そのために教育訓練プロセスの質を向上させることが必要であり、それを確実にするためには外部監査が重要」と説いた。教育機関としての品質基準は、ISO9000シリーズの認証を受けることで担保されるとする風潮にある中、本来の目的を再確認し、教育の質向上のためのアプローチを紹介したことは、教育関係者だけではなく行政担当者にも大きなヒントとなった。

航海訓練所の練習船での実習訓練に置き換えてみれば、練習船の船としての質、実習カリキュラムの質、教官の質、さらには教材の質、評価方法の質等を向上させ、かつ客観的な外部評価を受けてより良く改善する努力を続けることで、学生の能力の向上、つまり質の高い船員を輩出することができるということである。

WMUネットワークの活用

マニラで開かれた「アジア地域の船員の資質向上に関わるセミナー」(右端から2番目が著者)

教育訓練プロセスの質の向上において、教官の質は大きな要素の一つである。船員教育機関としての設備が整い、若年層に多くの労働人口を抱えるASEAN諸国にとって、今後の課題はシミュレータや練習船等の設備を使い、教育訓練カリキュラムを自ら構築し、学生を質の高い船員へと教育できる能力のある教官をいかに育て、維持していくかである。

今回のセミナーには、フィリピン、ベトナムからWMUの卒業生が多く参加していた。この点では、IMOが1984年に設立したWMU出身者の活用を図ることが有効だと考える。WMUは海事行政、安全・環境、海運管理、港湾管理の課程を設置しており、主に開発途上国の海事関係要員の育成に貢献してきたほか、世界で唯一海事教育訓練課程(MET)での修士号を取得できる大学院大学である。また、METの卒業生は、欧米の教育方法をそれぞれの国の教育文化に根ざした形で紹介する教育理論をすでに学んでおり、ASEAN出身のその数は、150名以上に達している。わが国にも、現在3名がおり、ASEANと日本との間における人的ネットワーク作りを積極的に行っているが、船員教育機関相互の連携強化につなげることにより、アジア地域の船員の資質向上に貢献できるものと考える。

おわりに

船員教育に限らず、教育とは文化に根ざしたものであり、かつ時間の掛かるものである。船員の資質向上に果たすプロセスとしての教育機関の役割は、今後さらに重要度を増して来るであろう。伝統的海運国で作られる教育システムが、船員供給国であるアジアの国々で適切に機能するかどうかは、指導する教官による部分が大きい。船員の資質向上へ向け、日・ASEANにおいて今後より一層WMUのネットワークを活かすべきである。(了)

※ STCW条約=「船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約」(International Convention on Standards of Training Certification and Watchkeeping for Seafarers)、1978年採択、84年発効、95年改正。

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