Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第126号(2005.11.05発行)

第126号(2005.11.05 発行)

実時間海底環境観測の実現に向けて

東京大学名誉教授、日本大陸棚調査 (株) 顧問◆笠原順三

地震・津波・海底地殻変動・海洋汚染など海底環境の変動はさまざまな面でわれわれの生活に重大な影響を及ぼしている。
海底環境の監視には実時間が必須であり、その実現には海底ケーブルが最適である。
このシステムは日本で発展を遂げてきたが、最近は米国、ヨーロッパで大々的に発展し、日本が発展途上国になりつつある。
スマトラ沖の巨大津波はその緊急性と必要性を認識させた。

1.海底での実時間観測

陸上に暮らしているわれわれは、地球環境監視にかかわる大気汚染、河川の汚染、気象要素、微小地震、強震動やGPSによる地殻変動の観測に1,000点を超す観測点を設置し観測を行っている。これらのデータが実時間で得られるのは当たり前であり、観測点の維持も遠隔制御が普通である。

一方、海洋における観測を見てみると、気象衛星や観測船、ブイ、数本の海底ケーブルによる気象、海象、地震のデータ取得がやっとであるが、巨大地震や津波の発生源は海域が主である。海洋汚染なども深刻であるばかりでなく、海流の動き、海中動物の状態の把握も必要である。最近で言えば、スマトラ沖の巨大津波が大きな衝撃となっている。これらに関するデータは実時間かそれに準じた取得が必須であろう。

この分野では日本がリーダーであったにもかかわらず、多目的実時間海底環境監視は実現しない。ここへ来て諸外国とくに米国、カナダ、ヨーロッパの情勢が大きく変化した。さらに、台湾は新たに5年計画で45億円の海底ケーブル予算を政府に要求中である。

2.いままでの海底リアルタイム観測

■図1 無人深海潜水艇「かいこう10K」(手前) から撮影した沖縄沖1,900mに設置した海底分岐装置 (中央)。海中脱着プラグからケーブルで観測装置が延びている。

1964年米国コロンビア大学は長さ180kmの海底ケーブルを用いた海底地震計をカリフォルニア州沖に設置した。米国の研究者はSOFAR聴音システム、SOSUS聴音システムを地震活動、鯨の監視、水温分布の解明に用いている。

1978年、1986年に気象庁は東海沖および房総沖に同軸ケーブル式海底地震計・津波計を設置した。その後、地震予知計画の進展と共に、1995年頃から東大地震研究所の相模湾、三陸沖、防災科学研究所の相模湾 ~ 伊豆大島、海洋科学技術センターの室戸沖、釧路沖の海底ケーブル式海底観測システムが次々と敷設された。海洋科学技術センターの室戸、釧路以外は地震計と水晶型温度計・圧力計だけの単純なシステムであるが、海洋科学技術センターの室戸、釧路沖は総合海底観測システムである。

筆者らは1988年から通信用海底ケーブルの再利用を提案し、1997年1月、旧太平洋横断海底第1通信ケーブルを用い、世界初の通信海底ケーブルを再利用した観測システムを伊豆小笠原海溝の斜面に設置し、その後5年以上にわたり連続的観測を行った。また、旧太平洋横断第2通信用海底ケーブルを再利用して沖縄沖に海底観測点を設置し多目的観測の手法を開発した(図1参照)。

3.米国ORION計画

1997年3月われわれが那覇市で主催した「海底ケーブルの利用」国際会議に出席した米国研究者は海洋研究における海底ケーブルの重要性を認識し、海底ケーブルを用いてカナダ ~ 米国西海岸沖の海嶺 ~ 沈み込み帯の地球環境変動・海底生物活動を実時間で観測するNEPTUNE (North East Pacific Time-series Undersea Networked Experiment) 計画を思いついた。この計画はNSF (National Science Foundation、全米科学財団) の熱烈な支援を受け、ORION (Ocean Research Interactive Observatory Network) 計画の一部となった。昨年1月はじめ、プエルトリコにおけるORION会議では「海洋における基盤観測網を使ってどんな革新的な研究ができるか」の議論が行われた。基盤観測網は、海底ケーブルを用いた地域観測、沿岸観測、ブイを用いた全地球観測、の3つの主要要素からなる。基盤整備予算はNSFの主要装置・施設費 (MREFC: Major Research Equipment and Facilities Construction) から支出される。2005年度の初期経費および2006年から5年間の210百万ドルが承認されたが、米国の科学研究費の削減もありやや遅れ気味である。

4.ヨーロッパと台湾

■図2 海溝軸を挟んだ海底光ケーブルネットワークの概念図。総延長1,000kmを超える海底ケーブルの途中のノードとそれから延びる総合観測網。 (浅川他による)

GEOSTAR計画 (Geophysical and Oceanographic Station for Abyssal Research) は1992年からヨーロッパ共同体における海洋環境監視を行う実験を遂行している。海洋の地球科学的観測は2001年欧州委員会と欧州宇宙機関の共同で発足したGMES (Global Monitoring for Environment and Security) 計画にも含められた。現在進行中のものは2002年に予算化されたASSEM (Array of Sensors for long-term Seabed Monitoring of Geohazards) である。ASSEMは海底地滑りの観測とギリシャ沖における多目的観測(地震、測地、海底環境等)として観測を始める。彼らの計画はESONET (European Sea Floor Observatory NETwork) と呼ばれている。ESONETはヨーロッパ周辺の海域をすべてケーブル式観測システムあるいはブイ式観測システムによりGMESの計画を進めようとしている。ESONETは2005 ~ 2008年の技術開発サイトの整備、センサーのテストをケーブル式およびブイ式の双方から行い、2009年からの観測を見込んでいる。

つい最近、台湾の気象庁と大学の研究者は台湾東方沖に海底ケーブル観測システムを作る計画の予算書を政府に提出した。筆者はこの計画の立案に技術的支援を依頼されており、9月6 ~ 7日には日台の研究交流のためのワークショップ「海洋地球科学:新観測データとその解釈」が日本で開催された。

しかし、日本の海底ケーブル観測は地震予知に偏っており、米国、カナダ、ヨーロッパ、台湾のような多目的の観測計画が実現しない。せっかく日本で手をつけた海底観測にもかかわらずその技術とアイデアが海外で実用化され、逆に日本に輸入される事態を危惧している。津波などによる災害の軽減のためにも海底環境監視システムが緊急に整備されることを強く主張したい。図2はわれわれが提案中の海洋監視光ファイバーシステムの概念図である。(了)

第126号(2005.11.05発行)のその他の記事

ページトップ