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第120号(2005.08.05 発行)
第120号(2005.08.05 発行)

汎熱帯海流散布植物について
-海を利用した種子散布-

東京大学大学院理学系研究科附属植物園大学院生◆高山浩司

汎熱帯海流散布植物は種子を海流によって運ばせることで、全世界の熱帯域という広大な分布域を獲得してきた。
しかし、どういった経路で分布を拡大していったのか、その広い分布域がどのようにして保たれているのか、これまでよくわからなかった。
これを解明するために進められている最近の研究について紹介する。

海を利用した種子散布

■図1 河口に群生するオオハマボウ
直径8センチほどの大きな黄色い花を咲かせる。

地球表面の約70%を覆っている海は、多くの陸上植物にとって分布拡大の妨げとなっている。しかし、逆にその海を利用して信じられないほど広大な分布域を獲得した植物がいる。それが、今回紹介する"汎熱帯海流散布植物"である。

汎熱帯海流散布植物とは、種子を海流によって運ばせることで、赤道付近を中心に地球を一周するほどの分布域を獲得した植物の総称である。代表的なものに、ヒルガオ科のグンバイヒルガオ、マメ科のナガミハマナタマメ、アオイ科のオオハマボウの3種があげられる。草本植物であるグンバイヒルガオとナガミハマナタマメは海辺の砂浜に生育し、木本植物のオオハマボウは砂浜や河口付近に生育している。いずれの分布域も、年平均海水温が20度以上の地域とおおよそ一致している。例えば、暖流の流れ込むアフリカ大陸や南米大陸の東岸では、南回帰線以南にも生育しているが、寒流の流れ込む西岸では、南回帰線以南には生育していないなど、暖流と寒流の流れが分布に大きく影響していると考えられる。

汎熱帯海流散布植物の種子の多くは、海へと散布される。そのため、種子には海流による長距離の移動に耐えるための特別なつくりが発達している。例えば、オオハマボウの種子は直径5ミリほどであるが、種子の内部に小さな空所があり、それが浮き袋の役割を果たしている。さらに種皮が水を通しにくいので、種子内部に海水がしみ込みにくく、長い期間海水に浮かんでいることができる。また、グンバイヒルガオの種子は内部の空所に加え、種子の表面に短い毛がびっしりと生えており、これは水をはじくのに役立っていると考えられる。これらの種子は少なくとも3カ月以上は生きたまま海水に浮かんでいることができる。汎熱帯海流散布植物はこのように特別な種子の形態を発達させ、海流をうまく利用することで現在の広大な分布域を獲得していったのだろう。しかしながら、どのような経路でどのくらいの時間をかけて世界中に分布域を拡大していったのか、また、遠く離れた地域に分布している個体群間では今でも種子の移動が起こっているのかということについては、まったくわかっていない。

遺伝子に刻まれた履歴を探る

■図2 海流散布植物の種子
種類によって大きさや形は様々であるが、どの種子も海水に浮くことができる。(左上:ナガミハマナタマメ、左下:オオハマボウ、右上:コウシュンモダマ、右下:グンバイヒルガオ)

「どの辺の沖の小島から海に泛(うか)んだものかは今でも判らぬが、 ともかくも遥かな波路を越えて、まだ新らしい姿でこんな浜辺まで、 渡ってきていることが私には大きな驚きであった」。これは、柳田国男の著書『海上の道』の一文で、浜辺に漂着していた椰子の実を発見したときのことが述べられている。海辺に流れついた種子や、生育している植物がいったいどこからやってきたものなのか? これは、昔から人の興味を引きつける事柄であったが検証することは非常に難しかった。しかし、近年の分子生物学的な手法と集団遺伝学的な理論の発展によって、ある個体群がどこからきたのかという問いに迫ることが可能となってきた。通常、生物の遺伝情報はDNAがコピーされることによって、親から子へと正確に伝達される。ところが、まれに起こる突然変異によってDNAの一部に変化が生じることがあり、このDNAの変化を検出することで、個体同士の類縁関係を明らかにすることができる。植物の場合、実際には葉などから抽出したDNAの塩基配列を調べ、個体の間で配列の相違を比較する。さらに、様々な地域のたくさんの個体の塩基配列を調べることで、個体群間の遺伝的な類似度や、任意の個体群間でどの程度の種子の移動が起こっているかを推定することが可能となる。

千葉大学、琉球大学、東京大学の研究者で構成された、われわれの研究グループは、汎熱帯海流散布植物の分布拡大の経路や個体群間の遺伝的な交流(種子や花粉の移動)についての研究を進めている。汎熱帯海流散布植物を研究対象とする場合、世界中のサンプル収集が必要となるが、各国の研究者、研究機関の協力を経て、現在までに世界25カ国以上、70を超える地域からサンプルを集めることができた。これまでの解析によって得られた分子系統樹や、塩基配列タイプの地理的な分布パターンから、汎熱帯海流散布植物が数百から数千キロにも及ぶ長距離種子散布をしている可能性が示唆されている。今後、汎熱帯海流散布植物の分布拡大に影響を及ぼしうる地史的な背景や、海流の流れの歴史的な変遷にも着目しながら、詳細な分布拡大経路について解析を行っていく予定である。

種子の行く末

海外の現地調査では、 まず初めに標本館と呼ばれる押し葉標本が収蔵されている研究機関に立ち寄る。過去に採集された標本を閲覧し、どこに行けば目的の植物に出会うことができるかを調べるためである。しかし、いざ標本に記されていた"昔の生育地"を訪れ、落胆してしまうことが少なくない。そこには汎熱帯海流散布植物が生育する海岸植生は見当たらず、コンクリートで整備された人工海岸が広がっているからである。何百何千キロという航海を経て、新しい場所にたどり着くことができる種子は、汎熱帯海流散布植物といえども、何千何万にひとつ、あるいはそれ以下であると考えられる。

ようやく長い航海を終え、たどり着いた先がコンクリートで護岸された人工海岸では、もはやそこで根を張り、花を咲かすことはできない。人為的な海岸線の改変は、海を利用し種子を散布している植物にとって、個体群の縮小や新たな定着を不可能にさせる深刻な問題なのである。(了)

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