Ocean Newsletter
第119号(2005.07.20発行)
- 日本財団会長◆笹川陽平
- 海洋研究開発機構・地球深部探査センター長◆平 朝彦
- 政策研究大学院大学副学長◆白石 隆
- ニューズレター編集委員会編集代表者(総合地球環境学研究所教授)◆秋道智彌
IMO理事会における「二つの政策提言」
日本財団会長◆笹川陽平海はすべての国の人々に恵みを与える人類の共有財産であり、私たちが共同して責任を有すべきものである。
しかし、今日の海は、海難事故、海賊、環境汚染など数え切れないほどの問題に直面している。
いまこそ国境を越えて世界が協調して対策にあたるべきと考える。

去る6月21日、私は、国際海事機関(IMO)の招きで、第94回IMO理事会に引き続いて開催された特別講演会において、「海事分野における人材育成とその未来」について講演をしました。これは、昨年10月にIMO事務局長のミトロポロス氏が来日し、マラッカ海峡における人材育成や施設整備を初めとする日本財団の活動に強い関心を持たれたことがきっかけで実現したものです。
特別講演では、私は、IMO理事会メンバーをはじめとする多数の海事関係の方々に日本財団がいかに国際海事社会の人材育成に取り組んでいるかを説明するとともに、この機会に二つの政策提言をいたしました。幸いにも、これらの政策提言は、直面する海事問題に対する国際的取り組みのあり方に一つの指針を示すものとして出席者に受けとめられ、ロイズリスト※1やロイターなどのメディアでも大きく取り上げられました。以下にその政策提言の部分のみを再録します。ご批判を頂戴できれば幸いです。
海はすべての国の人々に恵みを与える人類の共有財産です。そして、私たちが共同して責任を有すべきものです。しかしながら、今日の海は、海難事故、海賊、環境汚染など数え切れないほどの問題に直面しています。これらは、個々の国にとってのみならず、私たちのグローバル社会にとって解決しなければならない課題です。また、スマトラにおける地震や津波のような自然災害は、国境を越えて協調して対策をとることの難しさを明らかにしました。残念ながら、国連海洋法条約の理想である世界的な協調は、これらの問題の解決にはまだ利用されておりません。
この機会に、私は、二つの政策提言をしたいと思います。
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まず第一に、「海事活動の持続可能な発展(sustainable development of maritime activities)」というコンセプトに焦点を当てたいと思います。
私は、「海事活動の持続可能な発展」とは、海洋と人類の共生を図ることを可能にするための国際的な政策枠組み、であると理解しています。しかしながら、今日、この共生は、環境、安全、セキュリティの分野における重大な海事問題により危険に直面しています。船舶からのCO2やNOxの排出は、海洋環境に悪影響を与えることが明らかになっており、また、サブスタンダード船※2の存在は、沿岸国に損害を与えるとともに乗組員の生命を危険に晒すことが知られています。さらに、近年では、沿岸国の主権には地理的限界があることにつけこんで、いくつかの地域において国境を越えて盛んに活動する海賊の問題があります。
IMO加盟国は、これらの問題解決に取り組もうとしていますが、これらの問題は、個々の政府による一方的な措置のみで対処するのは極めて困難です。唯一可能な方法は、国際協力であり、IMOが中心的な役割を果たすことが期待されています。IMOには、海事問題に関する専門知識と豊富な経験が備わっています。私は、IMOこそが、加盟国と協働して、これらの問題により効果的で実行可能な対策を講ずることができると強く信じています。
日本財団は、国際海事社会が直面している困難な課題についてIMOが積極的に取り組んでいくならば、それに対して一層の貢献をしていきたいと考えています。私たちは、「海事活動の持続可能な発展」のために皆様とともに出帆する用意があります。
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二番目の政策提言は、マラッカ海峡の安全に関するものです。
マラッカ海峡は、アジアと欧州を結ぶコンテナ船や中東からアジアへ向かうタンカーなど、年間8万隻もの船舶が通航しています。これらの船の旗国はパナマ、ホンジュラス、リベリア、ギリシャ、その他多くの国々です。世界中の国がマラッカ海峡の恩恵を受けています。マラッカは世界でもっとも輻輳(ふくそう)した海峡であり、海難事故のリスクは常時高いものとなっています。
これまでに日本財団は45基の灯台や航路標識の整備などに約1億ドルの資金援助を行ってきました。また、日本から技術者をマラッカ海峡に派遣して航路標識の整備を助け、また、地元の職員を訓練しています。最近ではインドネシアとマレーシア向けに設標船※3を新たに建造、供与しました。
昨年6月には、私たち日本財団は、アジアのコーストガードのトップを東京に招聘して海上犯罪に対する共通の対策について議論する国際会議の開催を支援しました。それを契機として、アジアのコーストガード間で情報を共有し、協力体制を構築していく動きが始まりました。
この関係で言えば、今秋にインドネシアにおいてマラッカ海峡会議を開催するというIMOの動きを歓迎いたします。この会議が、関係国および関係者にとってマラッカ海峡の安全通航に重要な一歩を踏み出すこととなることを心から期待します。

マラッカ海峡に思いを巡らせるたびに、私はこのようなハイリスクな海域における航海の安全確保のためには、伝統的なアプローチのみに頼るのは現実的でないとの思いを強くします。このようなハイリスク海域で航海の安全を確保するためには、海の安全は常にタダで提供されるという古い考えを見直す必要があると感じます。航海の安全が高いコストとなるハイリスク海域においては、そのコストを沿岸国のみが負担するのではなく、使用者も負担するような新しい仕組みを検討する必要があります。
私は、IMOが、加盟国の専門知識と熱意を活用して、そのような新たな仕組み作りの検討にリーダーシップを発揮することを期待します。
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日本財団の創立者である私の父、笹川良一は、「世界は一家、人類は兄弟姉妹」という哲学を持っていました。人類という家族は、極めて貴重な財産である海という共有財産を授けられています。私たちと海との共生を確実なものにし、私たちの共有財産を保護し維持していくために、すべての人々が協力していくことを期待します。(了)
※1 ロイズリスト=世界最大の海事新聞
※2 サブスタンダード船=構造、設備、船員の技能などについて、国際条約に定める基準に完全に適合していない船。
サブスタンダードとは、標準以下という意味。
※3 設標船=ブイなどの水上標識を設置するための船舶。
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