Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第113号(2005.04.20発行)

第113号(2005.04.20 発行)

海の中に森をつくる-子供を核にした山・川・海の循環モデル-

特定非営利活動法人黒潮実感センターセンター長◆神田 優

近年、山・川・海は一つの循環系として理解されるようになってきた。
山の荒廃や地球規模の環境破壊がもたらす温暖化現象が海にも大きな影響を与えている。
コモンズとしての海は様々な主体により利用されているため、利害の対立がしばしば問題になる。
山・川・海の循環について子供たちを核に据えた環境学習「海の中の森づくり」として取りあげ、それぞれの主体が協働することで人と海、漁業者とダイバーとの共存を模索する。

漁業とダイビングの共存を目指して

高知県西南端の柏島は、周囲4kmにも満たない小さな島だが、小笠原や沖縄をしのぎ日本一の一千種以上の魚類が生息することで、全国屈指のダイビングポイントとなっている。

近年柏島ではアオリイカ(モイカ)の漁獲が落ち込んでいる。モイカのモは海藻の藻を意味し、春先ホンダワラなどの大型海藻に産卵にやってくるが、ここ数年磯焼け※によって藻場が減少している。漁業者は年々増え続けているダイバーが潜ることがその原因だと主張し、ダイバーを追い出そうという動きもではじめた。ダイビングとモイカの漁獲との関連性は今のところ実証できないが、ダイバーを追い出したからといって漁業が上向く訳ではない。そこで私たちが提案したのが、漁業者とダイバーが協働で行うモイカの増殖産卵床設置事業だ。具体的には島周辺にあるウバメガシの木を使い、海中に設置するシバ漬け方法を採用した。シバ漬けとはもともと漁師の知恵で、山からとってきたシバを束ね、それに石をくくりつけ海中に投入することでそこにモイカが産卵するというものだ。

産卵床の製作風景。子供たちの質問攻めがうれしい。

今回漁業者とダイバー両者の協働事業とするために、まず山に行って刈ってきたシバを用いて両者で産卵床を制作した。これまでの石をくくりつける方式とは異なり、シバに鉄棒をくくりつけ、その鉄棒を海底の砂地に打ち込み固定する方法を考案した。産卵床は船でポイントまで運び、海中に投入した後ダイバーが海底に固定した。これまでの石をつけて放り込むだけの方法では波や潮流によりシバが流されたり、シバが動くたびに卵嚢(卵の房、一房に7~8個の卵が入っている)がちぎれたりしていた。今回の固定式を採用することでこれらの問題はクリアされた。この場合コストは確かに掛かるけれどもダイバーと漁業者が協働して作業することに意義がある。もう一つ重要なことはこの産卵床をどこに設置するかである。われわれは長年柏島でフィールド調査をしてきた研究者としての立場から、もっとも効果的な場所を割り出しそこに投入した。一つのシバあたり数十から数百の卵嚢が産み込まれれば成功という中にあって、今回の方式では数千から1万房の卵嚢が産み込まれており、全国一の成果をあげることができた。こうして得られた成果は水中ビデオで撮影し、黒潮実感センター主催の里海セミナーで漁業者やダイバー、地元住民に還元している。視覚に訴えることでその効果を実感しやすくした。

翌年は少しやり方を変えた。というのはウバメガシを使ってこれだけの成果が得られたことで、島周辺のウバメガシの伐採が急速に進んでしまうのではないかと危惧したからである。島周辺の魚付き保安林を形成するウバメガシの伐採が進みすぎると山が荒れ海も荒れてしまう。そこで翌年からスギ・ヒノキの間伐材を利用することにした。針葉樹であるスギ・ヒノキへの産卵は産卵床一つあたり2~3千房にとどまった。全国平均は遙かに上回ったが、前年度よりもかなり少ない産卵であった。

子供を核に

海の中の森に産卵するモイカ。たくさんの卵嚢が産み込まれている様子がご覧いただけるだろうか。

「山・川・海のつながり学習」は、最近宮城県の畠山重篤さんが、"森は海の恋人"というメッセージと共に、漁師や子供たちが山に木を植える活動を全国的に展開されている。この活動をもう一歩前進させ実感を伴った学習にしたいと考え、産卵床設置事業を始めて3年目、地元柏島の海の子供たちと近隣の三原村の山の子供たちを対象にこの事業を子供たちの環境学習の一環として行った。山・川・海のつながり学習の一環として、海と山の子供たちが一緒になって人工林に行き間伐体験をする。その中で間伐することの意義や山、特に森の果たす役割を学ぶ。豊かな森を育むことにより、川を伝い栄養塩が海に供給され、豊かな海が育まれる。しかしその過程は直接的には目に触れることが難しい。つまり、豊かな森から供給される栄養塩やそれを使って増殖する植物プランクトン、それを食べる動物プランクトンは目に見えにくい。動物プランクトンを食べる小魚になって初めて肉眼で確認できる。そうすると、栄養段階にして4段階進まないと森と海の結びつきが実感できない。子供たちが山で間伐する大切さを学び、山で不要になった間伐材の枝葉を再利用して海に持ってくると、海が豊かになるということでできたのが、一見すると「海の中の森」のように見えるモイカの増殖産卵床である。3年目にイカの目線で考えて産卵床の形状を工夫した結果、針葉樹のシバであっても数千から1万房の産卵に成功した。その成果は海中映像を元に学校での戻し学習として還元した。

ダイバーや漁業者に見守られ、シバが海に投入される。

この取り組みによって本来関係が薄かった様々な業種の人々(林業関係者と漁業者、ダイビング業者)が子供たちを中心にすえることによってつながり、また山で不要になった間伐材の枝葉を利用することでモイカが増えるといった「山・川・海」のつながりが実感できることにつながった。

5年目にあたる今年、事業主体が黒潮実感センターから地元漁協へとかわった。われわれNPOは4年間かけて持続可能な里海づくりのモデルの一つとしてアオリイカの産卵床設置事業を提案し実践してきたが、今後は漁協が行う事業を支援していきたいと考えている。NPOとしての黒潮実感センターが第3のセクターとして、漁業者やダイバーの間に入り、関係を取り持つことでその存在意義を示していけたらと思う。

西洋医学と東洋医学的処方箋

モイカの産卵床設置の取り組みは、モイカを増やすという意味で効果が現れやすいものであり、「痛みを取り除く」という点では西洋医学的な処方箋である。しかし磯焼けによる藻場の消失を回復するものではない。現在、同時進行的に藻場再生の研究にも取り組んでいる。藻場の再生といったもともと海の持っている自然治癒力を高めることは時間がかかり、すぐ成果は出にくいかもしれない。じわじわ効果を発揮するという意味では、漢方的な、あるいは東洋医学的な処方箋というふうに考えている。現在この二つの処方箋を使い、様々な主体と一緒になって海の中の森づくりを進めている。(了)

※ 磯焼け=大型海藻が繁茂する浅瀬の岩礁域に海藻が付かない状態のことをいう。一般に磯焼けは陸域からの栄養塩類の供給が少なくなることで、それらを利用する海藻類が減少することが指摘されているが、地球温暖化による海水温の上昇も大きな要因としてあげられる。

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