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オーシャンニューズレター

第113号(2005.04.20発行)

第113号(2005.04.20 発行)

マラッカ海峡における海賊問題

日本財団海洋グループ海洋教育チームリーダー◆山田吉彦

世界的にみれば減少傾向にある海賊だが、マラッカ海峡では増加の一途を辿っている。かつては積荷を狙った海賊事件が目立ったが、この数年は身代金を目的とした誘拐事件も多発している。海賊はマラッカ海峡に横たわる国境という壁を巧妙に使い犯行を行っている。海賊対策も国境を越えた国際協力関係の構築と実行が必要となる。

「韋駄天」事件

2005年3月14日、マラッカ海峡で日本船社の所有するタグボート「韋駄天(498トン)」が海賊に襲撃され、日本人の船長と機関長、フィリピン人の三等機関士が誘拐される事件が起こった。

事件が起きたのは、マラッカ海峡北西部、ペナン島沖のマレーシア海域で、「韋駄天」は、インドネシアのバタム島沖からミャンマーへ向け石油掘削機材を積んだ船を曳航している途中であった。韋駄天の乗組員の証言によると、海賊は漁船で近づき、銃撃した後、船に乗り込み、手近にある金品と海図、船籍証明書を奪い、三人の船員を人質にとりインドネシア方向へ逃げて行った。海賊グループはおよそ10人、すべての海賊がライフル銃やロケット・ランチャーなどで重武装していて犯行に要した時間はわずか10分ほどで、組織化され訓練を受けた海賊グループであることが推察される。マラッカ海峡においては、この数年、身代金を目的とした海賊による誘拐事件が多発し、2004年には、報告されているだけでも36人の船員が誘拐され、身代金の要求がされている。

マラッカ海峡における海賊事件で思い起こされるのは、1999年10月に起こったアロンドラ・レインボー号事件である。アロンドラ号は、インドネシア・スマトラ島中部のクアラタンジュン港から12億円相当のアルミニウム・インゴットを積み日本へ向かう途中、マラッカ海峡で海賊に襲われ、積荷と船を奪われ、日本人の船長・機関長を含む17人の乗員は、救命筏に乗せられ海上に放置された。乗員は、10日におよぶ漂流の後、タイの漁民に救出され九死に一生を得た。アロンドラ号は、船体の色を塗り替え、船名も変え航行していたが、インド洋を西に向け航行中にインド・コーストガードによって発見され、船を操船していた海賊グループとともに拿捕された。積荷は、半分が船内に残っていたが、半分が消え、後日、中国経由でフィリピンに売却されたことが判明している。

■マラッカ・シンガポール海峡および分離通航帯
IMO発行のShips Routeing 第8版(2003)を元に海洋政策研究財団が作成

アロンドラ・レインボー号事件と国際協力体制

アロンドラ・レインボー号事件の発生は、海賊対策における国際協力体制の構築の契機となった。

2000年4月、東京において海賊対策国際会議が開かれ、アジアの国々は、それぞれの国において海賊警備を行うとともに、各国の海上警備機関が情報連携を行い、国際協力体制を整えてゆくことが確認された。以後、年に一度、アジアの国の持ちまわりで海賊対策専門家会合が開かれている。2004年には、海上テロ対策を含み「アジア海上警備機関長官級会合」が東京で開かれ、アジアの国が一体となって海上犯罪に対処することが確認された。日本財団では一連の会議の開催に要する費用などの支援を行っている。

海賊に関する情報を集約しているIMB(国際商業会議所・国際海事局)が発表している海賊事件の発生件数は、2000年が過去最高の469件、2004年は325件と減少傾向にある。海賊対策における国際協力が進み、各国の海上警備機関が積極的に海賊の取り締まりに動いた成果であると考えられる。また、海賊危険海域では船会社側が24時間体制で見張りを立てるなどの自衛策を講じており、日本の大型商船が海賊に襲われる事件は、減少傾向にある。

マラッカ海峡における海賊の変化

しかしながら、マラッカ海峡における海賊事件の発生件数は、2002年16件、2003年28件、2004年37件と増加し、犯行の形態も凶悪化している。2004年報告されたマラッカ海峡内での海賊はすべて銃器で武装しており、また、船を襲い船員を人質に取り身代金を要求する事件が多発している。

マラッカ海峡における海賊は、各国が取り組む海賊対策に対応し犯行形体を変化させている。2000年前後には、前述のアロンドラ号事件のような国際海賊シンジケートによる高価な積荷を狙った犯行がおこなわれていた。しかし、国際海賊シンジケートは、アジア各国の海賊対策の強化により姿を消して行った。その後は、沿岸部に暮らす人々がスピードボートなどを使い、沖行く船に忍び込み金品を奪い逃げるような事件が起こっていた。これらの事件は、海辺の村落に暮らす人々が村ぐるみで犯行を行っていたことからロビンフット海賊と呼ばれた。

そして、近年増加しているのが、重武装化し、統率の取れた行動をとるテロリスト海賊と呼ばれるグループである。2001年6月、インドネシアの反政府武装組織「アチェ自由運動」のスポークスマンが、マラッカ海峡を航行する船舶はアチェ自由運動の許可を受けなければならないと宣言し、通航する船舶を武装襲撃したことから、武装化した海賊をテロリスト海賊と呼ぶようになった。テロリスト海賊の狙いは、高価な積荷ではなく、船員を人質に取り身代金要求をすることにある。そのため、大型船よりもスピードの遅い小型のタンカーや漁船、タグボートなどを狙い襲撃している。

海賊対策に望まれること

マラッカ海峡にはびこる現代の海賊は、海峡に横たわる国境という壁を巧妙に使い犯行を行っている。仮に一国の警備当局に追跡されても他国の領海内に侵入すれば追尾されることはない。国境を越えた海賊対策を行うためには、国際協力関係の構築が必要であるが、何度か開催された国際会議により、既に机上の協力関係は構築されている。あとは、国際協力に実行を伴うことが必要なのである。具体的にはマラッカ海峡沿岸国による共同海賊警戒の実施や国連海上警察のような多国籍の海上警備機関の設置なども考える必要があろう。また、国境にとらわれないで海峡内を走り回れる民間機関(NGO)による海賊警備船の航行も考えられる。

海峡の最大の利用国である日本は、人的協力、物質的協力の両面から沿岸国を支援し、実効性ある海賊対策を推進してゆくべきであろう。また、船舶関係者はアジアの海には海賊がいるという認識を持ち、自衛の措置を忘れてはならない。(了)

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