Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第108号(2005.02.05発行)

第108号(2005.02.05 発行)

編集後記

ニューズレター編集委員会編集代表者(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男

◆<とこしへに君に遇(あ)へやも、鯨(いさな)取り海の浜藻の寄る時々を> この歌は衣通郎女(そとおりのいらつめ)が允恭(いんぎょう)天皇に恋い焦がれて詠んだとされる。五世紀のことである。日本人と捕鯨の関わりは海の枕詞に使われるほどに古い。過去の行き過ぎた商業捕鯨とこれへの反発から過度の予防原則に固執したことによる不毛な捕鯨論争により、人と捕鯨の共生が産んだ豊かな伝統文化が危機に瀕している。

◆しかし、価値観の相違を超えて生態系保全と管理捕鯨の調和を持続的に可能にする、順応的管理という新しい概念が育ってきた。松田氏の解説するこの普遍的概念は、様々な局面において環境保全と管理のあるべき姿を考える上で有効な手立てを与えるであろう。今後の展開に注目したい。

◆<鯨取り、海や死にする、山や死にする。死ぬれこそ、海は潮干て、山は枯れすれ> こちらは万葉集巻十六にある詠み人知らずの旋頭歌(せどうか)。古代の人々は決まって訪れる引き潮や冬枯れの木立を眺めて大自然への畏敬の念に打たれたことだろう。しかし、潮はいずれ満ち、冬が来れば一斉に木立が芽吹く春も近い。自然界において死は生の前奏でもある。この旋頭歌に意外にも生命への讃歌を感じるのは深読みであろうか。

◆潮の満ち干は地球生命の発展に不可欠の役割を担ってきた。その最も重要な舞台が干潟である。風呂田氏は東京湾における具体例に基づいて、失われた干潟の再生には順応的管理を可能にする人づくり街づくりの環境整備戦略こそが重要であると説く。

◆海との関わりはこの国の文化と産業に大きな影響を及ぼしてきた。この関わりが最近とみに希薄になってしまった。特に、高齢化や過疎化の影響が集約的に顕われて、沿岸漁業を営む漁村の衰退が著しい。漁業の果たす役割は産業におけるパーセンテージだけで測られるべきものではない。須藤氏には環境保全、海難救助、防災、安全保障、レジャー、伝統文化など、漁業とこれを営む漁村の持つ多面的な機能を活性化することの重要性と、これに向けた水産庁の取り組みについて解説していただいた。

◆人と自然の共生する社会を実現するには、まずわれわれ一人一人の意識が高まらなければならない。順応的管理の具体化に向けて、民と官の交流をより活発にし、協同作業を可能にするメカニズムが導入されることを期待したい。(了)

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