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オーシャンニューズレター

第105号(2004.12.20発行)

第105号(2004.12.20 発行)

「キラー海藻」の現状と問題点

芙蓉海洋開発(株)水産システムセンター技術部係長◆江端弘樹

恐るべき繁殖力と強い成長力で在来の植物相を破壊するキラー海藻。
わずか20年前に発見されたこの緑色の海藻が、今では世界の海で生態系の破壊や漁獲量の減少など深刻な問題を引き起こしている。
すでに多くの国では観賞のための販売、飼育、輸入売買すら禁止して根絶計画などに取り組んでいるが、わが国ではこれを規制する法律はなく、定着する前に一刻も早い対策を切望する。

恐るべき繁殖力をもつキラー海藻

キラー海藻は、イチイヅタCaulerpa taxifoliaの変異種で、20年前の発見以降、地中海を中心に大繁茂し、海洋生物を死滅させるなどの沿岸生態系の破壊や漁獲量の減少を引き起こしており、国際自然保護連合の「侵略的外来種100種」に選定されている。イチイヅタは、緑藻イワヅタ属に分類される海藻である。イワヅタ属の仲間として、食用の海ブドウ、天然記念物のクロキヅタなどが知られている。野生種は、世界中の熱帯~亜熱帯域に分布(国内では奄美大島以南)し、局所的な小群落を形成する。一方、キラー海藻は温帯域で大群落を形成している。なお、キラー海藻が大繁茂している地中海は、元来、野生種の分布域ではない。

キラー海藻と野生種は、形態的・生理的・生態的な特徴において大きく異なっている。藻体の葉は、キラー海藻が60cm以上までになり、野生種の最大25cmに比べて大きい。低温耐性は、キラー海藻が10℃で、野生種の20℃に対して強い。生育可能水深は、キラー海藻が約100mと深く、野生種は約30mと浅い。キラー海藻は基質や波浪状況を問わず様々な場所で生育可能であるが、野生種は砂泥~砂礫の基質を好む。イチイヅタは有毒物質を含み、キラー海藻は野生種の10~100倍の毒性強度を持つ。さらに、キラー海藻は、野生種とは異なり強い繁殖力を持ち、葉や茎の小さな断片からも素早い再生が可能である。

近年、キラー海藻の起源について遺伝子解析技術による研究が進んでいる。それらの研究成果では、オーストラリアの"ある"野生株が、船舶での意図しない移動やアクアリウムショップの藻体販売などによりヨーロッパに運搬される際、もしくは、その移動後に、何らかの突然変異を起こしキラー化した可能性が示唆されている。

海外における被害状況と対策事例

キラー海藻は、1984年にモナコの浅海域において1m2の群落として最初に報告された。その5年後の1989年に1~2ヘクタール、1998年末には5カ国約4,800ヘクタールと驚異的な速度で繁茂域を拡大させ、現在では地中海全域で13,000ヘクタール以上の大群落となっている。キラー海藻の繁茂域拡大の原因は、同種特有の強い繁殖力の他に、人為的な『船の投錨』『漁船の網』『バラスト水』あるいは『水族館や個人観賞用水槽からの排水』中の海藻片の移入・伝播、などが挙げられる。

強い繁殖力と成長力を備えるキラー海藻は、地中海の藻場重要種である海草のPosidonia oceanicaやCymodocea nodosaの分布を減少させるなど、在来の植物相を破壊している。キラー海藻の持つ毒性物質は、軟体動物・ウニ類など様々な動物を大幅に減少させ、動物相を破壊するとともに水産物の減少を引き起こしている。また、キラー海藻繁茂域では、浚渫(しゅんせつ)により藻体を切断し小断片を産出することが繁茂域拡大につながるため、浚渫が禁止されている。さらに、キラー海藻が辺り一面を覆う緑一色の単調な水中景観は、ダイビングなどのマリンレジャーには不向きであるなど、生態系以外への影響も大きく多岐に渡る。キラー海藻の出現後、フランスを中心に多くの人材と資金が投入されキラー海藻研究が盛んに実施された。スペイン、フランスなどにおいて、1992年以降、順次、キラー海藻の採取、運搬、販売、海域への廃棄等に関する規制が設けられた。しかし、比較的素早い規制であったにも関わらず、その繁茂域を縮小できず、その後も、キラー海藻は急激な速度で繁茂面積を拡大させた。

Posidonia oceanicaからなる海草場を覆い尽くしたキラー海藻。中央は、枯死したP. oceanica
(写真提供:独立行政法人港湾空港技術研究所 内村真之博士)

地中海以外では、1996年にオーストラリアのブリスベーン、1999年に同シドニーで発見された。オーストラリアで見つかったイチイヅタはキラー海藻であり、2000年、政府が環境保護・生物多様性保全法(Environmental Protection and Biodiversity Conservation Act)の対象種として認定し、同種の所有、販売、輸入を禁止した。現在、繁茂地域では、根絶計画が進行中である。被害の出ていないニュージーランドでは隣国での被害を踏まえ、2002年に政府が生物安全法(Biosecurity Act)により、イチイヅタの販売、飼育、頒布を禁止している。アメリカでは、地中海での被害を踏まえ、1999年に政府が有害雑草法(Federal Noxious Weed Act)により輸入売買・州間売買を禁止した。しかし、翌年、キラー海藻が南カリフォルニアで20万m2以上の群落として発見されたため、政府・自治体・民間の専門家らの指導による撲滅活動が市民活動として始まった。その後、2002年までにキラー海藻を駆逐し、現在、群落の再形成は確認されていない。

わが国の現状と危険性

遺伝子解析による最新の研究では、奄美大島以南で見られるイチイヅタは野生種であり、これが天然海域でキラー化する可能性はきわめて低いことがわかっている。そこで、国内への持ち込みと自然界への流出に関する規制が必要になる。また、2003年に水産庁が全国の研究機関に対して実施したアンケート調査によると、今までに、キラー海藻の定着報告はない。しかしながら、わが国には、すでにキラー海藻は持ち込まれている。すなわち、国内の複数の水族館が過去にキラー海藻の展示履歴を持ち、国内のアクアリウムショップを通じて個人の観賞用水槽向けにキラー海藻が「イチイヅタ」「フェザー(鳥の羽根に形状が似ている)」として合法的に取り引きされているからである。このように、わが国では海外ですでに規制されている輸入や国内取引に規制がない。加えて、キラー海藻が定着可能な最低水温10℃以上の海域(日本海側能登半島東岸以西、太平洋側房総半島東岸以西)が広く存在し、地中海同様に大規模な繁茂が危惧される。

平成16年5月に、生態系等への深刻な被害を与える外来生物の問題に対処するため「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(特定外来生物被害防止法)」が成立した。これにより「特定外来生物」に選定された種に対して、国内への運搬・栽培・保管等の制限が可能となった。しかし、現在、キラー海藻は「特定外来生物」には指定されていない。

わが国で望まれるキラー海藻対策

私は、日本財団の平成15年度助成事業として(社)海洋産業研究会においてキラー海藻に関する文献調査を担当する機会を得た。この経験を踏まえ、最後に、キラー海藻が国内に定着してしまう以前に実施が望まれる対策として、次のような提案をしたい。

(1)特定外来生物被害防止法の対象生物に選定し、輸入、流通、販売、飼育、廃棄、採取に関する確実な規制、(2)キラー海藻の迅速な同定技術や、繁茂藻体の駆除技術などの整備、(3)研究者やNPO、漁協など各種団体による早期発見を目的とした監視組織の整備。

ひとたびキラー海藻がわが国沿岸で定着・繁茂した場合、その被害は計り知れない。そこで、これらの予防原則にもとづいた対策が、速やかに取られることを強く切望する。(了)

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