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オーシャンニューズレター

第105号(2004.12.20発行)

第105号(2004.12.20 発行)

核物質の海上輸送と海洋環境の保護

同志社大学大学院司法研究科教授◆臼杵(うすき)知史

日本の核燃料サイクル事業。その見直しをめぐって活発な議論が行われている。
他方、国際的には事業の一環を担う核物質や放射性廃棄物の海上輸送が海洋環境保護の国際法に反するという理由で非難されてきた。
そうした議論の一端を紹介しつつ、最近の国際判例を参照に、今後の対応のあり方について考える。

はじめに

英国を出港するプルトニウム(MOX)燃料輸送船
(写真:読売新聞社)

日本の核燃料サイクル事業では、原子力発電所から生じる使用済み核燃料をフランスやイギリスの再処理工場に輸送し、そこで生じたプルトニウムと高レベル放射性廃棄物を日本に戻して再利用している。そのプルトニウムにウランを混合したMOX燃料を軽水炉の燃料として使うプルサーマル計画も実施されている(現在は中断)。近時、日本政府(原子力委員会)は、使用済み核燃料を再利用する再処理政策を今後も維持すべきであるという中間報告を正式決定した。国内では電力の安定供給、再利用と直接処分とのコスト面での比較などが議論されているが、他方、国際的にはつぎのような輸送問題が発生した。

1.国際輸送の問題

1990年代前半、日本が行った核物質の海上輸送に対して、いくつかの沿岸国から国際的な抗議が出された。海洋汚染、船舶奪取、輸送中の火災・沈船・衝突等の事故によるプルトニウム漏出のおそれがあるからである。輸送船の領海内の通過を禁止し(チリ、アルゼンチン、ウルグアイ)、海峡の通過を回避するように要請する沿岸国(シンガポール、マレーシア、インドネシア)が現れた。ソロモン諸島は排他的経済水域(EEZ)内の航行に反対した。日本は安全上の理由から輸送ルートを公表せず、輸送船は沿岸諸国の領海やEEZを通航する予定はないと公言した。幸い、深刻な国際紛争に発展しなかったが、環境保護団体と一部の国際法の研究者は沿岸国の立場を支持した。この問題については、核物質の越境移動や海上輸送に関する国際原子力機関(IAEA)および国際海事機関(IMO)の諸条約、船舶の通航に関する国連海洋法条約(UNCLOS)など多様な規則がある。核物質の海上輸送ははたして海洋環境保護の国際法に違反するといえるのか。また、明白な国際法の違反はないとしても、日本は今後どのような対応を要求されるのであろうか。

2.事前の通報・協議の義務

国家は海洋環境を保護・保全し、および海洋汚染を防止する一般的な義務を負っている(UNCLOS192-193条)。さらに船舶から生じる海洋汚染を最少化する義務も負うので(同194条3)、プルトニウム輸送船が重大な環境損害をもたらすおそれがある場合には、船舶の旗国は沿岸(通過)国に対して事前に通報し協議しなければならないという学説がある。

しかし、(1)海洋汚染防止の一般的な協力義務(同197条)から国家の事前協議の義務を導くことはできても、協議を実施する規定がない以上、その具体的な手続は別の個別条約に委ねられる。(2)危険活動に関する事前の通報義務が国際慣習法のルールであるとしても、潜在的な被害国の要請をもって自動的に通報義務が生じるわけではない。特定の条約規定がない限り、環境リスクの重大性は通報国の一方的な判断にまかされる(同198条)。また、(3)テロリストによる核物質の奪取を考慮して、輸送船が他国の領海(湾、内海などを含む)を通過し、寄港する場合にかぎり、事前の通報を要求するのがふつうである(1980年核物質防護条約4条5)。

3.環境影響評価の義務および予防原則

環境影響評価の義務は多くの条約をとおして今や普遍的に受け入れられている。海洋環境を保護すべき一般的な義務(同192条)を履行する上で、国家はその管理下にある船舶が海洋環境に及ぼす潜在的な影響を評価・公表すべきであり、また、海洋環境に与える影響を事前に評価する義務は予防原則から当然に認められるという学説がある。

予防原則はたしかに環境政策を決定するときに考慮すべき重要な指針である。しかし、(1)予防原則を定めた1992年リオ宣言(原則15)から、特定の主題に関する国際法上の権利義務を直ちに導き出すことはできない。(2)放射性廃棄物の国境を越える移動について予防的アプローチを採用する地域条約(1991年バマコ条約)も、船舶の航行の自由を否定していない。核物質の輸送に事前の影響評価を求めるような予防原則の解釈は一般に支持されていない。(3)UNCLOSの文言上、影響評価を行うかどうかは原則として活動国(輸送国)の判断と能力に任されている(206条)。

4.最近の国際裁判

このように、船舶による核物質の輸送が直ちに海洋環境保護の国際法に違反するとは断定しがたい。一般に、船舶の航行に有利な規定をおくUNCLOS(無害通航権など)、また、輸送船の旗国に特定の「船上措置」を求めるだけのIAEAやIMOの条約を見るかぎり、核物質の輸送を国際法違反と認定することは容易ではない。船上措置とは、船内に放射性物質を封じ込める措置(放射性物質の識別表示、容器と包装、積載方法、隔離場所、温度の管理などに関する国際基準)である。先進国の輸送船はこれらの国際基準を満たしているといわれる。

ドイツ・ハンブルグの国際海洋法裁判所
(写真:Hans Georg Esch)

さて、このような議論とは別に、核物質の海上輸送について関係国に具体的な内容をもつ国際協力を促した国際判例が注目される。MOX燃料加工工場事件(2001年)は、アイルランドがイギリスによる放射性物質・廃棄物の自国海域内の移動を即時停止する暫定措置を国際海洋法裁判所に求めたケースである。国際海洋法裁判所(在ハンブルグ)は海洋汚染紛争について、海洋環境に対して生じる重大な損害を防止するための暫定措置を命じる権限を有する(UNCLOS 290条)。沿岸国がこの制度を利用する場合には、核物質の海上輸送が国際条約に直接違反するものでないとしても、輸送国は沿岸国を相手に交渉その他の平和的な手段による解決について速やかに意見交換を行うことが要求される(同283条1)。裁判所は、イギリスが活動を一時停止すると公言したので、停止措置を必要とする緊急性はないとした。しかし、判決は両当事国に「環境影響について情報を交換し、環境リスクを監視し、汚染防止措置について当事国間で協力と協議」を行うことを命じる暫定措置※を出した。

今後の対応

海洋汚染を防止するため、このような紛争解決の方法は今後も積極的に活用されなければならない。暫定措置を要請する国は、他国の有害な活動によって直接の損害をうける可能性を立証する必要はない。他方、この種のケースで被告の側におかれる日本は、国際海洋法裁判所に提訴されうることを考慮して、少なくとも判決のいう国際協力体制(情報交換、リスクの監視)を整備する必要がある。(了)

※ 暫定措置とは、もともと最終的な判決の前に当事国の権利を保全するための措置である。判決は、UNCLOS290条による海洋環境への重大損害防止を求めるアイルランドの暫定措置の請求を退けたが、海洋環境の汚染防止の基本原則は国際協力であり、これに由来する権利を暫定措置によって保全することが適切かつ可能であるとして、上記の措置を命じた(UNCLOS290条及び裁判所手続規則89条5)。その後のUNCLOSによる仲裁裁判所は、本件がECの機関(とくに欧州裁判所)の決定事項であるという理由で2003年12月まで訴訟手続を延期することを決定し、同時に、アイルランドに回復不能な損害が生じるおそれはないとしてアイルランドの暫定措置の請求を棄却した(2002年2月)。2001年6月にアイルランドはイギリスが北東大西洋海洋環境(OSPAR)条約の情報開示義務に違反したとして、同条約による仲裁裁判にも本件を付託したが、違反なしとの仲裁判決が下された(2003年7月)。

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