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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第363号(2015.09.20 発行)

海底にミステリーサークルを作る新種のフグ

[KEYWORDS] 魚類/産卵/奄美大島
国立科学博物館名誉研究員◆松浦啓一

奄美大島の海底に直径2mの不思議なサークルが毎年4月から8月に出現する。サークルには多数の放射状の溝が走り、精巧な図形のように見える。
このサークルは新種のフグが作る産卵巣であることが判明した。毎年、世界全体で1万8千の新種が報告されているが、このフグは2015年の「世界の新種トップ10」に選ばれた。


奄美大島の海底に出現するミステリーサークル

■写真1:直径2mあるアマミホシゾラフグの産卵巣

■写真2:溝を掘るアマミホシゾラフグ

今から20年ほど前に、奄美大島の海底で不思議なサークルが見つかった。このサークルは砂地に描かれていて、直径2mもあり、放射状の多数の溝が中心部からサークルの縁に向かって走っていた(写真1)。そして、サークルの縁には二重の土手のような盛り上がりがあり、土手の上には貝殻の破片などが散らばっていた。不思議なサークルは4月から8月頃に現れ、現地のダイバー達によってミステリーサークルと呼ばれていた。しかし、どのようにしてミステリーサークルができるのか、あるいは、何者が作るのかは謎のままであった。
2011年に水中写真家の大方洋二氏が、見慣れない小型のフグがミステリーサークルを作る現場を目撃した。ようやくミステリーサークルの作成者が判明したのである。しかし、フグの正体は分からなかった。私がそのフグを観察する機会を得たのは2012年の7月初旬のことであった。奄美大島で大方さんやテレビ局の人達と一緒に水深25mの海底に潜るとミステリーサークルが現れた。そして、サークルの中心部に全長12cmくらいの小型のフグがいた。フグはサークルの中心部で忙しそうに砂地を鰭(ひれ)でかき回していた。サークルの世話をしているのは雄だった。雌はサークルを訪れて、中心部で雄と寄り添って産卵することが分かった。ミステリーサークルは産卵巣だったのである(写真2)。
海底でフグを観察し、撮影されたフグの写真を検討した結果、ミステリーサークルを作るフグはシッポウフグ属の新種であることが分かった。ミステリーサークルを作るフグの姿がテレビで放映されると、大きな反響を呼んだ。フグが新種であったことに加えて、小さなフグがミステリーサークルという複雑な形をした産卵巣を作ることに多くの人が驚いたのである。そして、新種のフグは一躍人気者となった。

世界の新種トップ10に選ばれたアマミホシゾラフグ

■写真3:ミステリーサークルの縁に貝殻を置くアマミホシゾラフグ(写真3点とも:大方洋二)

ミステリーサークルを作るフグが新種であることは分かったが、新種は論文に発表しないと認めてもらえない。新種の論文を書くためには標本が必要である。しかし、地元で人気者になったフグを採集することは簡単ではなかった。可愛いフグを採集して欲しくない、という人もいたのである。このため2013年9月と2014年2月に奄美大島で新種のフグについて講演会を開催して、新種論文を発表するためには標本が必要である事を説明した。また、新種のフグが毎年、観察されているため、数個体を採集しても絶滅の心配はないことも説明して、地元の人達の理解を得ることができた。
こうして2014年5月下旬に新種のフグを2個体採集することができた。幸運なことに雄と雌であった。標本を調査して、論文を投稿したのは2014年7月中旬のことだった。そして、9月上旬に新種論文が出版された。新種のフグの体には多数の白点があったので、学名はTorquigener albomaculosusとした(写真3)。Toruquigenerとはシッポウフグ属の学名であり、albomaculosusというのは「白い点」という意味である。そして、フグの和名はアマミホシゾラフグとした。「アマミ」はフグが発見された奄美大島に因んでいることはいうまでもないが、「ホシゾラフグ」は体表の白点を奄美大島の夜空の星々にたとえたものである。地元の人から「奄美大島に因んだ夢のある名前をつけて欲しい」と頼まれていたが、幸い「アマミホシゾラフグ」という和名は地元で好評だそうである。
2015年4月に国際生物種探査研究所から、「アマミホシゾラフグが世界の新種トップ10に選ばれた」という電子メールを受け取った。この研究所はアメリカのニューヨークにあり、生物多様性の研究や保全、そして自然史博物館への支援活動などを行っている。「世界の新種トップ10」は10数人の選考委員によって構成される選考委員会によって選ばれる。そして、新種トップ10を選ぶ際には、一部の生物に偏らないように配慮しているとのことである。同研究所によると約18,000に上る新種が毎年報告されている。既知の生物種の総数は約180万種であるが、未知の生物を含めると地球上には少なくとも1千万種の生物が生息すると言われている。したがって、毎年、万を超える新種が報告されても決して不思議ではない。

ミステリーサークルの役割

アマミホシゾラフグの雄は直径2mもある複雑な形をした産卵巣を1週間かけて作る。すると、雌がやって来て、産卵巣の中心部に卵を産む。卵は5日後にふ化する。なぜ、アマミホシゾラフグの雄は1週間もかけて、ミステリーサークルと呼ばれる複雑な図形を海底に描くのだろうか。産卵巣を見ると、中心部から縁に向かって多数の溝が放射状に走っている。このため、どの方角から流れが来ても、中心部に海水が集まるようになる。その結果、中心部の海水がよどむことはなく、常に新鮮な海水が卵に供給される。卵が成長するためには酸素を含んだ新鮮な海水が必要であることは言うまでもない。放射状の溝は卵にとって快適な環境を与えているのである。
しかし、多くの魚類はもっと簡単な窪みのような産卵巣を海底や湖底、川底などに作る。このような魚類の場合には、親が鰭を動かして水を卵に送る場合が多い。この方が複雑な形をした産卵巣を作るよりも簡単である。なぜ、アマミホシゾラフグは大きなエネルギーと長い時間をかけて複雑な形をした産卵巣を作るのだろうか。この理由として、産卵巣の形が効果的に雌を呼び込むために役立っていることが考えられる。アマミホシゾラフグは産卵巣を海底の砂地に作るが、砂地は変化の乏しい場所である。しかし、複雑な形をした大きなサークルを作れば海底で目立つことになる。アマミホシゾラフグの雄は貝殻を歯で砕いて、産卵巣の縁にある土手のような構造の上に貝殻の小片を置いて飾りつける。この行動も産卵巣を目立たせるために役立っているのではないかと考えられる。しかし、アマミホシゾラフグの産卵行動の謎が解明されたわけではない。今後の研究が待たれている。(了)

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