Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第363号(2015.09.20発行)

第363号(2015.09.20 発行)

フェリーの安全性を高めるには~セウォル号事故を契機に考える~

[KEYWORDS] フェリー事故/SOLAS条約/水密扉
国立研究開発法人海上技術安全研究所海難事故解析センター長◆田村兼吉

フェリーでは、車輌デッキの存在から、一旦事故が起きると大事故に繋がることが多い。
IMOはフェリーに関するSOLAS条約の改正を行ってきたが、各船の運航状況により水密扉の開放による復原性の問題が残る等、まだ課題は多い。日本はIMO等での安全性向上の先進的議論に参加しながら、その成果を積極的にアジアに還元していく取り組みを継続していくべきであろう。


フェリーの安全性

■表1:フェリーの主な海難事故

■F-N線図(フェリーと船客船の比較)

韓国の大型旅客船セウォル号が転覆・沈没した事故から一年以上が経過した。事故原因については韓国政府の正式な発表を待たねばならないが、過積載とバラスト水の意図的な操作、運航会社と船員の安全管理体制、不適切な船体改造と船体検査制度の不備、といった複数の要因が指摘されている。
セウォル号は日本国内では旅客船兼自動車渡船、いわゆるフェリーに分類される船舶であり、英語圏では、自走で乗用車やトラック・貨物が乗り降りするという意味のRoll on/Roll offからROPAX VesselやRo-Pax Ferryと呼ばれている。こうした「RoRo貨物スペースを持つ客船」と定義されるRoRoフェリー(以下フェリー)は、比較的短い航路で利用され、戦後、自動車交通の発達と共に大成功を収めてきた船種である。しかし、表に示すようにその過程で海外では大事故も起きている。
フェリーの事故率は特に大きい訳ではないが、事故の重要度に着目すると様相は変わってくる。図は1995年から2011年の17年間の海難事故データを分析し、F-N線図にしたもので※1、横軸に死者数、縦軸に超過頻度(1隻の船舶が1年間にそれ以上の規模の事故を起こす確率)をとっている。一般客船に比べてフェリーの超過頻度は高い。死者数の大きな事故ほど両者の差が開き、百名規模の事故では一桁近く高くなっている。つまり、フェリーでは一旦事故が起きると、多くの死者を出す大事故に繋がってしまうことを示している。
この最大の要因は、フェリーの特徴である複数層の巨大な車輌デッキの存在にある。デッキ内部は車輌の走行の利便性から、横隔壁が極端に少ない大空間となっている。そのため、一旦デッキ内に浸水すると、自由水は大きく動いて復原力を低下させるし、浸水の広がりも速いので、短時間で浮力を失う危険性も高い。内部の車輌や重い貨物は、大傾斜時に片舷に移動して傾斜を助長させる。火災も広がり易い。大きな外扉は、波にたたかれると損傷し易い。

水密扉の問題

問題点の一つは、損傷時復原性に関係する水密扉にある。車輌デッキの下層部は、水密隔壁で細かく仕切られている。隔壁には水密性を低下させる水密扉は設置しない方が理想的だが、乗組員の往来や非常時の避難経路確保を目的として、船主側はその設置を求めることになる。しかし、European Gateway号、Estonia号、Express Samina号の事故では、事故時に水密扉が閉まらなかったことから車輌デッキに浸水、船の転覆や沈没を招いたものと指摘されている。また、海外の調査では、航行中、日常的に水密扉が開放されたままだったり、整備不良だったりする違反は数多く報告されている。
国内でも同様の事故例もある。セウォル号事故の直後に徳島でおきたフェリー座礁事故では、岩礁との接触により右舷船底部にできた亀裂とフィン・スタビライザーの根元に開いた穴から浸水し、車輌デッキに通じる水密扉が開放されていたため、吹き上げてきた海水が最下層車輌デッキの腰の高さまで流れ込んだ。幸い、乗員乗客は無事で、船は自力航行により港まで戻ったが、車輌デッキへの浸水は重大な結果につながりかねなかった。
フェリーの安全性向上に、IMO(国際海事機関)が手をこまねいていたわけではない。水密扉や外扉が開放されたままでの上記の事故を受けて、1988年のSOLAS条約改正では、ブリッジに扉の開閉表示装置や漏水感知装置の設置を義務付けた。その後も、1992年に現存フェリーの損傷時復原性要件の導入、防火措置の改善・強化、1995年に損傷時復原性の水密性要件の強化、脱出経路要件の追加、1996年に貨物区域の防火措置、と矢継ぎ早に改正を行ってきた。
SOLAS条約には航行中にすべての水密扉を常時閉めておくことが規定されているが、多数の例外規定がある。2010年12月に導入された「航行中の船の扉の開放を許可する場合のガイダンス」でも、常に水密扉が開放された状況が各船の運航状況により生じるため、安全性向上が疑問視されている。こうした曖昧さを排除するために、2013年にIMOではSOLAS条約とガイダンスの全面的見直しが提案されており、日本としても、フェリーの安全性向上のための重要な取り組みとして注目している。

アジア視点の安全対策と日本の役割

セウォル号の事故時に「日本の内航フェリーではこのような事故は起きない」という声をよく聞いた。SOLAS条約の改正は直接適用されるものではなく、各国の国内法に反映された後に適用されるものである。国土交通省は、2009年のフェリー「ありあけ」の大傾斜事故時に、操船による大傾斜回避や貨物の固縛方法の改善等、いち早く再発防止策を講じるなど対応してきた。事業者側も、任意ISM※2コードの導入など、安全管理体制の充実を図っている。こうした日本独自のきめ細やかなソフト面での対策に加え、SOLAS条約の国内船適用や一般旅客船に比べ復原性要件を強化する等のハード面の対策も積極的に実施しており、こうした対応が自信の声につながっているのだろう。
一方、ASEAN諸国に目を向けると、経済発展とともにフェリーによる輸送需要が急速に高まっているが、安全基準や検査制度自体が整備されていないため、船舶事故が多発している国も多い。こうした国々では、日本から売却された中古フェリーも多数航行している。そのため、わが国はIMOとともにASEAN諸国の国内フェリー復原性ガイドラインを策定する等の協力を進めており、本年4月にもマニラで開催されたIMO内航フェリー安全セミナーに参加している。フェリー全体の安全性向上には、アジアという視点が必須である。IMO等での安全性向上の先進的議論に参加しながら、その成果を積極的にアジアに還元していく取り組みを、わが国は継続していくべきであろう。(了)

※1 On a novel method for approximation of FN diagram and setting ALARP borders, Fujio Kaneko et al., Journal of Marine Science and Technology, JASNAOE , Volume 20 Number 1, 2015.参照。
※2 SOLAS条約が規定する「船舶の安全航行および汚染防止のための国際管理コード」で、国際航海に従事する全ての旅客船と500総トン以上の貨物船は、このコードに適合していなければならない。

第363号(2015.09.20発行)のその他の記事

  • 海底にミステリーサークルを作る新種のフグ 国立科学博物館名誉研究員◆松浦啓一
  • フェリーの安全性を高めるには~セウォル号事故を契機に考える~ 国立研究開発法人海上技術安全研究所海難事故解析センター長◆田村兼吉
  • 海と人とをつなぐ環境学習 沖洲海浜楽しむ会、Gata girl◆野上文子
  • 編集後記 ニューズレター編集代表(国立研究開発法人海洋研究開発機構上席研究員/東京大学名誉教授)◆山形俊男

ページトップ