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オーシャンニューズレター

第324号(2014.02.05発行)

第324号(2014.02.05 発行)

ブームに沸く有明海のビゼンクラゲ漁業

[KEYWORDS]ビゼンクラゲ/有明海/クラゲ漁業
佐賀大学低平地沿岸海域研究センター特任助教◆藤井直紀

2012年のビゼンクラゲ大量発生により、有明海では「クラゲブーム」が到来している。他の魚貝類が不漁であることも相まって、クラゲ漁が生計の支えになっている漁師も居る。しかし、現在のクラゲ漁は「乱獲状態」といえる状況にあり、持続的なクラゲ漁を望むのであれば、適切な漁業管理を行う必要があるだろう。

はじめに

いま、有明海では「クラゲ」がちょっとしたブームになっている。
ブームになっているのは、刺胞動物門鉢クラゲ綱根口クラゲ目に属するビゼンクラゲと呼ばれるクラゲである。このクラゲは傘径50cm以上にも成長するため、濁った有明海でも容易に識別できる大きさである。有明海沿岸では俗称「アカクラゲ」と呼ばれる。
このクラゲは近年、有明海で多く発生している。「クラゲが大量発生した」と言われると、「やっかいもの」として扱われることが常である。例えば、ミズクラゲでは「漁網に入る」「発電所の取水口に詰まる」などの被害があるためだ。ビゼンクラゲについても一部にはやっかいものとの見方もある。しかし、ミズクラゲと異なるのは食用クラゲということであり、その点では多くの方々から歓迎されている。
このようなクラゲ事情と、近年の魚・貝類の不漁、中国業者による高価格でのクラゲ取引という他事情により、今のようなブームになったといえる。今回はその状況を紹介してみたい。

有明ビゼンクラゲとは?

■地元で販売されるくらげの加工食品。太良町 たらふく館にて。(写真:著者撮影)

ビゼンクラゲとは学名をRhopilema esculentaといい、比較的大型の根口クラゲ類(口腕が発達したクラゲ)である。半球型の傘にしっかりとした口腕および太い口腕付属器が伸びる姿をしている。似た形状のクラゲに秋から冬頃日本海付近で大量出現することがある「エチゼンクラゲ」がいるが、こちらは中国・韓国の沿岸に産し、日本に流れてくるクラゲとされ、有明海では産しない。口腕付属器が多くの紐状になっているなどの特徴があり、ビゼンクラゲとは容易に分類することができる。ビゼンクラゲは名前の通り備前地方、すなわち、瀬戸内海にも産するクラゲとされるが、有明海のビゼンクラゲがやや赤色を帯びていることなど多少特徴が異なるようである。そのため、「アリアケビゼンクラゲ」と称して、瀬戸内海産と区別することがある。ただし、瀬戸内海産のビゼンクラゲは現在個体数が少なくなっており、分類学的研究はあまり進んでいない。
さて、有明海のビゼンクラゲであるが、1年で完結する生活史をもっている。ビゼンクラゲは、春頃にポリプ(イソギンチャク様の底棲生活期)から稚クラゲが遊離し、夏にかけて急速に成長する。晩夏には成熟し、プラヌラ幼生を産する状態になると思われる。このプラヌラ幼生はポリプまたはポドシストと呼ばれる底棲生活を送る形態になるわけだが、これらが有明海のどこでどのように生活しているのかは未だ不明である。なお、プラヌラ幼生を産したクラゲは、秋から冬にかけて死滅する。
実は、生態学的研究はあまり進んでいない。おそらく、これまでこのクラゲを調べてみようという研究者が少なかったためだろう。また、干満差が激しく調査船の運航に制限がある、濁った海で水中カメラのような光学機器が使用しづらいなど有明海特有の環境が調査を困難にさせていることも原因かもしれない。今後の研究に期待してほしい。
有明海北部地方(福岡県柳川市から佐賀県太良町付近)では、有明海で漁獲したビゼンクラゲを食している。夏になると、ミョウバンと塩で処理し、ぶつ切りまたは千切りにして食べやすいようにしたクラゲが店頭に並ぶ。「アカクラゲ」や「生クラゲ」という商品名がついていることが多い。消費者はこれを購入して「キュウリとクラゲのゴマ和え」や「野菜とクラゲの酢の物」などにして食しているようだ。店頭で「ウニクラゲ(クラゲにウニを和えた料理)」や「クラゲ粕漬」として既に料理になっているものを見かけることもある。地域の方と話をしてみると、とくに若い家庭ではそれほど頻繁にクラゲ料理が食卓に並ぶわけではないようだ。和え物という単調な調理法ばかりだからかもしれない。新たな調理法開発も望まれる。

大発生と乱獲問題

文頭に「近年、ビゼンクラゲが多い」と記述したが、そのなかでも最も多かったのが2012年である。実際に有明海で船からの調査を行っていると、あちらこちらにビゼンクラゲが浮いていたし、船上からたも網で容易にすくえるほどであった。この状況を聞きつけてか、クラゲ業者、特に中国の業者が多く買い付けにやってきた。漁師も採れるだけ漁獲したようである。しかし、漁獲ブームの始まりは遅く、晩夏から秋にかけてという短い期間であった。この2012年の状況をふまえて、2013年のビゼンクラゲを巡る社会的情勢は大幅に変化・発展した。中国業者は早くから漁獲から加工までの流通体制を整えた。漁師も6月にはクラゲ漁業を開始した。7月の天気の良い日には数百隻もの漁船が操業していただろうと思われる。あまりに早く、かつ、多くクラゲを漁獲したためか、8月末になると表層でほとんどビゼンクラゲを観ることはなくなってしまった。
ビゼンクラゲの経年的な変化を示す現存量データ、例えば漁獲量のようなものはない。しかし、佐賀大学有明海観測タワーに設置している海面観察カメラの映像を解析してみると、2013年の5月~6月におけるビゼンクラゲ出現量(漁獲がされる前のクラゲ量に相当)は2012年のそれと比較してみると、2分の1にも満たないという結果が出ている。すなわち、2013年は2012年よりビゼンクラゲ量が少ないにもかかわらず、漁獲圧は高かったということになる。乱獲状態と言っても過言ではない状況にあったのだと思われる。

適切な漁業管理を

このようなビゼンクラゲ大発生と漁獲ブームは以前にもあったと聞いている。1978年8月29日付の佐賀新聞朝刊には、カニ漁漁師がビゼンクラゲ漁を盛んに行っている様子が掲載されている。記事によると、約120隻もの漁船が操業し、多いときには1日・1隻あたり1トンの漁獲があったそうである。定量的な情報は無いが、2012年のような大量発生があったものだと思われる。ただし、今回のブームと異なるのは、そのほとんどが有明海沿岸に流通したということである。この年代のクラゲに関する記事を検索したところあまりヒットしないため、1970年代後半のブームは短命であったようである。
果たして、2010年代前半のブーム(すなわち今回のブームであるが)はいつまで続くだろうか? 前回のように一瞬の輝きで終わるのだろうか? ビゼンクラゲを持続的に漁獲するためには、乱獲状態を見直さなければならないだろう。しかし、アリアケビゼンクラゲは本来「水産対象生物」ではないし、有明海においてそのような生物の漁獲調整を行う機関はない。アリアケビゼンクラゲに関わる関係者が一堂に会してこの問題を取り組む必要があるだろう。
最後に、漁業者から常に耳にする言葉は、「クラゲは獲れて欲しいけれど、魚貝類の資源が復活してくれる方がもっと良い」。有明海の水産業を見つめる人々の想いは複雑である。(了)

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