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オーシャンニューズレター

第282号(2012.05.05発行)

第282号(2012.05.05 発行)

東日本における大震災後の沿岸域管理

[KEYWORDS] 水産復興特区/里海/順応的管理
九州大学応用力学研究所教授◆柳 哲雄

急激な工業化により破壊された洞海湾の40年かかった海域環境復活ストーリーは、大震災により破壊された三陸沿岸海域環境復興の大きな参考となる。
洞海湾では、海域浄化のために小学生を含めた「マイロープ・マイ堆肥運動」が行われた。三陸海岸では、漁民が中心となり大都市を含めた沿岸住民が協力する海域環境復興の取り組みが期待される。

水産復興特区

2011年3月11日の東日本大震災から1年が経過した。人々の主な関心は、どうすれば大災害から命を守るかという防災の観点から、どうすれば被災地で生き延びることが出来るかという生業の観点に移りつつある。大震災後、村井嘉浩宮城県知事は「水産復興特区構想」を提言した。この構想は、漁民の企業化を進めつつ民間企業からの出資や技術供与を促進し、漁業権は知事が直接新規の漁民会社に与えるというものである。新規の漁民会社は漁協に加入する必要がなく、出資金や漁業権行使料など漁協への支払いも負わない。
この提言に対する意見を全国漁業協同組合連合から求められた筆者は、この提言に「反対」の意見表明を行った。その理由は、沿岸海域の漁業は水産資源を漁獲するという経済行為だけではなく、沿岸海域環境を保全するという非経済行為も行わなければならないからで、民間会社が豊かな経験を必要とする海域環境保全機能(非経済行為)を果たすことを期待できないからである。漁民は沿岸海域のある区域内で排他的に漁獲できるという漁業権(権利)を得ると同時に、その区域の環境を保全するという義務を担っている。
したがって、民間活力を導入する場合も対馬のマグロ養殖のように、主体はあくまで漁場を保全する義務を持つ漁民が維持し、民間会社には応援団にまわってもらうような仕組みを考える必要があることを指摘した。さらに大震災後の三陸沿岸海域を里海化することを提案した。

里海

筆者が提案している里海※は「人手が加わることで生物多様性と生産性が高くなった沿岸海域」であるが、里海を創生するためには、まず、その沿岸海域の物理・化学・生物学的特性を明らかにし、どのような人手を加えることが、その海域の生物多様性と生産性を高めることにつながるかを定量的に明らかにしなければならない。
さらに実際に人手を加える場合には、漁民のみならず、漁村を取り巻く都市の人々の協力が欠かせない。海を利用しているのは漁民だけではない。海上交通・海洋レクリエーション・海洋研究など様々な分野の人々が沿岸海域に関与し、利用しているからである。

洞海湾

■洞海湾をまたぐ若戸大橋とイガイ養殖実験イカダ

1960年代「死の海」と呼ばれた北九州市洞海湾では、1970年代から、クロムなど有害物質排出禁止、水銀などを含んだ海底泥浚渫、沿岸空き地への魚附林植林、赤潮・貧酸素水塊発生を防止するための窒素・リン負荷削減量計算、不十分な負荷量削減に対応した海水中の窒素・リンを除去するためのイガイ養殖、養殖したイガイを利用した肥料製造、湾内生態系を回復するための人工干潟・藻場造成、など様々な人手を、順応的管理の発想に基づき、加え続けてきた。
その結果、適切な人手を加え始めてから約40年が経過した2010年には、湾奥表層の赤潮と底層の貧酸素水塊が解消し、2011年には人工干潟にアサリが戻り、人工藻場にナマコやメバルが蝟集するようになった。このことは、適切な人手を加えることにより、荒廃した沿岸海域環境改善が可能であることを示している。逆に、埋立・人工護岸など、陸の人間の都合だけを考えて、海の生物の都合を考慮しない人手を加え続けることにより荒廃した沿岸海域環境は、新たな発想による人手を加えないと、荒廃したままの状態が今後も続く。
洞海湾では1956(昭和31)年に湾内の漁業権は消滅していて、その後の湾内の海域環境保全責任者は北九州市長である。2011年にせっかく湾内に回帰してきたアサリ・ナマコ・メバルも適切な管理をしないと、サイズを考慮しない潮干狩りや過剰なナマコ・メバル採捕により、あっという間に居なくなり、湾内の生物多様性・生産性は低下するだろう。
北九州市港湾局は現在、行政・学識経験者・海運業者・漁民・沿岸住民をメンバーとする洞海湾環境管理協議会を立ち上げることを準備している。このような協議会の議論をもとにした湾内環境の適切な管理により、蘇った洞海湾の生物多様性・生産性が今後も維持されるはずである。

おわりに

急激な工業化により破壊された洞海湾の40年かけた海域環境復活ストーリーは、大震災により破壊された三陸沿岸海域環境の今後の復興の大きな参考となるのではないか。
三陸沿岸海域は世界三大漁場のひとつであり、ワカメなどの海藻類やカキなどの二枚貝養殖も盛んで、高い生産性を誇っていた。上述した洞海湾のような、科学的知見に基づいた適切な人手を加え、必要な沿岸海域管理体制を構築することで、多くの漁民や漁業を取り巻く6次産業関係者が生活できる場の復興は可能であろう。
洞海湾の場合は、イガイを付着させ・養殖するロープを沿岸の小学生と住民が一人1本ずつ持って、自ら垂下し・引き揚げ、さらに肥料化するという作業を分担するという、「マイロープ・マイ堆肥運動」が行われた。三陸海岸の場合は、洞海湾同様長い時間がかかるだろうが、漁民が中心となり、大都市を含めた沿岸住民の協力を得た海域環境復興の取り組みが期待される。(了)

※ 柳 哲雄(2006)里海論、恒星社厚生閣、102頁 柳 哲雄(2010)里海創生論、恒星社厚生閣、160頁

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