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オーシャンニューズレター

第271号(2011.11.20発行)

第271号(2011.11.20 発行)

大陸棚の限界に関する委員会(CLCS)委員への就任について

[KEYWORDS] 国連海洋法条約/大陸棚の限界に関する委員会/大陸棚延長
東京大学大学院理学系研究科教授◆浦辺徹郎

CLCSは国連海洋法条約(UNCLOS)に基づき設置された、地質学、地球物理学および水路学の専門家からなる委員会である。沿岸国より200海里を超えて大陸棚の延伸申請があった場合、それを科学的、技術的な観点から審査して勧告を出す任務を負う。
国際関係の荒波のなかで専門家集団として公平を旨として独立性を堅持し、勧告を出していくことの意義は大きい。

立候補の経緯

■大陸棚の限界に関する委員会委員と事務局を努める国連海事海洋法課のメンバー。国連会議場にて2011年8月撮影。

本年8月11日、ニューヨークの国連本部で開催された国連海洋法条約締約国会議(SPLOS)の特別会合において、「大陸棚の限界に関する委員会」(以下CLCS)委員補欠選挙が行われ、委員に選ばれることになった。そこで、あまり知られることのないCLCSの役割と概要について紹介する。
今回の補欠選挙は、玉木賢策委員(東京大学教授)が、在任中の本年4月5日にニューヨークで急逝されたことを受けて実施されたものである。玉木さんは2002年からこの任にあり、2007年に再選されたベテランの委員であった。玉木さんと私は同学年で、専門も経歴も共通点が多かったことから親しく、また日本の大陸棚延長申請準備のための助言者会議で8年間一緒だったこともあって、彼の遺志を継いで立候補した次第である。立候補に当たり東京大学海洋アライアンス※1のメンバーからのご教示と、外務省海洋室および内閣官房総合海洋政策本部事務局の皆さんのご支援があったことは何にもまして後押しとなった。

国連海洋法条約とは

ここで、CLCSが設立される元になった国連海洋法条約※2について概観してみよう。1994年に発効したこの条約は320条の条文と9の附属書並びに条約第11部(深海底)の実施協定からなるもので、海の憲法とも呼ばれている。1958年以来これを採択するまでに3次の海洋法会議が開かれたが、当初の海洋法条約の基本理念は「領海3海里+公海自由原則」であった。一方トルーマン大統領は、1945年「(大陸棚に関する)トルーマン宣言」を出し、公海であっても米国の海岸に隣接する大陸棚の海底およびその下の天然資源は米国に属すると宣言した。この宣言は直ちにラテンアメリカの国々によって追随され、多くの国が大陸棚に対する主権ないし管轄権を主張するようになった。
それに対し、1967年マルタのパルド国連大使が歴史的な演説を行う。深海底は「人類の共通財産」であり、海底資源は平和目的および人類全体のために利用されるべきで、その開発から得られた利益については貧しい国にも配分されるべきであると主張したのである。最終的に「国連海洋法条約」を採択した第三次国連海洋法会議(1973年~1982年)で会議を引っ張ってきた米国は、深海底資源開発で途上国の要求に過度に譲歩したとしてこの条約から手を引き、現在まで批准をしていない。ただし、この交渉過程を通じて、海洋法の基本理念は「公海自由原則」から「資源管理原則」に変貌していくことになった。
ところで、「現在CLCSに提出されている申請海域を単純に足し合わせると、各国の領海と大陸棚上部水域(申請分を含む)の合計は世界の海洋の約4割を占める」(The Economist誌、2009年5月16日号)とのことである。まだ申請をしていないカナダやアメリカなどの国を考えると、その合計は最終的に5割近くになることも予想される。

「大陸棚の限界に関する委員会」(CLCS)の役割

CLCSは国連海洋法条約(UNCLOS) 第76条8および附属書 II 第1条に基づき設置された、地質学、地球物理学および水路学の21名の専門家からなる委員会である。国連海洋法条約の第76条および附属書 II に従って、沿岸国より200海里を超えて大陸棚の延伸申請があった場合、それを科学的、技術的な観点から審査して勧告を出す任務を負っている。委員は国の指名を受けて立候補することになっているものの、条約上個人の資格で職務を遂行することとされ、国の代弁者ではなく不偏不党でなければならない。1年に2回、2週間ずつニューヨークの国連本部で全体会議があるほか、各国からの申請を審査する小委員会が、全体会議の前後などに合計2カ月ほど行われる。私も、選挙に引き続き、本年8月15日から8月26日まで開催された第28回CLCS全体会議に出席してきた。
CLCSの事務局は条約で国連事務総長が提供することとされているので、国連海事海洋法課(DOALOS)が事務局を務めている。彼らは全体会議の庶務を行うだけでなく、小委員会審査の際に委員を支える大きな役割を果たしている。現在CLCSには57もの国から申請が出されており、DOALOSの支援体制の物理的制約もあって、すべてに勧告を出し終わるまで20年かかる計算といわれる。そこで、国連海洋法条約締約国会議(SPLOS)では2012年からCLCSの会合日数を増やして、勧告の能率を上げることを要望する決議をまとめた。しかしCLCS委員には報酬や手当が支払われているわけでなく、審議のための出張日数をこれ以上増やすのにはおのずから限界があるだろう。

おわりに

上にも述べたように、CLCSの大きな特徴は、地質学者らが科学的観点から議論する任務を負っているという点にある。一般に、国連の会議、委員会、国際司法裁判所などでは、主として外交官や裁判官により議論や意思決定が行なわれるのに対し、ここでは科学の専門家が各国の申請を審査するのである。さらに、その勧告には大きな権限が与えられている。「沿岸国が(CLCSの)勧告に基づいて設定した大陸棚の限界は、最終的なものとし、かつ、拘束力を有する」(条約第76条8項)からである。
一方、逆の観点からすれば、CLCSは法的な問題については議論する権限を与えられていないと見なされる。国連海洋法条約の解釈・適用に関する紛争の司法的解決を任務とする、国際海洋法裁判所(ITLOS)が別に設置されているからである。このことをもってCLCSは限定的な権限しか与えられていないとする考えもあるが、私は逆にそれがCLCSの「強み」であると考えている。変幻する国際関係の波に翻弄されることなく、専門家集団として公平を旨として独立性を堅持し、勧告を出していくことの重要性は強調してよいだろう。実際、これまでCLCSが行ってきた幾つかの勧告に対し、承服せず再申請を行う国はあるものの、国際的な問題は起こっていない。20世紀であれば、国家間の戦争や紛争を引き起こしていた地球上に境界線(大陸棚限界線)を引く作業が、CLCSによる国際的な枠組みの中で一滴の血も流さずに実施されているのである。
海洋地質学の進歩に伴って、国連海洋法条約第76条の規定ではカバーし切れない大陸棚の概念もでてきており、審査の過程でCLCS委員には大きな負担と責任がかかっている。永年その任務を誠実に果たされた玉木さんに感謝すると共に、ご冥福を改めてお祈りしたい。(了)

● 大陸棚延長については、以下HP参照下さい。
「大陸棚の延長とは何か?」

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