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オーシャンニューズレター

第248号(2010.12.05発行)

第248号(2010.12.05 発行)

中国の海洋科学技術力と日本の海洋政策

[KEYWORDS]海洋の管理/深海有人潜水艇/異常気象
(独)海洋研究開発機構シニアスタッフ◆工藤君明

わが国では海洋基本法ができ、海洋立国が叫ばれているが、身近の海洋だけを議論していてはあいかわらず島国のままである。
昨年、中国の海洋科学技術力について調べたことがあり、総合的系統的に調査しておくことの必要性を痛感した。中国の海洋科学技術について一端を紹介して、わが国の海洋政策について提言したい。

若い国

中華人民共和国は2009年10月に成立60周年を祝ったばかりの極めて若い国である。
日本人が黒船を見て度肝を抜かれたのは157年前、それから蒸気機関車など西欧科学技術により社会基盤を整備し、「富国強兵」と「脱亜入欧」という単純明快な目標を掲げて国を創ってきた。もとより平坦な道のりではなかった。同じく新中国の60年も平坦な道のりでは決してなかった。前半の混乱のなかから国家の形を創り、「改革開放」という単純明快な国家目標を定めて邁進してきたのである。
08年4月に「中国科学技術発展概況」という講演会が東京であり、中国大使館の科学技術担当官が中国科学技術政策の現状について講演した。中国の宇宙技術は軍事技術からはじまったことなどが紹介された。ところが海洋科学技術となると、30万トンの超大型タンカーを建造したと誇らしげに紹介され、違和感をおぼえたものである。講演後、中国は7,000m級の有人潜水艇を開発しているのではないですか、と質問したところ、聞いたことがないという回答だった。中国の海洋科学技術力について、実は中国人も全体像を知らないのかもしれない、それなら日本人はどれだけ知っているのだろうか、と疑問が湧き、調べてみた※。
日本では2007年に海洋基本法が成立し、海洋基本計画が08年に策定された。これまで海洋を「利用」する観点しかなかったが、これからは海洋を「管理」することが重要とされた。また海洋を「知る」こと、海洋を通じて世界と「繋がる」ことが大事とされた。94年に発効し、わが国も96年に批准した国連海洋法の基本理念では、海洋は「自由に利用」するものではなく「管理」するものとされている。わが国はその理念にやっと立てたところである。それなら中国ではどうなっているのかというと、「海洋基本法」はまだない。しかし、中国の海洋事業を一元管理する国家海洋局が設立されたのは、64年のことであり、法律がなくても管理してきたのである。中国の「海洋事業」はなにかというと、「中国海洋年鑑」がほぼ毎年発行され、海洋産業の範囲と最新の進捗状況が網羅されている。総論的であり、細かい点でわからないことはあるが、まるでないよりはずっといい。トピックスに政府要人の動きが紹介されて、中国政府がどの分野に力を入れているかが垣間見える。わが国で中国海洋の産業や科学技術がどれだけ調べられているのだろうか。調べてまず感じたことは、分野ごとに細分され、年度もまちまちであり、全体像をとらえるのが極めて困難なことである。

むかしは「和諧」と呼ばれていた


■深海有人潜水艇「蛟竜号」(中国国際放送局 2010-08-27)

中国では7,000m級の有人潜水艇が開発されている。国家ハイテク技術研究開発計画(通称863計画)の一環として開発建造され、「第11次五カ年計画」(06年~10年)に海上実験が完了することになっていた。人が搭乗する耐圧殻や浮力を得るための最重要な技術はすべて外国製なのだが、外国技術導入による自国開発であり、深度7,000mまで潜水できるのは世界一であると強調されてきた。07年11月に「和諧号」と命名され、中国海洋調査船「向陽紅09」が母船に改造された。08年1月に全体システムの動作試験が行われ、09年4月には実海域試験にむけて準備を進めているとされていた。
10年8月26日、中国が自主設計・自主開発した初の有人潜水艇「蛟竜号」が最大深度3,759mの潜水に成功したと発表された。本体の開発、海面支援システムの開発、試験母船の改造、乗組員の選抜・訓練などをすべて終え、海洋試験で潜水艇の性能と機能を検証したとされている。報道写真を見るかぎり、全体の形状やスクリューの配置などが同じであることから、「和諧号」と同一であろう。「和諧号」がどうして「蛟竜号」と改名されたのかは不明であるが、当初目標が計画どおりに達成されなかったからだろうか。「蛟竜」とは雌伏する龍のことであり、時運にめぐりあえず実力を発揮できずにいる英雄という意味がある。いまは諸般の理由から実現できないが、いつかは7,000mに達するという思いがこめられているのだろう。
中国の深海有人潜水艇の開発では、有人ロケットの安全管理手法が応用されている。分野横断の連携ができていることに感心した。中国は安全を第一として、深度を徐々に大きくしていき、最大深度に達することを目指しているのだろう。
ところでわが国の深海有人潜水艇のあるべき姿がいまだに議論されないのは憂慮すべきことである。高性能の海中無人機が開発されているので、有人潜水艇は4,500m級くらいの小型軽量で長期の調査ができ、機動性に富み、種々の海中ロボットとともに運用してさまざまな調査ができるシステムを開発すべきではないだろうか。

異常気象研究

中国は海洋科学調査船「大洋一号」(全長104.5m)を運用し、主に太平洋における深海環境や海底資源などを調査しており、これまで世界一周の科学調査を二度行なっている。その他にも海洋調査船が数隻あり、09年10月にはメタンハイドレートの専用調査船「海洋6号」を完成させている。
地球温暖化に関連して、中国は極域での観測調査を進めてきた。南極では09年に南極大陸内陸部の氷床最高地(海抜4,093m)に基地を完成させている。北極においては、氷が解けて、海上交通や資源開発が可能になることを見越して、「科学調査」を積極的に展開している。ノルウェーのスヴァールバル島に基地を開設して、高層大気の観測を国際協同で進めており、また10年8月には調査船により、約40日の北極科学調査を行なっている。
しかし中国にとり最大の課題であるはずの、大洪水や乾燥化をもたらす気候変動のメカニズムを解明するための海洋科学研究に関して、調査の成果や調査能力はほとんど知られていない。気候変動に伴う異常気象こそ深刻な問題であり、真剣に取り組むべき課題である。異常気象とは、観測データのみからでは予測できないことである。
わが国は、地球環境変動やモンスーン地帯の異常気象予測研究を進めていかなければならない。異常気象のシナリオを創り、モデルを開発し、シミュレーション研究を進めるために優秀な人材を育成し、スーパーコンピュータを開発していかなければならない。そのための広範かつ精密な海洋観測を展開していくことが大事である。また合わせて、総合的な視点から、中国のみならず、わが国の海洋産業や海洋科学技術をまとめる作業をきちんと継続していくべきである。(了)

※ 科学技術振興機構(JST)中国総合研究センター:中国の科学技術力について 第三部 海洋開発、2009年12月

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