Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第211号(2009.05.20発行)

第211号(2009.05.20 発行)

古代の塩づくりで古代人の知恵を学ぶ

[KEYWORDS] 藻塩/古代製塩/海の体験学習
古代製塩「藻塩の会」代表、国土交通省「観光カリスマ」※◆松浦宣秀

古代に藻塩があったことは確かではあったが、その製塩方法自体は長きにわたって謎であった。
「藻塩の会」はホンダワラを利用して土器から製塩する「藻塩焼」として再現し、修学旅行生などへの「古代塩づくり」の体験指導を行ってきた。
古代の智恵を学ぶことによって、郷土の良さを発見し、郷土を大切にする。
子供たちにとっても、まさに得難い学習体験の場となっている。

はじめに

蒲刈町は広島県呉市の最東端に位置し、西は朝鮮通信使の寄港地として知られる下蒲刈町に接し、大小9島で構成されている瀬戸内海の島である。「日本渚百選」に選ばれた県民の浜や温泉があり、観音からの景色は絶景である。夏は県民の海水浴場として多くの人が訪れる。温暖な気候に恵まれ、柑橘類や海の恵みである魚貝類が多く採れるところである。5月には島全体が甘酸っぱいみかんの花の香りが漂うところである。この地で発見された古代製塩遺跡をもとに様々な活動がうまれた。

藻塩の研究

蒲刈町の歴史は古く、約23,000年前から江戸時代までの遺跡が数十カ所ある。1982年に海浜で一片の土器片を私は採取した。これは古墳時代前半代(約1,500年前)の製塩土器の底であった。1983年に県民の浜として開発されることになっていたため、製塩土器が出たので緊急発掘を行った。その結果、古墳時代から中世に至る製塩遺構が出土した。古代の土器による製塩法は謎であったため、私は研究を始めた。古代に藻塩があったことは、万葉集や古今集等に369首ちかく記述があるが、製塩方法自体はうたわれていない。古文書にもあまりはっきりしたものはない。ただ、万葉集に玉藻を利用したことが2~3首詠まれている。
「......朝凪に玉藻かりつつ夕凪に藻塩焼きつつ......」
塩づくりに玉藻(玉のついているホンダワラ系)を使ったとあることから、私はホンダワラを利用して研究することにした。
研究を進める上に必要な実験の作業がある。?藻の採集、?藻の乾燥保存、?土器製作、?土器素焼き、?炉用石集め、?石敷炉づくり、?燃料集め、?濃縮、?藻焼き、?上澄み採り、?煮つめる、と大変な作業であるが7年間、私ひとりで行った。そして次のような成果を得た。
日本周辺では海水の濃度は塩分3%、水分97%である。海水を煮詰める前にできるだけ海水の水分をとって煮詰めれば早く塩ができる。カメに海水を溜め、早く乾くホンダワラ(Sargassum fulvellum、玉のついた藻、玉藻)を海水につけて干すとすぐ水分が蒸発して塩が残る。これをカメの中の海水につけ、また干す。これを繰り返すことによってカメの中に濃い海水をつくる。藻を利用するために藻のうま味と藻の色(茶色)が溶け込む。最後に藻にも濃い塩が残るので、藻を焼くとヨウドと塩の結晶ができる。これをカメの濃縮海水の中に炭灰ごと入れ、さらに濃い海水にし、炭や灰は布ごしをし、一晩沈殿させた上澄液を土器で煮詰める。こうしてできた塩を藻塩というのである。塩は様々な方法でつくられたと思うが、藻を使った一つの方法としてこの「藻塩焼」の方法があったのではないかと考える。最近、沖浦遺跡出土の製塩土器から藻につく珪藻の遺体(珪藻殻)や藻を焼いた灰などが見つかって、研究が実証されてきている。

藻塩の会

古代の土器製塩による塩づくりの体験には国内外から来訪者がある。
古代の土器製塩による塩づくりの体験には国内外から来訪者がある。

1989(平成元)年、実証完成間近の時、藻の採集や煮つめるなど指示されれば作業を手伝うことができるので会をつくろうとIさんの呼びかけによって「藻塩の会」が結成された。作業を分担してくれたので、楽に研究ができた。藻塩そのものは会結成後2回目の実験で完成した。
「藻塩の会」は作業から得たものを生かし、修学旅行生をはじめ多くの人々に「古代塩づくり」の体験指導をするに至り、蒲刈町を大いにアピールすることになった。体験は1983年地元蒲刈町立向中学校(現蒲刈中学校)が第1回に行った炉に土器を置き濃縮海水をつぎたしながら完成させる方法と基本的に同じである。その後この藻塩は、「海人の藻塩」として商品化され、町の産業になった。今や有名ブランドとして全国に知られるようになってきている。

体験指導

呉市立蒲刈小学校3年生が描いたポスター。
呉市立蒲刈小学校3年生が描いたポスター。

現在、町を訪れる修学旅行生、遠足、一般団体、個人などの申し込みがあれば古代の土器製塩を体験指導している。塩づくりの体験は前もって作ってある濃縮液を炉に置いた土器に入れ、煮詰めて塩を作り土器ごと持ち帰るものである。「町おこし」の参考にと見学者が訪れ、活動についての調査に国内外(国外は東南アジアを中心に数十カ国)から来訪者がある。指導にあたっては、ずっと以前から海の環境について必ず話している。「海藻のホンダワラは海がきれいでないとただちになくなってしまう。ホンダワラは魚が卵を産みつけたり小魚が隠れ家として住む。海を汚したりすると魚が捕れなくなったり塩もつくれなくなる。海を汚さないようにしよう。陸地に住むすべての生き物は海で誕生したものであり、生き物のふるさとである。今も海の恵みを多く受けて生きている。ふるさとを壊してしまうようなことはいけない」
この話を聞いた地元の小学生が、1988年「海の祭典」記念式典で「藻塩づくりを体験して」と題して、塩づくりを通して海の環境問題を取り上げた作文を発表し、最優秀作文賞を受賞した。以後、学校全体が環境問題に取り組むようになり、生徒による海の環境問題を取り上げた作文等数多くが金賞等を受賞している。現在でも呉市立蒲刈小学校では、わたしたちの大切なふるさと蒲刈をテーマに郷土の良さを発見し、郷土を大切にする子、郷土のために自分ができることを考え行動する子と題して次のような活動をしている。「蒲刈の海について調べよう」「自然の大切さ」「私たちのふるさと自慢」「海のプロジェクトポスター作成」「かまがりクリーンプロジェクト」等、時期を設定して環境問題を取り上げている。

古代の智恵を残そう

体験を通して町のアピールを行ってきたが、1983年に古代製塩遺跡発掘を終了した時、発掘した遺跡を屋根で覆い、将来見学できるようにしたいと保存してきた。当初は夢物語と一笑されていたが、2000年広島県知事に私の夢を話したところ、トントン拍子に話がまとまり、2003年5月、念願の「蒲刈古代製塩遺跡復元展示館」がオープンした。遺跡発掘現場と出土土器を展示したものと、タッチパネル方式で遺跡や古代塩づくりなどを学ぶことのできるビデオ室を完備したものができ、展示館で古代の学習をして塩づくりの体験を行っている。どんな体験であっても、その歴史文化などの学習をしてこそ初めて体験が生きてくるのである。(了)

※  国土交通省「観光カリスマ百選」に「瀬戸内海の古代の塩づくりを解明した『藻塩のカリスマ』」として認定されている。

第211号(2009.05.20発行)のその他の記事

  • 海難の傾向とその防止対策 (社)日本海難防止協会 上席研究員◆大貫 伸
  • 「海賊新法」もう一つの視点 (社)安全保障懇話会理事◆岡 俊彦
  • 古代の塩づくりで古代人の知恵を学ぶ 古代製塩「藻塩の会」代表、国土交通省「観光カリスマ」◆松浦宣秀
  • 編集後記 ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌

ページトップ