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オーシャンニューズレター

第196号(2008.10.05発行)

第196号(2008.10.05 発行)

海底熱水鉱床開発のリスクとベネフィット

[KEYWORDS]海底熱水鉱床/海底鉱物資源開発/海洋政策
東京大学大学院理学系研究科 教授◆浦辺徹郎

海洋基本法の制定を受けて作られた海洋基本計画では、主な海洋施策として今後10年程度を目処に海底熱水鉱床開発の商業化が目指されており、そのためのロードマップの作成が急がれている。
海底熱水鉱床の開発のリスクとベネフィットとは何か。
東京大学の海洋アライアンスでは勉強会をつくって検討を重ねている。

勉強会の立ち上げ

本年3月末に閣議決定された海洋基本計画では、海底熱水鉱床の開発に向けて「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画(仮称)」を本年中に策定することを求めている。こうした背景のもと、海底熱水鉱床の開発を担当する資源エネルギー庁および(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)により、海底熱水鉱床開発促進化技術検討委員会が設置され、専門家による検討が進められている。
それと同時並行的に、その委員である玉木賢策教授、福島朋彦准教授と私の3名が世話人となって東京大学海洋アライアンス※1内に「海底熱水鉱床の開発に関する勉強会」※2を立ち上げ、これまで5回の検討を行ってきた。この勉強会には、海洋学、熱水鉱床学、熱水系生態学、微生物学、海洋工学、資源工学、水産資源学、資源経済学、国際法学、環境行政法学などの教員20名が参加している。さらに、毎回さまざまな組織からオブザーバーが議論に参加している。ここで理工農系の教員が法系の教員と自由に意見を交わしているのは、本学でも希な光景といえよう。
このように勉強会では、海洋アライアンスのメリットを生かして、海底熱水鉱床の開発に直接関わらない教員を含めた幅広い専門の研究者が集まり、より自由かつ公平な立場からのリスクとベネフィットの検討を行っている。これにより、政府の委員会では検討しきれない、より大所高所からの議論が可能となっている。深海底資源の研究に関わる人々にとっても、法律学者や行政官を交えた議論は、検討をなおざりにしてきた前提条件を見直す良い機会となっている。
検討課題が多すぎて勉強会の方向性が一本に絞られているわけではないが、まとめると以下のようになるだろう。
・今回開発が考えられている熱水鉱床はわが国の領海・EEZ内にあるが、開発に当たって、国際社会からの受容をどのように得ていくのか? 特に生物多様性条約、海洋保護区、国際海底機構の環境ガイドラインといった国際的な枠組みとの関係はいかにあるべきか?
・異なった目的を追求するさまざまな国際機関、競争する企業間、および国家間や世代間の利害調整をどのように進めていくのか?
・熱水生態系に最適な環境影響調査はどのようなものか?守るべきものは何(生態系、固有種、種内の多様性、個体......)で、どのようにすればそれが可能か? また、どこまで精密かつ厳密に調査が求められるのか?予防的アプローチ(precautionary approach)と科学的調査の関係は?
・マンガン団塊開発の際に検討された問題点の洗い出しと、環境影響調査の経験と結果を今回どのように活用ないし改良していくべきか?
・総合的海洋政策の中で、この問題をどのように位置づけるのか? また、深海底における資源開発をどのように国内法の枠組みの中に位置づけるのか?

開発のベネフィット

上記の設問に対し、単一の答えは存在しないだろう。それはリスクとベネフィットの両方を列挙し、さまざまな面から検討を重ね、現時点で考えられるベストのバランスを検討した上で得られるものである。そこで、まず開発のベネフィットから考察してみよう。
言うまでもないことだが、深海底資源の開発、特に海底熱水鉱床の開発は、近い将来不足が危惧されるベースメタル/レアメタルの安定供給に資するのみならず、過度の資源獲得競争や資源ナショナリズムの再燃を防止する可能性を持つ。少なくとも数十年後には、人類が深海底鉱物資源に依存せざるを得なくなる時代が訪れると予想される。つまり、開発のベネフィットは今後増加傾向にあると言うことができる。
この点をもう少し詳しく見てみよう。わが国は、過去に、経済・文化の発展を果たす上で、交易物資として陸上資源を適切に利用してきた(浦辺, No.146)。黄金の国ジパングはある時期に金の生産量が世界一であった可能性がある。さらに時代が下がって、メキシコの銀が世界にもたらされる少し前、石見銀山(世界遺産に登録)などを有したわが国からの産銀量は世界を凌駕していたし、銅については明治の中頃、チリから大量の銅が供給される前の数年間に、年間生産量世界一位になった記録が残っている。20世紀の鉱物資源の大量消費の時代から見れば、いずれの金属も絶対量は少ないものの、この狭い国土を考えると、その当時としては適切に鉱物資源の探査・生産を行った私たちの祖先の慧眼には頭が下がる。
ところでわが国には国土の12倍の領海・EEZがあり、来年提出される大陸棚延伸申請が認められれば、さらに拡大するだろう(玉木, No.150)。その中に現在知られている熱水鉱床の品位と推定鉱量を考えると、少なくとも金、銀の深海底資源としての資源量では世界一と計算され、銅についてもそうである可能性が高い。このように資源利用のベネフィットは認められるものの、リスク評価次第では、現在必ずしもベネフィットの方が大きいとは限らないのである(図1)。

■図1
海底熱水鉱床の開発を巡るリスクとベネフィットの関係。リスクの不確実性を下げ、将来高まるであろうベネフィットとの整合性をとることが必要である。■図1
海底熱水鉱床の開発を巡るリスクとベネフィットの関係。リスクの不確実性を下げ、将来高まるであろうベネフィットとの整合性をとることが必要である。

開発リスクの評価

残念ながら、現状では開発リスクを正確に計算する根拠となるデータの量はきわめて限られている。地球生命誕生の場ともいわれる海底熱水活動域の地下生物圏やそれに依存する稀少な生態系や多様な遺伝子資源についてはデータが得られつつあるものの、それを破壊ないし持続不可能とする危険性を避ける方法についてはまだ合意が得られていない。商業的開発を巡る国際的な法的枠組みもまた検討段階にある。
しかしそのなかで、パプアニューギニア領海内ではNautilas Mineral Inc.(加)により商業的な採鉱準備が進められている。さらに海底資源開発を計画しているNeptune Mineral plc.(英)が、わが国のEEZ内のほとんどの熱水鉱床を鉱区として申請中であることをホームページ※3で公表しており、わが国は対応をあまり遅らせることはできない事情を抱えている。このように、海底熱水鉱床の開発はさまざまな要素を含む複合的な問題であるが、検討を先延ばしにして事態を放置するのは、さらに望ましくない結果をもたらすことが予想される。

まとめ

これらの海洋資源を、有効にかつ国民の理解のもとに開発するためには、総合的視野にたって、リスクとベネフィットを公平に評価する必要があることはいうまでもない。これはまさに海洋総合政策の領域であるが、海洋アライアンスは中立的かつ学際的な研究集団として、政府委員会とは独立して、幅広くステークホルダーの意見集約を目指している。つまりリスクとベネフィットに関する検討を、前提抜きで行うことが私たち勉強会の最大の任務であり、その検討結果が海洋総合政策に活かされることを強く望んでいる。(了)

※2 本勉強会は日本財団の助成を受けています。
※3 Neptune Mineral plc.日本語版URL 申請中探鉱権掲載

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