Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第174号(2007.11.05発行)

第174号(2007.11.05 発行)

沖ノ鳥島再生に向けて

茅根 創●東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻・准教授

海面上昇によって水没する沖ノ鳥島を再生するためには、サンゴと有孔虫の生産をあげ、
その生物片の運搬と堆積を制御する生態工学的技術の開発が必要である。
ここで構築した島の再生策は、太平洋島嶼国、環礁の島々の再生に適用することができる。

海面上昇で水没する沖ノ鳥島

沖ノ鳥島は、北緯20度25分、東経136度05分に位置する、わが国最南端の島である。東西4.5km、南北1.7kmのなすび形の卓礁上にある北小島と南小島が、排他的経済水域の根拠の島である。もっとも近い沖大東島まで670km、硫黄島まで720kmという孤立した地理的位置のため、周囲にほぼ円形の200海里(370km)排他的経済水域(面積40万km2と日本の国土より広い)を持つ。

両小島の標高は、高潮位から数10cmしかない。今春発表された政府間気候変動パネル(IPCC)第4次報告によれば、地球温暖化による今世紀の海面上昇量は19~58cmと予測されている。排他的経済水域の根拠となる「島」の定義は、高潮位の際にも水面上にある自然の陸地で、経済活動を維持することができるものとされる(国際海洋法条約121条)。このまま温暖化が進むと、早ければ今世紀半ばには、沖ノ鳥島は水没して島の定義を失ってしまう可能性が高い。

沖ノ鳥島再生をめぐる最近の動き

2004年9月の本ニューズレターで、地球温暖化による海面上昇によって水没する環礁の島々を救うには、これらの島々がサンゴや有孔虫の生物片(石灰質骨格のかけら)で作られていることをふまえて、こうした生物の生産をあげ、生物片の運搬・堆積を促進する生態工学的な対策が必要であることを主張した※1。小文の後半では、こうした再生技術の構築が、沖ノ鳥島などわが国の領土保全のためにも重要であることを述べた。この小文がきっかけとなって、同年10月には海洋政策研究財団に沖ノ鳥島研究会が設けられ、沖ノ鳥島の再生策について検討し、提言をまとめた。また、同年11月には日本財団が沖ノ鳥島に視察団を出し、私も同行することができた。揺れる船でまる2日かけて渡った沖ノ鳥島に立つことができた時間は、ほんのわずかであったが、島の現況を間近に見ることができたことは私にとっては貴重な機会であった。

さらに、この視察がきっかけの一つとなって、翌年2005年には、国土交通省と水産庁の合同で「沖ノ鳥島の保全・利活用に関する調査検討委員会」を設けられ、島の保全対策と利活用策が様々な視点から検討された。さらに水産庁は2006年から3年の計画で「生育環境が厳しい条件下における増養殖技術開発」を立ち上げ、沖ノ鳥島におけるサンゴの増養殖技術の開発を進めている。また、東京都は2006年から「沖ノ鳥島活用推進プロジェクト」によって、漁場としての利用のための調査を実施し、浮き魚礁3基の設置に成功した。

沖ノ鳥島の海岸保全は、以前より国土交通省河川局海岸室、京浜工事事務所が取り組んできたが、一般の関心はそれほど高くはなかった。しかし、2004年以降、沖ノ鳥島の保全・再生は、マスコミでも度々とりあげられるようになり、この数年の一連の調査によって再生のための基礎的データがそろってきた。本稿では、こうした基礎的データに基づいて、沖ノ鳥島の生態工学的再生についてしばしばきかれる質問に、この機会に回答したい。

◎生物の力でそんなに簡単に(短時間で)島ができるのでしょうか?

環礁の島をつくるサンゴ(左)と有孔虫の殻(上)

環礁の島々を作る堆積物を調べると、サンゴ、有孔虫、その他(貝殻や石灰藻)がおよそ1:1:1の割合で含まれている。マジュロ環礁における私たちの調査※2によれば、こうした堆積物は今から2000年前以降、海面上に堆積して島を作ったことがわかった。しかも、サンゴや有孔虫の砂礫が堆積するような条件ができれば、島は数10年以内に作られた。現在でも、台風などの際に、一波で大量の礫が打ち上げられて新しい島ができることがある。また、有孔虫の砂の生産量は、100m2あたり1m3ときわめて大きい。この大きな生産のうちのわずか数%程度が、沿岸流で運搬、堆積すれば、現在の島を維持するのに十分である。生物の生産、運搬、堆積をうまく制御してやれば、数年で島をつくることは十分可能である。

◎人間が手助けをして作った島が、領土として認められるのでしょうか?

少なくとも、現状のまま保全しても、海面上昇によって今世紀中に水没してしまう。サンゴ礁は上に述べたように自然に島をつくる力をもっているが、現状の沖ノ鳥島はその再生力がきわめて小さい。サンゴ礁が海面に追いついていくためには、サンゴ礁海側の高まり(礁嶺)にミドリイシという頑丈なサンゴがいなくてはならない。しかし沖ノ鳥島では、礁の内側にはミドリイシが多いものの、礁嶺はつるつるの露岩でサンゴがほとんどいない。また殻が砂になって打ち上げられて島を作る有孔虫の分布も限られている。一方で、コンクリートで固めても、自然の島として認められないことも明らかだ。島を作る自然の力を手助けしてやることが、沖ノ鳥島の再生にはどうしても必要である。そうして人が手助けをして作られた島が、自然の島として認められるかが次の問題である。

海面上昇によって水没の危機にある島は、沖ノ鳥島だけではない。世界には500の環礁があり、うち400は太平洋に分布している。マーシャル諸島共和国、ツバル、キリバス、インド洋のモルジブなどのように、環礁だけからなる国もある。沖ノ鳥島で構築された島の再生技術をこうした国々にも適用して島々を救うことができれば、そうした技術を適用して島を守ることを認めようという国も多くなるのではないか。

◎いろいろな再生・利活用策が提案されていますが、相互に矛盾することはありませんか?

その可能性はある。たとえば島を漁港として利用するために航路を浚渫すると、礁内の流れが変わってせっかく堆積した砂礫が流出してしまうかもしれない。海洋温度差発電は、島の急峻な海底地形を利用するよいアイデアだが、サンゴにとってはマイナスである。栄養塩に富んだ深層水を汲み上げると貧栄養に適応したサンゴに代わって藻場になってしまうかもしれない。様々な再生策・利活用策がどのような関係にあり、その中でどのような再生、利活用を図るのかグランドデザインが必要だ。その際に、どこまで手をいれても国際的に認められるかという、法的な議論も是非必要である。国際的配慮など様々な問題がある一方で、沖ノ鳥島の再生に情熱をもっている現場の人たちが幾人もいる。彼らの情熱は、領土問題だけでなく、太平洋の島々を守る新しい技術を作ろうという意欲によるものである。彼らの意欲、情熱が国の取り組みにつながって実を結ぶことを、心から期待している。(了)


※1 茅根 創「水没する環礁州島とその再生-太平洋島嶼国とわが国国境の島々の国土維持-」、本誌第99号(2004年9月20日)発行。
※2 環境省地球環境総合研究推進費「環礁州島からなる島嶼国の持続可能な国土の維持に関する研究」東京大、国立環境研究所、慶應大、茨城大、琉球大の共同研究。

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