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オーシャンニューズレター

第119号(2005.07.20発行)

第119号(2005.07.20 発行)

海溝型巨大地震への備え
-地球深部探査船「ちきゅう」の役割-

海洋研究開発機構・地球深部探査センター長◆平 朝彦

地球科学は自然災害の予測や防災にどのような貢献ができるのか。
海溝型巨大地震が発生した場合、わが国の経済と人的資源を壊滅させるかもしれない。
地球深部探査船「ちきゅう」によって震源域の掘削(ボーリング)を行えば、掘削孔を中心に高精度のリアルタイム通報観測網を敷設し、巨大災害への新たな備えを整備することができる。

このままで済むわけがない。その日は確実にやってくる。M8クラスの海溝型巨大地震はわが国経済と人的資源を壊滅させるかもしれない。地球深部探査船「ちきゅう」によって震源域の掘削(ボーリング)が可能となり、掘削孔を中心に高精度のリアルタイム通報観測網を敷設すれば、巨大災害への新たな備えを整備することができる。

スマトラ島沖地震

■図1 地球深部探査船「ちきゅう」
全長210m、約5万7,000トン。世界最高性能の掘削能力と研究機能を持つ浮かぶ研究所である。

昨年、12月26日、自宅でチャンネルを色々と替えながらテレビを見ていた時、CNNの画面に釘付けになった。それは、インドネシアでM9の地震が起こったという報道だった。アメリカ地質調査所の震源決定の位置が示されており、インド洋に津波の心配があるとのことだった。やがて画面には、次々と巨大災害を予想させるような報道が入ってきた。一方、日本のテレビ局では年末番組が流されており、まともな地震報道はまったくされていなかった。日本のテレビは、私が知るかぎりでは、CNNから遅れること少なくとも6時間後に、ようやく、「スマトラ島で地震があった、今のところ邦人に被害はないもよう」というまったく緊張感に欠けた報道がなされただけだった。

翌日から、私は、インドネシア、スリランカ、インド、ミャンマー、タイの大きな地図を買い込み、CNNの報道を見ながら、被害地図を作り始めた。スリランカの東海岸全域はまったくの低地帯で津波の直撃を受けたらひとたまりもないこと、ミャンマーの西海岸は多島海でおそらく無数の漁村が被害を受けたこと、などが読み取れた。ようやく日本の報道が本格化したのは、数日後であり、それでもCNNの詳しい報道とは密度がまったく異なっていた。被害地図を作り出して3日後には、地図から読み取れる被災地の人口などから推定すると、20万人以上の人命が失われたことが予想でき、人類が目の当たりにした歴史的自然災害の一つであることを確信した。

これらの情報は、海洋研究開発機構の友人である末広理事や徐博士らと共有し、機構のホームページでの津波記事の立ち上げや、その後の調査船「なつしま」の派遣へとつながった。初期の報道から、起こったことを類推し、被害の予想を立てることは、地球科学者としての現象への洞察力が問われる事態であった。

海溝型巨大地震メカニズムの解明

その、数日後、なんとも言えない無力感に襲われた。今回もまた、残念ながら、予測や防災の上で、地球科学は貢献できなかった、そのことである。それと同時に、われわれはもっともっと地球を知らなければ、との思いを強くした。

今、私たち日本国民が、最も恐れることの一つは、南海トラフから相模トラフにかけての海域における巨大地震の発生であろう。この巨大地震は、プレートの沈み込み境界で発生し、大きな津波を引き起こす。

■図2 海溝型巨大地震の観測網
掘削孔と海底ステーションを組み合わせて立体空間を常時観測する。

このタイプの地震はしばしば海溝型巨大地震と呼ばれ、スマトラ島沖地震もこのタイプに属する。

1923年の関東大震災から80年以上が過ぎ、1944年、1946年の東南海、南海地震から、約60年が経過した。巨大地震発生の日は確実に近づいている。それでは、私たちは何ができるのだろう。今、考えられる最良の地球科学的な防災へのアプローチの1つは、プレート境界を掘削(ボーリング)して、震源域の物質や状態を調べ、地震のメカニズム解明を進めるともに、掘削孔を用いた観測網を展開して、震源域の変化を連続観測することである。震源域の変化を連続観測することは、今まで困難とされてきた地震の予測を可能にするかもしれないし、さらに地震の制御技術を生み出すことも考えられる。この観測網は、実際に巨大地震が起きた時には、瞬時に発生を捉えることができるから、地震動が都市中心部に届く数10秒前に、事前に通報することも可能となる。もし、これが実用化されたら、都市防災のあり方を大きく変え、市民の生活の仕方にも大きな変化が起こるだろう。

私たちは、震源域への掘削によって、地震の科学、予測、制御、防災に大きな進歩をもたらすことができると確信している。この掘削を可能とするのが、海洋研究開発機構の地球深部探査船「ちきゅう」である(図1)。

「ちきゅう」は、水深2,500mの海底から7,000mの深さを掘削できる。これによってプレート境界震源域に到達可能である。海溝から陸側の斜面に図2に示したような、掘削孔観測と海底面観測ステーションをケーブルでつなぎ、さらに定期的に人工地震波を発信して、地下構造の時間変化も追跡する(能動的なトモグラフィック探査)。このような観測通知網が設置できれば、海溝型巨大地震と津波に対する高度な備えとなるであろう。「ちきゅう」は今年7月29日に完工する。新しい地震対策の第一歩が踏み出されようとしている。(了)

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