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オーシャンニューズレター

第106号(2005.01.05発行)

第106号(2005.01.05 発行)

近未来の海面変動:古海洋学から示唆されるもの

東京大学海洋研究所 海洋底地質学分野◆豊田倫子
海洋研究開発機構 地球内部変動研究センター◆大河内直彦

最終氷期から現在の間氷期に至る温暖化にともなった海面上昇のパターンは、近い将来に起こると予想される海面上昇に重要な示唆を与えるものである。

1.地球温暖化と海面変動

約200年前に始まった産業革命以降、地球温暖化は着実にかつ急速に進んでいる。人間活動の増加に伴い、大気中に含まれる二酸化炭素やメタン等の温室効果ガス濃度が増大したことが直接的な原因であることは周知の通りである。この人為的な地球温暖化により各地の氷河や氷床が融解し、気候変動シミュレーションの結果によると今後100年間で0.1-0.9mの海水面の上昇が予測されている。この海水面の上昇により、バングラデシュの国土や南太平洋の島々の多くの地域が水没し、われわれの住む日本でも水没する面積は国土の約2%と推定されている。最近の地質学的な研究成果は、この深刻な問題に対してさらに深刻な影を投げかけている。すなわち、過去に起きた海面変動をよく調べてみると、氷床の融解現象は外部からのインプット(ここでは気温上昇)に対して決して線形的な反応を示すのではなく、かなり「ムラのある」非線形な反応を示すのではないか、と示唆されることである。その詳細は現時点ではあまり明らかにされているとは言い難いが、ここでは最終氷期以降の海面変動を例にとってこの問題の一端を紹介したい。

2.最終氷期以降の海面上昇

■図1 2万5,000年から5,000年前にかけての海水面の変動
海面の高さは現在の海面の高さを0mとした時の当時の海面の高さを示している。
(出典 : 横山 (2002) 一部改変)
■図2 西南極-ロス海の断面図
(出典:Oppenheimer(1998) 一部改変)

第四紀の後半(約70万年前-現在)は、寒冷な時代(氷期)と温暖な時代(間氷期)が約10万年の周期で交互におとずれた時代として特徴付けられる。地球の平均気温は、この氷期/間氷期サイクルに合わせて5-10℃の幅で変動してきた。この氷期/間氷期サイクルの主な駆動力は、ミランコビッチサイクルと呼ばれる地球の公転軌道要素および地軸の傾きといった天文学的な要素の周期的な変動に伴う日射量とその分布パターンの変動である。現在は約2万年前の最終氷期最寒期に続く温暖な間氷期にあたる。

2万年前の最終氷期最寒期が終わり現在の間氷期に至る温暖化の過程で、地球の両極域に分布している氷床が大規模に融解した結果、海面は約130m上昇した。図1は最近2万5,000年間の海面の変動について、世界各地で得られた地質学的証拠をまとめてプロットしたものである。プロットにややばらつきはあるものの、重要なことは、この図が示すように海面上昇速度は決して一定ではなく、急激な上昇と比較的緩やかな上昇を断続的に繰り返していたらしい、ということである。

急激な海面上昇としては、たとえば約1万4,000年から1万3,000年前の間は100年に約1.5mのペースで、また横山・東大講師らが最近見出した約1万9,000年前の海面上昇は100年に約2mのペースで起こっている。その後、約1万2,500年から1,000年程度続いた一時的な寒冷期(ヤンガードライアス期)をはさんで1万1,000年前ごろにも比較的急激な海面上昇が見られる。こういった急激な海面上昇は、当然ながら両極に分布している氷床の急激な融解に起因しているのだが、なぜ急激な融解を起こすのかはまだ解明されていない。

3.西南極氷床は融解したか?

さて、南極大陸は一般に南極氷床と呼ばれる大きな氷床で覆われているが、この南極氷床は東西で異なる特徴を持つため東南極氷床と西南極氷床に分けて考えられることが多い。東南極は南極大陸の主要な部分を占め(日本の昭和基地もこの東南極氷床の縁辺部にある)、平均標高は約2,500mもある(他のどの大陸よりも高い)。それに対して、ロス海やウェッデル海に接する西南極氷床の平均標高は0m以下である(図2参照)。すなわち、西南極氷床を支える基盤が大きくへこんだ状態にあり、氷床は海水にどっぷりと浸った状態にあるとも言える。したがって現在の温暖化により南極縁辺海の海水温が上昇すると、氷床は側面や底から直接暖められて、予測されているよりも急激なスピードで融解していくのではないかと懸念されている。このようなことから、西南極氷床は現在注意深く監視されている。

実はこの西南極氷床が約1万9,000年前におきた急激な海面上昇の犯人ではないか、と疑われている。1万9,000年前の北半球高緯度の夏季の日射量は当時減少傾向にあったため、北半球氷床が融解した可能性は低いと考えられている。それに対して南半球高緯度の夏季の日射量は1万9,000年前に極大値をとっている。このことから、大規模な南極氷床の融解が海面上昇の引き金となったのではないかと考えられているのだ。しかし当時の南極氷床に関する地質学的研究例は北半球氷床と比較して非常に少なく、その融解の可否を含め、融解プロセスや規模に関してはいまだによくわかっていない。筆者らは現在、西南極氷床の融氷水が流入するロス海の海底堆積物を用いて、約1万9,000年前頃の西南極氷床の最終氷期以降の挙動の解明を目的とした研究を行っている。堆積物中に保存されている化石分子、すなわちステロールと呼ばれる藻類が生合成する有機化合物の水素同位体比を化合物レベルで測定し、当時の海水の水素同位体比を復元し、ひいては融氷水の流入量の推定を試みている。最新の分析機器を駆使したこれまでとはまったく異なる方法論を用いたこの研究により、1万9,000年前のみならず今後の海面変動を予測する重要な手がかりが得られることを、筆者らは期待している。(了)

【参考文献】
横山祐典 (2002) 地学雑誌, 111, 883-899.
Oppenheimer, M. (1998) Nature, 393, 325-332.

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