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第303号(2013.03.20発行)

第303号(2013.03.20 発行)

御食国若狭おばまの生涯食育

[KEYWORDS]食のまちづくり/生涯食育/身土不二
福井県小浜市食のまちづくり課 政策専門員(食育)◆中田典子

福井県小浜市は、かつて天皇家に塩や海産物を献上していた御食国(みけつくに)の歴史を持つ。
その誇れる歴史と、現在も受け継がれている豊かな食や食文化を背景に、2000年より「食のまちづくり」を開始し、翌年には全国で初めての食のまちづくり条例を制定した。特に食育については重要な分野と位置付けて「生涯食育」の推進に努めている。

食のまちづくりと生涯食育

■食のまちづくり拠点施設「御食国若狭おばま食文化館」

福井県の南西部に位置する小浜市は人口約3万2千人の小さな市である。目の前には日本海側では珍しいリアス式海岸である若狭湾が広がり、一年を通じて様々な魚が水揚げされる。奈良・飛鳥の時代には、豊富な海産物や塩を朝廷に献上した御食国(みけつくに)※1として知られており、膳臣(かしわでのおみ)という天皇の食を司る役人がこの地域を治めていたという歴史もある。また、このまちは古代より大陸との交流の玄関口として発達してきた他、江戸時代には、北前船の寄港地として全国と結ばれたことが、さらにこの地域の食文化を発展させた。江戸時代から近代にかけて、海産物を京都へと運んだ道は鯖街道として現在も親しまれている。
2000年8月、当時の市長が就任した際に、地域の資源を活かしたまちづくりを進めようと考え、その資源として御食国の誇れる歴史と現在も連綿と受け継がれている豊かな「食」に着目した。そして食を重要な施策の柱としたまちづくり、いわゆる「食のまちづくり」を開始、翌年9月には、全国で初めての食のまちづくり条例を制定した。特に食育については、重要な分野として条例の中に位置づけ、人は命を受けた瞬間から老いていくまで生涯を通じて食に育まれることから、「生涯食育」という概念を提唱している。

魚が教えてくれる「食べるとは命をいただくこと」

■「キッズ・キッチン」で鮮魚をさばく

生涯食育のなかでも、感受性が強く、味覚をはじめ各種感覚機能や人格形成に重要な幼児期こそ、質の高い体験学習が必要であると考え、小浜市では2003年より、通常は小学校高学年の家庭科において初めて体験する本格的な調理実習を何年間も前倒しし、就学前の幼児を対象にした料理教室「キッズ・キッチン」を開始した。
これはよくある料理教えることを目的とした子ども料理教室ではなく、料理子どもの様々な能力を引き出すことを目的とした、いわば人間教育の場である。しかも希望者だけが参加するのではなく、このまちで生まれ育つ子どもたち全員に体験の機会を提供しようと、市内全ての保育園、幼稚園の年間行事に組み込んでいる。義務教育ならぬ「義務食育」体制だ。われわれは、成長期の子どもたちに対する食育事業では、栄養の知識の習得や料理の技術の向上などはもちろんであるが、もっとその先にある、生きるということや命の大切さを理解させたいと思っている。われわれは生きていくために様々な命をいただいている。そして、それらの命のお蔭で生きている自分自身の命は尊いものであるということを体得してもらいたいのだ。そのためにキッズ・キッチンでは、積極的に魚をさばくという内容を取り入れている。
早朝、若狭湾で水揚げされた新鮮な魚を、幼児の小さな手に一匹ずつ持たせて、「触ってごらん、嗅いでごらん、魚はどんな目をしている? 鼻はある? 耳はある? ヒレはどんな形? ウロコってなぁに?」とじっくり観察させる。食材には子どもたちの興味をひきつける魅力がたくさんあるが、とりわけ魚介類は、その姿やしくみで子どもたちを強烈に惹きつける。また、鮮度の高い魚はその胃袋に消化されてない小魚を持っていたり、小魚を口にくわえたままの姿で子どもたちの手に乗ることも多く、明らかに数時間前までわれわれと同様に「生きていた」という事を実感させる。そして、血や内臓に触れながらさばいていくことで、「食べるということは他のものの命をいただいている」ということが、幼い子どもたちにも無理なく理解できるように思う。魚は、美味しく栄養のある食材であるとともに命の大切さを教えてくれる素晴らしい教材でもあるのだ。

身土不二と一物全体食

■校区内で採れた食材を優先的に使う校区内型地場学校給食(コシヒカリ、アマガレイ等)

さて、小浜市では昨年度、新たに『小浜市元気食育推進計画』を策定した。この計画には、食育による「市民の健康増進」「食による人間教育」「食文化の継承」「食関連を中心とした産業の活性化」の4分野にわたる23の推進項目を盛り込んでいる。特に、これまで数値として明確な成果が上がらなかった市民の健康増進については、最重要テーマとして位置付け、そのための具体的施策として、全市民が「フードリテラシー」や「選食力」を持ち得ることができるよう、食生活実践ガイドブック等を作成し、精力的に働きかけていこうとしている。
また、この計画策定の機会に改めて小浜市の食育観を整頓し確認しあった中で、大切にしている言葉が二つある。それは「身土不二」(しんどふじ)と「一物全体食」(いちぶつぜんたいしょく)。
「身土不二」とは、人間の身体と土地は切り離せない関係にあり、そこに住んでいる人間と同じ水や空気で育ったその土地のもの(一説には四里四方で採れるもの)を食べるのが健康に良いという考え方で、小浜市の食のまちづくり条例にも謳われている。また「一物全体食」とは、穀物を精白したり、野菜の皮をむいたり、魚を部分的に食用にするのではなく、できるだけ丸ごと食べるのが動植物が持つ様々な栄養素や生命力をいただけ、健康に良いという考え方で、これらは「食育の祖」と言われている明治時代の軍医、石塚左玄※2が説いた言葉である。
世界中のありとあらゆる食品が入手可能である現代に、四里四方で採れたものだけで食生活を営むことは現実的ではないが、飽食の現代だからこそ改めて心の中に身土不二の考え方を持ちたいのである。小浜で採れる米や野菜、そして何より、若狭湾から毎日水揚げされる新鮮な魚介類。現代人の「魚離れ」をよく耳にするが、私たちの祖先はこれらの恵みをいただいてきたからこそ、健康で長生きできる民族となったのである。また、いろいろな調理法や加工技術が進歩しているが、食べるということは本来自然な営みであり「自然の恵みを自然な形でいただく」ということも、一物全体食の言葉とともに大切にして行きたい。われわれはこの身土不二や一物全体食の考え方を、学校給食や各種料理教室など様々な生涯食育事業の中に溶け込ませており、それらを通じて各家庭への普及啓発も目指している。
現代がグローバルな社会であるからこそ、逆にしっかりと自分が暮らすその土地を見つめその土地とつながる暮らし方、とりわけ小浜の場合は海と繋がる暮らし方を大切にすることが、健康で幸せな暮らし方に繋がるのではないだろうか。(了)

※1 御食国=皇室・朝廷に海水産物を中心とした御食(天皇の食材の意)を納めた国を指す。
※2 石塚左玄=福井市出身の陸軍薬剤監(1851~1909年)

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