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オーシャンニューズレター

第139号(2006.05.20発行)

第139号(2006.05.20 発行)

頻発するクジラと船との衝突

(財)日本鯨類研究所顧問◆大隅清治

最近、定期航路の客船がクジラと衝突したという報道を、しばしば聞くようになった。報道はされていないものの、実際には、貨物船や漁船でも同種の事故が頻発していると思われる。
なぜクジラと船との衝突がこれほど多発するのか、一刻も早く、その要因を究明し、防止対策を講ずるべきである。

頻発する衝突事故

最近、定期航路の客船がクジラと衝突したという報道を、しばしば聞くようになった。今年の3月5日の対馬沖での衝突事故では、11人の乗客が軽傷を負ったというし、3月17日にも対馬海峡でクジラと客船とが衝突したばかりである。続いて3月19日にも玄界灘で、博多発、釜山行きのフェリーボートが航行中にクジラと見られる海洋生物と衝突し、幸い乗客に怪我はなかったものの、船体の一部が損傷したために、博多に引き返したとのニュースがあった。このような事故が、韓国船を含めて、対馬海峡では最近相次いでいる。さらに4月9日には鹿児島県の佐多岬沖で、高速定期船がクジラらしい物体と衝突し、104人の重軽傷者が出、船も大きく破損して、大騒ぎになった。

この種の衝突事故は、九州以外の地域でも最近しょっちゅう起きている。そして、客船の場合には乗客の人命との関わりから、事故が起きれば報道されるけれども、貨物船や漁船でも同種の事故が頻発していると思われるが、それらの例はほとんど報道されないでいる。また、クジラと船の衝突は外国でも多発し、その対策が問題になっている。

クジラと船との衝突の原因

クジラは原則的には水の中で生活しているが、哺乳類の宿命によって、時々水面に浮上して空気を呼吸しなければならない。その際に船と衝突する機会が生じる。

呼吸のために水面に浮上したイワシクジラ

船のクジラとの衝突事故が、最近増加していることの原因の第一は、捕鯨禁止に伴うクジラの資源量の増加によることは確かである。それは、日本沿岸でクジラやイルカの座礁例や定置網による混穫例が増加していることによってもうかがわれ、遠洋水産研究所や日本鯨類研究所による組織的な鯨類目視調査の結果からも確かめられている。資源が増加すれば、船との衝突の機会も増加する。第二の原因は、船が高速、大型になってきたことによる。船が小型で、船足が遅ければ、船もクジラも事前に互いを認知して、小回りして、回避することができようが、高速、大型になると、互いに認知してもクジラも船も回避する余裕がなくなる。第三の原因としては、海上交通量の増加が挙げられる。船の数と航行の頻度が多くなれば、クジラとの衝突の機会が増加することは当然である。

クジラと船との衝突は、クジラの種類、生態と地形にも関係する。船との衝突事故が問題にされるのは大型の鯨類の場合であり、それはヒゲクジラ類の全部と、マッコウクジラやツチクジラなどの一部のハクジラ類である。それらの体重は数トンから百トン以上にもなり、船が高速でそれらのクジラと衝突すれば、互いの衝撃も大きい。また、それらのクジラは繁殖場と索餌場とが離れていて、その間を季節的に回遊して生活する性質があり、春と秋の回遊の際に狭い海峡を通過する時には分布密度が増加する。そして、定期船は海峡との間を行き来する航路が多いから、クジラとの接触の機会が外洋域よりも多くなる。中・小型のクジラやイルカも船との接触事故から免れない。最近ではレジャーボートや漁船のプロペラなどによってイルカが傷付く例が多発している。

船との衝突が心配なクジラ

クジラと船とが衝突すると、乗客が怪我したり、船体が損傷したりして、人間側が被害を受ける心配がある一方で、クジラにとっても怪我をしたり、命を失ったりする危険がある。それは特に絶滅の危険のあるクジラの系群において注意が必要である。米国東海岸ではタイセイヨウセミクジラの船舶との衝突が大きな問題になっている。この系群のクジラの資源量は約300頭で少なく、長い間保護しているにも拘らず、資源が一向に回復せず、絶滅の恐れがあるからである。一方、玄界灘と対馬海峡は、アジア系のコククジラの回遊路に当り、この系群の資源量は100頭前後と推定され、資源水準はきわめて低位であり、保護が緊急に必要な種類である。しかも、このクジラは対馬海峡を行き来し、沿岸性が非常に強いので、船との接触の危険が大きく、船が頻繁に航行するこの海域での衝突事故が最も心配されている。また、日本の沿岸では、小型のスナメリが、汽水性である故に、レジャーボートや漁船との接触の関係で危険である。

衝突事故を防ぐ対策の必要性

クジラと船との衝突を避ける試みはこれまで種々になされてきているものの、決め手はいまだに見出せないでいる。航海士や甲板員が船橋でクジラの監視体制をしいている船が多いが、監視は夜間の航行では無理である。クジラの聴覚が優れている性質を利用して、クジラが嫌がったり、クジラを威嚇したりする、水中音響発信装置を付ける試みがなされているが、あまりうまく機能していない。「海獣類保護法」が施行されている米国では、タイセイヨウセミクジラが多く分布する海域での船の航路を変更したり、航行速度を落したり、クジラの発見情報を各船に通知したり、漁業活動を制限したりする手段等によるクジラの死亡の減少対策が積極的に進められている。

海運・漁業立国であり、クジラと船との衝突事故が最近頻発する日本においては、乗客、乗員の人命を尊重する見地からも、クジラの資源保護のためにも、そして船体の損傷を防ぎ、船の正常な運行スケジュールを保つ点からも、国や関係企業はクジラの生態調査を拡大し、衝突したクジラの種類を特定し、衝突の要因を究明するとともに、それらの知見に基づく衝突防止技術の開発に力を注ぐべきである。同時に行政当局は、海洋政策の一環としてこの問題を取り上げて、船の運航の適切な管理措置を早急に樹立する必要がある。(了)

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