「移住労働者とその家族の権利保護~東南アジアの送り出し国の現状と日本の受け入れの在り方を考える」
アジア事業グループ、「ヒューライツ大阪」とセミナー共催

2020.04.21

 笹川平和財団のアジア事業グループは2020年2月22日、一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター(以下、ヒューライツ大阪)との共催で、「移住労働者とその家族の権利保護~東南アジアの送り出し国の現状と日本の受け入れの在り方を考える」と題したセミナーを、大阪市内で開きました。

3つの課題

 2019年4月に出入国管理法が改定され、日本はこれまで以上に多くの外国人労働者を受け入れる方針を打ち出しました。厚生労働省によると、2019年10月末時点の日本国内の外国人労働者数は、過去最高の166万人に達しています。しかし、過酷な労働条件をはじめ、さまざまな人権侵害のニュースが後を絶ちません。

 こうした状況を背景にセミナーでは、インドネシアと東南アジア諸国の人権促進に取り組むアドボカシー(擁護・支持)団体「ヒューマンライツ・ワーキンググループ(HRWG)」と、笹川平和財団が2018年から共同で実施してきた労働移住をめぐる3つの課題に関する調査結果の概要が、報告されました。3つの課題とは、①東南アジア諸国連合(ASEAN)域内における移住労働者の権利保護に向けた仕組み(ASEANコンセンサス)②移住労働者の渡航前研修を巡る実態③送り出し国に残された移住労働者の子どもたちの実情やケア―です。HRWGから3人の研究者や活動家などが出席し、日本から参加した約80人と情報を共有しました。
 開会に当たり、ヒューライツ大阪の三輪敦子所長が挨拶し、2018年からヒューライツ大阪、HRWG、笹川平和財団の協力が始まった経緯と、今回のセミナーは3つの調査結果について報告する日本で初めての機会であることを説明しました。また、日本が労働者の人権保護に深刻な課題を抱えたまま労働力不足を外国人労働者に頼ってきている現状や、国連の「移住労働者権利条約」への締約国が日本を含め、なかなか増えていない実態も指摘。2030年を目標に実施されている国連の持続可能な開発目標(SDGs)では、移住労働について楽観的な記述に留まっているとしたうえで、目標の達成に向けて「本当に誰ひとり取り残さないものになるよう、各国にプレッシャーをかけることも大切だ」と語りました。

ASEANコンセンサスと日本における現状

 セッション1では、「ASEANコンセンサスの取り組み・日本の課題」をテーマに専門家2人が発表しました。

 「ASEANコンセンサス」の正式名称は「ASEANで採択された移住労働者の権利と保護の伸長に関するコンセンサス」で、2017年にフィリピン・マニラで開催された第31回ASEAN首脳会議において、各国首脳によって署名されました。これは2007年に採択された「移住労働者の権利の保護と伸長に関する宣言(セブ宣言)」を実行に移し、ASEAN各国による緊密で強力な枠組みを提供することなどを目的としています。7つの章で構成されており一般原則、定義、移住労働者とその家族の基本的権利、移住労働者の具体的権利、送り出し国の責務、受け入れ国の責務、ASEANのコミットメント(約束)について定義しています。このコンセンサスは法的拘束力をもたない合意文書であるものの、これに基づき地域レベルや国レベルの行動計画が採択されています。

*参考:ASEANコンセンサス(英文)
ヒューライツ大阪の藤本伸樹研究員(左)とインドネシア大学のアビアンティ・アジズ講師
 セッションでは最初に、ヒューライツ大阪の藤本伸樹研究員が「ASEANコンセンサスと日本」をテーマに報告しました。「ASEANコンセンサスは日本では、まだ非常に馴染みが薄いものだと思われる」としたうえで、ASEANにおける人の移動が年々活発化し、それに伴う移住労働者とその家族の権利保護に関する問題が増えている中で、これらの問題に対応する法的拘束力をもつ多国間条約が存在しないことが依然、大きな課題であると述べました。インドネシア、フィリピン、マレーシア、タイなどでは政府から独立した国内人権機関(人権救済機関)などが設けられているものの、現状は「人権保障のシステムをめぐり、実はASEANで足並みが揃っていない」と指摘しました。

 ASEANと日本の関係については、「自由貿易を推進するような経済連携協定(EPA)の締結、交渉も行われるなど、経済関係が大きい」と説明。看護師や介護福祉士の日本への受け入れ(人の移動)を含む二国間のEPAが、2008年にインドネシア、2009年にフィリピン、そして2014年にはベトナムとそれぞれ結ばれたことを紹介しました。また、日本とは技能実習生や特定技能労働者に関する覚書が締結されたことや、留学生、結婚移住者、専門職などとして多くの移住労働者が日本に滞在していることを挙げるとともに、20世紀後半に多くの日系企業がASEAN地域に進出した背景についても触れ、日本はASEAN地域の労働者との長い関係性があると言及しました。

 続いて、インドネシア大学のアビアンティ・アジズ講師が、ASEANコンセンサスの背景と内容を説明しました。アジズ氏は近年、ASEANにおける労働者の移動が増えている状況に関連し、主要な送出国としてインドネシア、フィリピン、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーを挙げ、人の移動に関するカバナンスのこれまでの問題点として「ASEANでは長期に渡って二国間による政策に頼ってきた」ことを指摘。ASEANコンセンサスの採択までに10年がかかったことについては、各国政府が①法的拘束力がある文書にするか②非正規移住労働者も対象に含めるか③移住労働者の家族、ASEAN域外からの移住労働者を含めるか―の3点をめぐり、合意を得られなかったことが主な要因であると述べました。

 また、ASEANコンセンサスの大きな課題として、法的拘束力がある条約が作成されるまでにはさらに何年もの長い道のりが予想されることや、現状では正規の移住労働者(および本人に責任がない事情によって非正規になった移住労働者)のみを対象としていることから、多くの移住労働者が対象外となっていることを指摘しました。なお、コンセンサスが採択されたことによる進展として、東南アジアにおける労働者の移住のガバナンスに対して、市民社会がより大きな役割を担う機会となったことを紹介。日本はASEANのダイアローグパートナーであり、長期に渡って関係性を構築してきた経緯があることから、「移住労働者の権利保護において、日本側のステークホルダーと協力の可能性を探っていきたい」と締めくくりました。

労働者の渡航前研修の実態と課題

 セッション2では笹川平和財団アジア事業グループ、岡本富美子主任研究員の司会のもと、「労働者の渡航前研修の実態と課題」をテーマに3人の専門家が登壇しました。
京都大学の安里和晃准教授(左)とHRWGのダニエル・アウィグラ副代表
 最初に、京都大学の安里和晃准教授が「移住労働者の権利と実態」について報告し、日本における移住労働者の受け入れ制度に関して、①経済連携協定(EPA)②留学③技能実習(TITP)④特定技能―の4つの枠組みについて改めて解説しました。これらの枠組においても、政府間(GtoG)によるものや民間対民間(PtoP)によるものが含まれ、日本と送出国とでは運用制度も異なると説明。「制度を正しく理解するということが大切だが、これだけ複雑になると、専門家にとっても至難の業である。労働者が制度を正しく理解して最善の選択ができるかというと、まったくそうではない」と指摘しました。

 また、制度の複雑化によってミスリードしやすい枠組になっているため、送出国において多くの労働者が仲介業者へ高額な「斡旋(あっせん)手数料」を支払っている実態があると紹介しました。この高額な手数料への対策として、政府からは協力覚書を今後、策定することなどの対応策が提案されているものの、法的拘束力をもたないため「実質的に相手国を規制することができない」と指摘。斡旋手数料の支払いが原因で労働者が失踪するケースもあるとし、多額な手数料を取る仲介業者などを監督する制度がないことが、大きな課題だとの認識を示しました。最後に、新しく策定された在留資格「特定技能」の特徴として、送出国を通さない直接契約、独学が可能な語学研修制度、同等報酬要件のほか、雇用主の変更が可能で移動の自由が含まれるなど、移住労働者の権利を守るための制度となるポテンシャルがあると述べました。一方では実態として、斡旋手数料の設定などに関する送出国側との調整に時間がかかっていることも指摘し、運用に向けての課題はまだ多く残っているとの見解を示しました。

 続いて、HRWG副代表のダニエル・アウィグラ氏が「日本へのインドネシア移住労働者の渡航前プロセスを読み解く」をテーマに報告し冒頭、「移住労働者の渡航前のプロセスについては、まだ非常に情報が少ない状況にある」とコメント。日本へのインドネシア人移住労働者は年々増えており、今後も増え続けていくことが見込まれるとし、その背景としてEPAとTITPの存在が大きく、特に2017年の段階で日本在住のインドネシア人の約半数がTITP実習生として就労していることを指摘しました。こうした観点から、HRWGの調査もEPAとTITPに焦点をあて、出国前の研修段階から、どのようなプロセスを経て労働者が日本に来ているかを調査したと説明しました。

 TITPについては汚職、手数料の過剰請求、仕事のマッチング手続きの信頼性欠如、プロセス全体における監督の欠如など労働者を苦しめているさまざまな問題があり、多くは改善されないままであると報告しました。EPAについては、政府間の取り組みであることから比較的安全な制度であるものの、職務内容等の説明が不十分な書類が提供されるなど、政府間のフォーマルなシステムに並行してインフォーマルなメカニズムが動いている事例もあるとし、少なからず改善点はあると指摘。「インドネシア政府は日本とのパートナーシップを継続し、日本に移住する労働者に対する搾取を間接的に促進している」と述べ、これらの課題の対処へ向け、HRWGとしてはインドネシア政府に対し、日本との現行のパートナーシップを一時停止し、日本政府と再交渉することを勧告すると表明しました。
メコン・マイグレーション・ネットワーク(MMN)コーディネーターの針間礼子氏
 メコン・マイグレーション・ネットワーク(MMN)コーディネーターの針間礼子氏は、「移住者の権利を保護する出身国の役割」について報告し、メコン地域における移住者の権利促進のために活動しているサブ地域レベルの市民社会組織ネットワークとして、近年は「出身国の役割プロジェクト」を通して活動に力を入れていると発表。送出国における政策のギャップを特定し、権利保護を改善するためにさまざまなステークホルダー(関係者)と協力して進めているこのプロジェクトでは、①移住のメカニズム②情報発信③送り出し機関の規制④国外での支援提供⑤国際協力⑥国外での社会福祉給付と社会保険の提供⑦再統合の促進―について調査していると紹介しました。

 調査ではTITPと特定技能に焦点を当て、ミャンマー、ベトナム、カンボジアの3カ国で各国の政府や市民社会組織の関係者、帰国者などにインタビューし、日本政府を含むさまざまな関係者による協議のほか、帰国者が日本で経験したことのケース・スタディも行ったと説明。調査の結果から「特にミャンマーとカンボジアのステークホルダーから、多くの労働者を日本に送り出したい、という意欲を感じた」とする一方で、不完全な情報の開示や、移住にかかる費用をはじめ分野横断的な課題もまだ多く残っていると指摘。「送出国も移住労働者の権利保護に、より強い役割を担わなければならないが、日本はこのプロセスで重要な役割を担うことができる」とし、日本は、雇用者が労働者を犠牲にしより安価な労働市場へと向かう、いわゆる「底辺への競争(Race to the bottom)」を防止するために政策を見直していく必要があると述べました。

送り出し国に残された子どもたちの現状

 こうした東南アジアにおける現状分析を受け、セッション3では笹川平和財団アジア事業グループ、横木那美研究員の司会のもと、「送り出し国に残された子どもたちの現状」をテーマに3人の専門家が報告しました。

 再登壇したインドネシア大学のアジズ氏は、移住労働者の送出国に残された子どもたちの対応に対する「政府の優先度は低い」と指摘。インドネシア、フィリピン、ミャンマーの3カ国で実施された、残された子供の状況とケアに関するHRWGの調査では、①出生証明、市民権②教育の権利③健康と医療の権利④心理・社会的福祉の権利―の4項目に焦点を当てたが、すべての項目で残された子どもをケアする体制が不十分であることが明らかになったと報告。特に教育へのアクセスが低く、精神面でのケアなどを提供する環境もほとんど整っていないことから、自分自身に頼らざるを得ない状況に置かれている子どもが多いという。こうした問題は、世代を超えての移住も多いために何世代も続き、「残された子ども」が存在し続けていること自体を大きな課題だとしました。最後に「移住の文脈における子どもの権利に関するASEAN宣言」が2019年11月、第35回ASEANサミットで採択されたことを紹介し、宣言の実施に向けて市民社会組織が政策・研究機関などと共に、残された子どもたちの状況について一層理解を深めていくことは、子どもたちの権利保護のために必要な取り組みを推進していく機会にもなると、期待を示しました。

 続いて、HRWGプログラム・オフィサーのヨガ・プラセトヨ氏が、「インドネシアにおける残された子どもたちの現状」について報告しました。プラセトヨ氏の母親は長期に渡り国外で働いていたことから、「自分は1人で過ごす時間が長く、辛い経験も多かったが、親戚や周りの先生などの理解ある環境に支えられたおかげで教育を受けることができた。多くの移住労働者の子どもにとっては、このようなチャンスや支援がないのが現状である」と、自身の「残された子ども」としての経験をもとに語りました。

 そのうえで、残された子どもたちのためにインドネシアで現在、実施されている「Desmigratif(生産的移住村)」という中央政府によるパイロット・プログラムを紹介。都市部ではプログラムが子どもたちの支援につながっているケースもあると述べる一方、地方では地域政府との政策の統合が難しく現地における環境が整っていないことにより、子供たちへの支援が行き届いていないと指摘。また、スタッフをいかに確保するかという問題も抱えており、長期的に活動を維持していく難しさを訴えました。そして、政府による支援がなかなか届いていない現状で、残された子どもたちの権利を保護する取り組みの最前線で奮闘しているのは、依然として市民社会組織であると強調しました。
HRWGプログラム・オフィサーのヨガ・プラセトヨ氏(左)と、とよなか国際交流協会事務局長の山野上隆史氏
 最後に、公益財団法人とよなか国際交流協会の山野上隆史事務局長より、「送出国に残された子どもたちの現状について~日本の一地域の視点から~」の報告がありました。残された子どもたちが実際に日本に来てからの行程を支援してきた市民社会組織の立場から、「親から置いて行かれた」という気持ちをもっている子どもが多い印象を受けるとし、「残された子どもたちが、いざ家族とスムーズに再統合できるかというと、中には難しいケースもいっぱいあると感じている」と述べました。親も子どもも、それぞれお互いの国で色々な経験をしていくなかで、一緒に暮らすとなった際に、お互いに期待しているものが噛み合わないということに加え、「子どもが日本社会で暮らしていくときに言語や文化の問題など、色々な壁にぶつかることがあるため、どのように乗り越えていけるのかについても考える必要があるのではないか」と示唆しました。

 また、子どもたちが日本に来るまでの状況についても、例えば乳幼児で来るケースと、小学校低・高学年、または中学・高校生の段階で来るケースとでは状況がまったく違うため、まだ見えていない部分が多いとも指摘しました。子どもたちにとって、辛い経験について簡単に話すことは難しいのではないか、としたうえで「そのような話が聞けるような環境を作っていくことが大事だと、現場では考えている」と述べました。

受入国としての日本の責務

 閉会に際し、笹川平和財団アジア事業グループの中山万帆グループ長が挨拶し、東南アジアにおける財団の取り組みを通じて、地域の市民社会の調査、アドボカシーの力が非常に強くなったことを痛感しており「労働者の権利保護や実習生の問題について、日本は受入国の責務として考えていく必要がある」と語りました。さらに、東南アジアの市民社会団体やメディアの力を借りながら取り組みを進めていく必要性を強く感じ、引き続きさまざまなステークホルダーから助言を得ながら事業を推進していきたいと、締めくくりました。
(SPF PR 高原聡子)
 
~参考情報~
「ASEAN地域における移住労働者の権利 ベースライン調査」はPDFとしてダウンロード可能です。詳細については、こちら(英語版日本語訳版)をご覧ください。
 

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