紛争の停戦、解決へ対話と交渉を推進
日本の価値観と中立性、民間のポジション生かし
笹川平和財団が立ち上げた「和平調停センター」
和平調停センターが発足し記者会見に臨んだ堀場明子、笹川陽平、角南篤(写真左から、敬称略)
かつて米国の経済学者ジョン・ガルブレイスが唱えた「不確実性の時代」は、現在の混沌とした国際情勢を形容するにふさわしい。米国とイスラエルによる対イラン軍事作戦は、中東地域、ひいては国際社会全体に深刻な影響を波及させ、複合化した危機をもたらしている。2024年2月に始まり4年以上が経過したロシア・ウクライナ戦争は、停戦への道筋がなお見えない。パレスチナ自治区のガザ地区では、2025年10月にハマスとイスラエルの休戦協定が成立した以降もイスラエル軍の空爆が散発的に続き、恒久的な停戦やガザの再建に向けた道のりは依然、厳しい。こうした情勢下で笹川平和財団は4月1日、「和平調停センター」(Center for Peace Mediation Support/センター長・堀場明子)を新たに発足させた。近年の紛争のトレンドと平和構築プロセスにおける和平調停の意義、そして日本と民間が果たすべき役割について考えたい。
国家間紛争は歴史的なピーク
近年の紛争にはどのような傾向がみられるのだろうか。
ノルウェーのオスロ平和研究所(PRIO)が発表した「紛争のトレンド:世界概観1946―2024」によると、紛争件数は2010年代以降、再び増加傾向にあり、2024年に発生した国家間紛争は36カ国、61件と1946年以降で最も多く、歴史的なピークを迎えたとしている。近年は国家間や、過激派組織など非国家主体が関与する紛争が複雑化してもいる。この他にも2024年は以下のような傾向がみられた。
- 戦闘による死者は129,000人で、2023年と同レベルだった。死者の主な要因はロシア・ウクライナ戦争と、イスラエルによるガザ地区への攻撃など。
- 紛争当事者が武装組織などの非国家紛争は74件で、前年の80件からやや減少した。戦闘による死者は約17,500人で、死者数は2020年以降減少傾向にある。
- アメリカ大陸では非国家紛争が減少したが、アフリカでは急増した。そのため、アフリカは現在、非国家紛争のレベルが最も高い大陸となっている。
- 紛争はより複雑・固定化し、複数の非国家主体が国家や他の武装集団を標的とし戦っている。
2026年4月時点でも、米国とイスラエルの対イラン軍事作戦をはじめ、進行中の紛争は枚挙にいとまがない。例えば、①ロシア・ウクライナ戦争 (2022年~)②パレスチナ・イスラエル紛争(2023年〜)③イスラエル・レバノン紛争 (2024年〜)④イエメン内戦 (2015年〜)⑤シリア内戦 (2011年〜)⑥スーダン内戦 (2023年〜)⑦ミャンマー内戦 (2021年〜)⑧アフガニスタン紛争 (2021年〜)⑨リビア内戦 (2014年〜)—などだ。
ちなみにオスロ平和研究所の定義に従うと、「紛争」は戦争や内戦も含む広い概念、「戦争」は国家間の武力紛争、「内戦」は一国内で発生する武力紛争—ということになる。
「ドンロー主義」がもたらす「不確実性の時代」
歴史的ピークを迎えた国家間紛争をまた一つ増やし、不確実性の時代の大きな要因となっているのが、トランプ米大統領の「ドンロー主義」であることは論を待たない。自身の名を第5代大統領の、孤立主義ともいわれたモンロー主義と掛け合わせた造語「ドンロー主義」(Donroe Doctrine)を打ち出して久しい。これはトランプ政権の対外政策であり、2025年12月に公表された「国家安全保障戦略」に、「モンロー主義のトランプ系を主張し、実行する」という一文が盛り込まれた。ドンロー主義をひとことでいえば、西半球(南北アメリカ大陸)を米国の勢力圏とし、中国やロシアなど他国を排除し、資源確保や強権的な軍事介入も辞さないとの姿勢を示すものだ。そして年が明けた2026年1月、ドンロー主義という名の対外政策が、ベネズエラに対する軍事作戦として実行されたことは記憶に新しい。トランプ大統領が取得に意欲を見せるグリーンランドも、地政学的には西半球の範囲に入る。
だが、モンロー主義とドンロー主義の間には明らかな違いがあるうえに、ドンロー主義そのものが徐々に変容を遂げているようにみえる。ドンロー主義にはトランプ大統領の根幹であるディールという手法が横たわり、2月にイスラエルと共に対イラン軍事作戦を敢行したことは、地政学的範囲が西半球にとどまらないことを如実に示している。何より重要なことは、覇権主義、権威主義的な性格を帯びていることだろう。
トランプ政権は、ロシア・ウクライナ戦争をめぐり〝調停外交〟を行っているようにはみえるが、和平調停のプロからすれば、単なるディールにすぎず和平調停とはいえないという。
水面下での調停工作
軍事作戦とイスラエルによる対イラン軍事作戦は、イランによるホルムズ海峡封鎖、報復攻撃などが続き、事態が中東地域全体を巻き込み、世界経済への深刻な影響を及ぼし始めている状況下にあって、パキスタンなど複数国が水面下で調停に動いた。この地域における調停外交国としてはカタールやオマーンがつとに知られているが、両国内にある米軍基地などがイランに攻撃されており、本来の調停外交機能が低下しているとの見方もある。そうした中で今のところ浮上しているのが、米国やイラン、湾岸諸国、中国といった主要プレイヤーと接点をもつパキスタンだった。
目を国際社会全体に転じてみよう。和平調停センター長の堀場明子によると、政府内に調停と対話を専門とする部署を設置し、和平調停を外交戦略の一環と位置付けている国や、政府と民間の専門機関が連携しながら和平プロセスを支援している国は多い。
例えば、スイスでは外務省に「和平・人権局」が置かれ、世界約20カ国の和平プロセスを支援している。ノルウェーは外交政策として対話と交渉による紛争解決を重視しており、政府は民間機関のノルウェー紛争解決センター(NOREF) と連携しながら、和平外交を展開している。イスラエルとパレスチナのオスロ合意(1993年) を仲介したことで知られ、スリランカ内戦の和平交渉などにも関与してきた。フィンランドも外務省に「調停ユニット」を設定しており、ノーベル平和賞受賞者のマルッティ・アハティサーリ元大統領は、インドネシアのアチェ和平交渉など国際的な調停者として知られる。トルコ外務省の「国際調停総局」は、国際調停ネットワークの構築や国連との連携を進めながら、アフリカ地域などで調停を行っている。
一方、調停外交を近年、強化しているのが中国である。2025年には国家間の紛争を調停で解決する中国主導の「国際調停院」が発足した。アジア、アフリカの習近平政権の影響力が強い国々を中心に、30カ国以上が参加している。米欧中心の国際秩序への対抗軸を打ち出す狙いがあるとみることもできよう。
日本の外務省に専門部署「国際和平調停ユニット」ができたのは、つい先月のことである。
和平調停における日本の関与
近年を振り返るとき、平和構築プロセス、中でも和平調停に日本が関与した代表的な事例として想起されるのが、カンボジアだ。20年以上にわたり続いた内戦をめぐる和平プロセスに、日本は1980年代末から関与した。具体的には、1990年6月に主催した「カンボジアに関する東京会議」などを通じポル・ポト派(クメール・ルージュ)など4派間の対話を促進し、翌年10月のカンボジア和平協定(パリ和平協定)の締結へと繋げた。第三国の紛争解決を目的とする国際会議を日本が主催したのは、第二次世界大戦後の日本外交において初めてのことだった。和平協定締結後の1992年9月には、国連平和維持活動(PKO)に初めて参加し、陸上自衛隊の施設大隊、停戦監視要員、文民警察官、選挙要員など延べ1300人以上を派遣した。
堀場によると、平和構築のプロセスは①予防外交(紛争予防)②平和創造③平和維持④紛争後の平和構築—の4段階に分けることができる。平和創造には和平調停が含まれる。日本はカンボジアで、停戦前の紛争が継続中の段階から関わった。
筆者が初めてこの国を訪れたのは1992年のことだ。パリ和平協定締結を受けて「国連カンボジア暫定統治機構」(UNTAC)が発足したにもかかわらず、ポル・ポト派は武装解除などを拒否し、首都プノンペン市内の市場などでは頻繁に爆弾が炸裂し、死傷者が出ていた。夜の外出ははばかられた。地方へ行くにも、プノンペンと南西部シアヌークビルを結ぶ国道を日没後にドライブすることを、地元の運転手は頑なに拒否した。
その後、1993年5月の総選挙をボイコットしたポル・ポト派は武装闘争を再び活発化させ、同派が、内紛と国際的な孤立を深めた末に、ポル・ポトの死亡によってようやく壊滅したのは、パリ和平協定から7年近くが経過した1998年のことである。
カンボジアを初めて訪れてから19年ほどが経った2011年6月、ポル・ポト派の大量虐殺という「暗黒の歴史」を裁くカンボジア特別法廷の初公判を取材した。元人民代表議会議長のヌオン・チア被告ら元最高幹部らが、途中で退廷するという波乱の幕開けだった。虐殺に関わった元幹部たちは、後に人道に対する罪などで終身刑などの判決を受ける。ポル・ポト派が埋設した膨大な地雷は、今もなお負の遺産として残っている。
ミンダナオ和平プロセスにおいて、フィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF)の和平交渉を長期にわたって支援し、2014年の包括和平合意を実現するなど、日本が和平調停に関与した例は他にもある。カンボジアに限らず、我々が肝に銘じなければならないのは、平和構築のプロセスには気が遠くなるような歳月と計り知れない労力を要するということ、そして紛争を停戦に持ち込み和平協定締結へと導く和平調停は、至難の業だということだ。
PKOが誕生した東西冷戦時代が終わった後、ポスト冷戦時代には宗教や民族などの対立による国内紛争が増え、国連の役割は平和構築へと拡大し、紛争当事者間の対話と交渉を仲介する和平調停が重視されていく。そして、日本が関与した和平調停はミンダナオ和平プロセスを最後に途絶えている。
2026年4月時点でも、進行中の紛争は枚挙にいとまがない。例えば、①ロシア・ウクライナ戦争 (2022年~)②パレスチナ・イスラエル紛争(2023年〜)③イスラエル・レバノン紛争 (2024年〜)④イエメン内戦 (2015年〜)⑤シリア内戦 (2011年〜)⑥スーダン内戦 (2023年〜)⑦ミャンマー内戦 (2021年〜)⑧アフガニスタン紛争 (2021年〜)⑨リビア内戦 (2014年〜)—などだ。
ちなみにオスロ平和研究所の定義に従うと、「紛争」は戦争や内戦も含む広い概念、「戦争」は国家間の武力紛争、「内戦」は一国内で発生する武力紛争—ということになる。
「大きな戦争の影で地域紛争が目立たない」と、堀場は指摘する。
和平調停センターの3本柱
笹川平和財団の和平調停センターは、日本財団の助成を受けて発足した。平和構築のプロセスにおいて日本が担ってきた役割を概観すると、和平調停にも関与したものの、重点が置かれてきたのはむしろ、インフラ整備や緊急人道支援、民主的な制度構築、持続可能な経済発展といった、紛争終結後の復興・開発支援である。その方が政治的リスクは低い。国際社会における日本の経済的な地位は下降線をたどっているが、かつて「経済は一流、政治は三流」と揶揄されたように、そもそも政治力が脆弱な国家には和平調停は荷が重すぎる。戦後の日本を「平和国家」として印象付けることにも一役買った政府開発援助(ODA)による支援は、日本が最も得意とするところである。
和平調停センターは、紛争が終結する前の和平プロセスに、和平調停に特化した形で関与しようとするものだ。笹川平和財団のホームページから引用する。
「アジア発の民間組織として、(中略)日本が有する、独自の歴史的経験、欧米とは異なる価値観、宗教的に中立と受け止められやすい立場、そして長年にわたる開発援助を通じて培われた信頼といったソフトパワーを最大限に活かし、紛争や対立の現場における和平調停に取り組みます」
活動の柱は3つだ。
〇現場での和平調停
紛争が続く地域において、紛争当事者、関係者の間での対話の促進・対話の場づくり地域の状況に応じた実践的な和平調停の展開。現地の状況や関係者のニーズに寄り添いながら、和平に向けた環境づくりに取り組みます。和平プロセスに関わる関係者を対象とした能力強化研修の実施。
〇国際連携の推進
国際社会で和平調停に携わる関係者との連携を深め、日本の知見や経験を世界と共有します。ネットワークの構築と知的発信を通じて、国際的な議論に貢献していきます。国際機関、政府機関、専門家との調停支援ネットワークの構築。
〇研究ネットワークの形成
日本の地域研究者の知見を結びつけるハブとして、紛争地域およびその周辺地域を研究する専門家のネットワークを形成します。学術的な分析を通じて紛争の構造や背景を理解し、和平調停に活かしていきます。紛争の要因、関係アクター、地域内外のネットワークの多角的な分析。研究者間の知見共有による紛争理解の深化・多角化。
詳しくはホームページをご覧いただきたい。
https://www.spf.org/programs/mediation-support/
和平調停とは一義的に、対立する紛争当事者の間に割って入り、対話の環境を醸成しながら話し合いのテーブルに着くよう説得し、和平交渉に持ち込むことだ。だが、和平調停・および調停支援のプロセスは複雑であり、紛争も、それに対する関与も多種多様である。先が見えない状況の中で、コミュニティ、国際的な財団、NGO(非政府組織)などのネットワークを構築し、連携して長期的、多角的に関与するという調停・支援こそ、紛争の解決と持続的な和平の実現へ向けた神髄だと言っても過言ではなかろう。実は、調停・支援はそれだけではなく、例えば、紛争当事者に研修を施し和平プロセスや人権、法律などの知識と理解を植え付け、意識改革を促すことなども含まれる。
タイ「深南部」における和平調停支援
笹川平和財団は、民間財団ならではの立場を生かした独自のアプローチを駆使し、主にアジアにおける紛争地域での平和構築、とりわけ和平調停支援に力を注いできた。その〝主戦場〟が、タイの「深南部」と呼ばれる地域における「取り残された紛争」への関与である。
深南部は、首都バンコクから南へ1千㌔以上、マレー半島の中部に位置する。仏教徒が全人口(約7161万人)の92.5%を占める(世界年鑑2026=共同通信社)仏教国のタイにあって、深南部では住民の8割がマレー系イスラム教徒だ。彼らはこの地域を「パタニ」と呼ぶ。なぜなら、もともと深南部と、マレーシアの一部の州を含めた地域は、14世紀後半に成立した「パタニ王国」であったからだ。この地では、「パタニ」の分離・独立を求めるマレー系武装組織と、タイ政府・軍との紛争が長年にわたり続いており、これまでに極めて多くの死者を出している。だが、国際社会の関心は低く、「取り残された紛争」と揶揄される。その要因は様々だが、タイ政府が「内政干渉」を盾に他国の関与を頑なに拒絶してきたことが大きい。日本政府なども介入しづらい。和平協定締結への道筋は容易ではないが、このような地域こそ民間組織の活動が必要である。
笹川平和財団は2010年に深南部で活動を始め、パタニの武装勢力、タイ政府双方との信頼関係を築き、マレーシアの関係者にも働きかけて、対話ができる環境を整えてきた。地元のメディアや市民社会、女性団体などとの対話も重ねて、人々が直面している問題やニーズを把握し、紛争解決のために反映させている。
このタイ深南部での和平調停支援を長年にわたり続けてきたのが、和平調停センター長の堀場である。
東南アジア、南アジア、そして西アジアへ
和平調停センターは東南アジア、南アジア、そして「西アジア」を対象とする。西アジアとはアフガニスタン以西のトルコからイラン、アラビア半島にかけての地域で、中東地域の大部分もここに入る。なぜ「中東」ではなく「西アジア」なのか。堀場は「『中東』という考え方そのものが、かつての欧州による植民地支配からの視点。中東を西アジアだととらえ、1つのアジアとして、平和のためにもっと連携して何かできるのではないかと考えている」と説明する。
センターは当面、約10人体制でスタートする。タイ語、アラビア語、ヘブライ語、トルコ語、インドネシア語、ペルシャ語などの多様な言語と地域に精通する専門家も、フェローとして顔をそろえる。要するに、和平調停センターの立ち上げは、活動のウイングを広げ、これまで以上に多角的かつ強力に取り組んでいくという決意の表明でもある。その根底にあるのは「世界、特にアジアの紛争地域において、日本はもっと積極的に関わり、長期的に平和を持続していくためにリーダーシップを発揮することが求められている」(堀場)という強い問題意識である。
財団は「笹川流民間外交」を推進している。国家間、政府間の外交はトラック1.0、民間同士の外交はトラック2.0と称される。民間財団である笹川平和財団は、政府に代わるいわばトラック1.5としての橋渡し的な仲介外交を、「笹川流民間外交」と位置づけ展開している。和平調停センターもその一環だ。
4月1日に都内の笹川平和財団ビルで開かれ、和平調停センターの発足を発表した記者会見で、口火を切ったのは名誉会長である笹川陽平だった。先述したように、スイスやトルコ、オマーンなどには置かれている和平調停をもっぱら担う部署が、日本政府内にはこれまでなかったことや、中国主導の国際調停院が発足したことを指摘し、次のように語った。
「世界各地でさまざまな形態の紛争が起きており、表向きには各国の首脳が解決に向けて会議をしているが、その陰では、和平調停の専門家たちが下話をつけている。(政府という肩書がある)肩書外交ではできず、民間レベルだからこそできる形式的ではない率直な議論や、立ち入った支援がある。情報収集と人的ネットワークをつくることも、民間がやらなければならない最大の仕事だ」
笹川平和財団理事長の角南篤は「笹川平和財団と日本財団の世界での長年にわたる活動が評価されている。笹川平和財団も和平調停・支援に関わる活動を実施してきた。和平調停センターの発足は、日本の世界における役割をしっかり見つめ直すいい機会になる。日本と笹川平和財団に対する紛争地域からの期待も高い。センターの発足によって、紛争地域にきちんとしたメッセージを送ることになる」と語った。さらに「われわれは『笹川流民間外交』と言ってきたが、戦いが行われている紛争地域では目立ってはいけない。民間であれば中立的な立場で、黙って目立たない形で和平調停に寄り添っていける。それがわれわれの強みだ」と付け加えた。
一方、堀場は「日本の平和構築における取組のほとんどは、紛争後の復興と回復に注力してきたが、和平調停センターは紛争が続き当事者が対立しているところに入っていき、トラック1.5として和平調停・支援に携わる。いろいろな言語ができる研究者と一緒に現地に行き、混とんとしている世界の平和と安定のために、日本として何ができるかを分析し、平和のためのどのような介入ができるのかを検討していきたい」と意欲を示した。
当面はタイ深南部に加え、リビアに触手を伸ばす。
折しも外務省が3月、総合外交政策局に新設した「国際和平調停ユニット」は、ウクライナやガザ地区の紛争などを念頭に和平調停外交を強化し、紛争当事国間の調停、停戦後の復興支援などを一元的に担うという。
官民の役割分担と、状況と必要に応じた連携による日本の調停力が、国際社会の平和と安定、調和、共存に少しでも寄与することを期待したい。イラン情勢にしても、日本はイランとの友好関係を維持しており、日米関係を基軸にしつつ、間に入ろうとする外交の戦略性としたたかさをみせても良いのではないか。
=敬称略
※この記事は、笹川平和財団を代表するものではなく、あくまで個人の見解です。