フィリピンでは、女性および子どもに対する暴力が依然として深刻な社会問題となっており、国家レベルでの対策強化が強く求められています。 2022年に全国規模で実施された
National Baseline Study on Violence Against Children によれば、調査対象者である13~24歳の若者の80%が何らかの暴力を経験し、そのうち22.4%は性暴力の被害者であることが明らかになっています。 また、被害経験があっても公的機関に相談した若者は10%未満にとどまり、多くのケースが潜在化していると指摘されています
[1]。 警察の統計でも深刻な状況が示されており、2023年には18,756件の子どもへの暴力事案が警察に報告され、その内訳として7,933件が児童虐待、7,262件がレイプ事案とされています。 被害規模は極めて高水準であり、警察当局は状況が改善しているとは言い難いとの認識を示しています
[2]。 また、女性への暴力も深刻であり、フィリピン統計庁の2022年人口・健康調査によれば、女性の18%が生涯においてパートナーから身体的または性的暴力を受けた経験を持つとしています
[3]。
これらのデータは、子どもや女性に対する暴力(性暴力含む)が社会全体に広く浸透していることを示すとともに、多くの被害が十分に可視化されておらず、また被害者に対する十分な支援がいきわたっていない構造的課題の一例を示しており、包括的な保護体制の強化が不可欠だと言われています。 こうした状況に対応するため、フィリピン政府は、フィリピン政府保健省 Administrative Order 2013‑0011 (Revised Policy on the Establishment of Women and Their Children Protection Units in All Government Hospitals)により、 全ての公立病院内に Women and Children Protection Unit(WCPU:女性及び子どもの保護ユニット)を設置する事を定め、 2026年3月時点で、フィリピン全土に101か所のWCPUが設置され、計約200,000人が支援を受けてきました。 女性及び子どもの保護ユニット(WCPU)は、虐待を受けた女性や子どもが医療・心理・社会・法的支援を一体的に受けられる病院内の専門拠点で、 Child Protection Network Foundation, Inc.がフィリピン政府他関係機関と協働して全国に整備してきたものです。 医師・看護師・ソーシャルワーカー・警察官など多職種で編成されるチームが協力し、 被害者を中心に据えた再トラウマ化を避ける共通プロトコールに沿って各ケースに対応しています。
しかし、長年の武力紛争により治安不安と行政機能の脆弱化が続いてきたバンサモロ・ムスリム・ミンダナオ自治地域(BARMM)では、 WCPUの整備が他地域に比べて大幅に遅れています。 背景には、和平合意後も氏族間抗争(リド)等の影響で治安が不安定となり、 女性や子どもの権利侵害が続いていたこと、さらにフィリピンで最も高い貧困率に象徴される財政基盤の脆弱性、 医療・教育インフラの不足が制度整備を困難にしてきたこと等があげられます。 また、2019年に発足したバンサモロ自治政府は行政・法制度の基盤整備に時間を要し、 政治的混乱や選挙延期も政策遂行を遅らせています。 加えて、フィリピンで最も低い識字率の低さが示すように、 教育水準の課題から専門人材の確保が難しい上、 家族の名誉や沈黙を重んじる文化的背景によりジェンダーに基づく暴力の報告は実際よりも過少となり、 政策優先度も上がりにくかったと指摘されています。
[1] Ramiro, L. S., Madrid, B. J., Norton‑Staal, S., Cajayon‑Uy, M. M., & Luna, P. B. (2022). “National Baseline Study on Violence against Children and Youth (NBS‑VAC) in the Philippines.”
Acta Medica Philippina. https://actamedicaphilippina.upm.edu.ph/index.php/acta/article/view/5062
[2] Panoringan, H. (2024, October 25). “Over 18,000 child violence cases in the Philippines in 2023.”
Smart Parenting. https://www.smartparenting.com.ph/life/news/pnp-18k-child-violence-cases-2023-a6837-20241025
[3] Philippine Statistics Authority (PSA), & ICF. (2023). “Philippines Demographic and Health Survey 2022: Key Indicators Report (PR146).”
DHS Program. https://www.dhsprogram.com/pubs/pdf/PR146/PR146.pdf