太平洋島嶼国は、太平洋地域における大国間の地政学的競争が激化する中で、「太平洋島嶼国とその人々こそが太平洋の管理者・守護者である」という共通認識の下、地域としての立場を明確にしてきました。2022年7月には「青い太平洋大陸の2050年戦略(2050 Strategy for the Blue Pacific Continent)」に合意し、さらに2025年9月にはフィジーのランブカ首相が提唱した理念を基礎とする「平和の海洋宣言(Ocean of Peace Declaration)」を採択しています。
一方で、太平洋島嶼地域の学術界では、2021年頃から、特に南半球側を中心に地域安全保障へより直接的に関与すべきだとする議論が見られるようになりました。私自身もその動きに接する機会がありましたが、パラオで政府高官らと直接交流する中で感じる現実的な安全保障上の緊張感と、南半球側で語られる理想論との間には、大きな認識の隔たりがあると感じました。
この問題については、南半球側の関係者に対し、私たちが抱く危機感や緊張感を伝えてきました。しかし、その認識の差を埋めることは容易ではなく、最終的には安全保障に関する真剣な議論については北側と南側を分けて行うしかないとの考えに至りました。手間はかかるものの、テーマに応じて議論の枠組みを使い分ける必要があると、さまざまな場で提言してきた経緯があります。
例えば、2025年2月にニュージーランドのヴィクトリア大学ウェリントンで開催された地政学関連の学会では、全体として南半球側の視点に立った議論が中心でした。
先日も南半球側の研究者と意見交換しましたが、平時の環境を前提とするのであれば、彼らの考え方は十分理解できます。しかし、パラオにおける緊張感や北半球における情勢は必ずしも平時の延長線上にあるとは言えず、その点が認識の乖離を生んでいるように感じます。
例えば、国家が主権を維持するためには、規模の大小を問わず一定の防衛能力が必要ですが、太平洋島嶼国は人口や財政的な制約から、自力で十分な防衛力を保有していません。この点について、現地の研究者らは「どこかの国が島嶼国の領土を占領しようとする可能性はない。」「仮にそのような事態が起きても国際社会が我々を守る。」と説明します。しかし、最悪の事態を想定して備える必要があるとすれば、特に太平洋島嶼国の場合、自国のみで安全保障上の課題に対処することが困難である以上、人的繋がりからも、米国、豪州、英国、NZといった伝統的なパートナーに加え、フランスや日本などの同志国との協力関係を通じて、安全保障上の備えを構築しておくことが現実的な選択肢となるのではないかと思います。
ウェリントンに話は戻りますが、2025年2月は、キリバスおよびクック諸島とニュージーランドとの関係が悪化していた時期であり、中国海軍がシドニー沖の公海上で初めて実弾訓練を実施しました。国際法上は問題のない行動ではあり、会議に参加していた島嶼国出身の研究者の多くは、この件を特段問題視していませんでした。また、当時、ニュージーランド外務貿易省を訪問し、太平洋島嶼国担当者らとパラオを含む地域安全保障上の認識を共有する機会がありました。しかし、外部から見たニュージーランドの姿勢は北半球情勢を遠い話と捉えており焦点がぼやけることから、地域安全保障に関してはニュージーランドを含めない形で議論した方が有効ではないかとの考えを率直に伝えました。
以前の記事へのコメントでも触れましたが、地域では昨年9月のソロモン諸島におけるPIF首脳会議の前後から、中国に対する「静かな怒り」のような感情が広がっていると感じていました。公然と批判する声は少ないものの、「中国を重要な経済パートナー、開発パートナーと認識しているにもかかわらず、なぜこのような行動を取るのか」という疑問や不満が存在していました。
そのような状況の中で、今回のSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)実射訓練が実施され、報道によればツバル西方沖のEEZ近くの公海に着弾したとされています。核物質は搭載されておらず、厳密にはラロトンガ条約(南太平洋非核地帯条約)に抵触するものではありません。しかし、地域内に中国への静かな怒りが存在していたことを考えると、中国にとっては政治的・外交的な観点から見てタイミングは決して良くなかったように思われます。おそらく、太平洋島嶼国各国に駐在する中国外交団には、これまで以上に丁寧な説明が求められる状況にあるのではないでしょうか。
もっとも、この件についても、私の友人である南半球側の研究者は「米国も同様のことを行っている」として問題視していませんでした。米国の場合、マーシャル諸島との間でコンパクト(自由連合協定)が締結されており、その付属協定であるMUORA(Military Use and Operating Rights Agreement)に基づき、クワジェリン基地を利用しています。現在の第3次コンパクトは2043年まで有効ですが、MUORAは2066年まで有効であり(さらに2086年まで延長可能)、その枠組みの下でICBM迎撃実験なども継続的に実施されています。
なお、前の記事でも触れたとおり、本件とは関係なく7月7日にフィジーのディトカ外務大臣およびティコンドゥアンドゥア防衛大臣とそれぞれ面会する機会をいただきました。詳細については控えますが、両大臣とも日本との関係を重視しており、また非常に肝の据わった印象を受けました。これまで存在していた北半球側と南半球側の安全保障認識のギャップは、少なくともフィジーとパプアニューギニアについては徐々に縮小しつつあるように見えます。
https://blog.canpan.info/spinf_shio/archive/2896
今回の中国によるSLBM実射訓練に対し、太平洋島嶼国側では、7月12日時点でマーシャル諸島のハイネ大統領、パプアニューギニアのマラペ首相、ツバルのテオ首相、PIF議長としてソロモン諸島のワレ首相、そしてソロモン諸島政府がそれぞれ抗議や懸念を伝える声明を発表しています。
現在太平洋島嶼国が国際社会に向けて発信・普及を進めている「Ocean of Peace(平和の海洋)」の理念との整合性という観点から、PIFの枠組みを通じて何らかの共同声明やメッセージが発出されるかどうかが注目されます。