本記事で述べられている米国のイニシアティブ(Partnership in the Blue Pacific- PBPと思われる)は、太平洋島嶼地域秩序構造において今後数十年にわたる重要な枠組みとなる可能性があります。現在、米国において7月中旬に予定されている太平洋諸島フォーラム首脳会議に合わせた調整が続いていると考えられます。
まず、地域秩序構造について簡単に紹介したいと思います。筆者が2017年頃から米国シンクタンクや政府関係者などに共有してきた考え方ですが、太平洋島嶼秩序は簡略化すれば次のような過程を経て重層的な構造が構築されてきたと見ることができます。
(1)旧宗主国による戦後秩序枠組み(1945~)
太平洋島嶼国の独立以前から続くもので、現在は米国、豪州、NZが担い、対外的には共産主義に対する防衛・安全保障、域内においては島嶼国内の治安維持・安定を対象とするもの。
(2) 旧宗主国と太平洋島嶼国による地域枠組み(1971~)
太平洋諸島フォーラム(豪州、NZ、太平洋島嶼国、2仏領)を中心とする枠組みで、太平洋島嶼国の開発、経済、貿易投資、安全保障などを対象とするもの。
(3)太平洋島嶼国主導の枠組み(2010年頃~)
国連における太平洋小島嶼開発途上国(PSIDS)、ナウル協定締約国グループ(PNA)など、外部の影響から離れ、太平洋島嶼国の考え方に特化したもの。
(4)小地域枠組み
メラネシアン・スピアヘッド・グループ(1986年~)、ミクロネシア大統領サミットおよびミクロネシア諸島フォーラム(2001年頃~)、ポリネシアン・リーダーズ・グループ(2011年~)のサブリージョナルな枠組み。太平洋島嶼国主導でかつ対象範囲が狭まることでより現実の課題に特化した議論が行われる。
ここに、2013年頃から5つ目のレイヤーとして
中国による代替的な枠組みが構築されてきました。中国の枠組みは南南協力を基盤とした先進国とは異なるルールによるものであり、基本的には開発協力と民間部門を含む経済関係の強化を中心とするものでした。しかし、今回、ソロモン諸島との安保協定締結を機に、中国は安全保障に対象を広げようという野心を見せたことで様相が変化しました。
一方、日本は、1997年以降太平洋・島サミット(PALM)を3年毎に開催してきましたが、残念ながらこの地域秩序構造に含まれていません。
次に太平洋島嶼国側の視点で見ると、主権確保を含め、次のような経緯を辿ってきました。
(1)独立期
1962年のサモアから1994年のパラオまで。(国連非自治地域リストに掲載されている地域が残る)
(2)基盤構築期
各国の独立後~2000年代半ばまで。太平洋島嶼国は独立後も人材不足と財政の脆弱さから旧宗主国に依存する状況が続く。一方で、人材開発や経済開発が進んだ。
(3)自立期
コンパクト改定(2003年のミクロネシア連邦、マーシャル、2010年のパラオ)、2006年フィジー無血クーデター以降の国家改革、2007年~2009年頃の世界金融危機・石油価格高騰・穀物価格高騰、2009年ナウル協定締約国グループの活動開始、外交関係の多角化、国連との関係強化などを経て、旧宗主国からの自立が進んだ。太平洋島嶼国間の結束も高まった。
(4)自国優先主義の時代
2019年頃から中台間のせめぎ合いや大国間の地政学的競争が高まり、さらに2020年の新型コロナウイルス世界的パンデミックを背景とした財政・経済危機や住民の安全確保問題に直面した太平洋島嶼国各国が自国の課題解決を優先するようになった。一方で、旧宗主国との関係を再強化する国も現れるようになった。
これらを含む地域の歴史的背景については、
海洋白書2022 の第4章第2節に「
PALM9と太平洋島嶼国のガバナンス」(pdfのp.39-45)にまとめてありますので、ご一読いただけると幸いです。
さて、今回の米国のイニシアティブですが、伝統的安全保障を前面に出したものではなく、太平洋島嶼国が太平洋諸島フォーラム(PIF)の枠組みで取りまとめている2050 Strategy for the Blue Pacific Continent (2050 Strategy)を含む太平洋島嶼国側の考え方に対して、米、豪、NZ、日本、英、仏が協調し、連携して取り組む考え方を示したものになるようです。
手元の資料によれば、対象には、気候危機(climate crisis)、IUU(違法・無報告・無規制)漁業、COVID-19パンデミック、不均衡なインフラ支援へのアクセス、地域におけるルールに基づく秩序(rules-based order)を脅かす事象が含まれ、これに対し、米豪NZ日英仏がさまざまなレベルで対話しながら、重複を避け、効果的に取り組む意思を示しています。
特に注目したいのは、次の点です。
・太平洋島嶼国の考え方を中心に置いた考えであること。
・重複を避け、効果を高めるため、これら先進国の太平洋島嶼地域における取組をマッピングすること。
・長期にわたり、対話を促進し、太平洋島嶼国の優先課題に対応するために、非公式の多国間調整機能(メカニズム)を作ること。
・PBP開発の各段階において、首脳および現地太平洋島嶼国政府のあらゆるレベルと協力していくこと(すなわち先進国側が一方的に決めて押し付けるものではないということ)。
数年前から、日本のPALMをプラットフォームとするこのような枠組みの構築を期待していましたが、米国によるこのイニシアティブが実現すれば、地域秩序構造に新たに米豪NZ日英仏+太平洋島嶼国の枠組みが加わることになると考えられます。日本にとっては初めての地域秩序への関与となり、今後、PALMの重要性が高まることが期待されます。
(塩澤英之 主任研究員)