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オーシャンニューズレター

第65号(2003.04.20発行)

第65号(2003.04.20 発行)

【座談会】海を旅し、船上で余暇を楽しもう ~わが国のクルーズ振興策を考える~

(株)海事プレス社◆若勢敏美 (司会)
(株)クルーズバケーション代表取締役社長◆木島榮子
大阪府立大学工学部教授◆池田良穂
海事懇談会代表理事◆茂川敏夫

「高齢化社会の到来」が語られるようになって久しい。「余暇の過ごし方が問われる時代」との命題も決して誤りではない。事実、海外旅行参加者の年代別伸び率は、とうに60歳代以上の熟年がトップを占める。しかも、アメリカ、イギリス、シンガポールなどの諸外国では、クルーズが爆発的な伸びを記録している。にもかかわらず......。客船元年から15年を経過し、四周環海の日本で、何故クルーズが未だ大きく育ち得ないのか。その原因と今後の展望、必要な政策課題を識者の座談から透視する。

今、何故クルーズか

若勢 クルーズ参加者100万人を目指そうと言われて相当年月が経ちました※1。欧米、アジアに比べて、何故日本のクルーズは伸びないのか?その辺から入りましょうか。その前に、今、何故クルーズなのか?皆さんに一言ずつお願いします。

木島 小泉首相が「観光立国」を国家戦略にしようと、懇談会ができています。たぶん飛行機の旅ばかりが考えられていて、船は視野に入っていないでしょう。日本の海はもちろん海外に出かけて船旅を楽しむという点からも、旅行業界としては是非力を入れて貰いたい。

池田 産業としてクルーズはまだ大きくないが、地域産業あるいは海事産業振興という視点から少し腰を入れて検討する必要があると思っています。船員だけでなく海上の雇用機会が増え、高収益の海事産業としてわが国経済に貢献する可能性があります。また、一隻500億円の客船が連続的に建造されるようになれば、日本の造船業の競争力復活にも寄与するのではないでしょうか。

茂川 経済的な側面以外に、余暇の過ごし方というか、ライフスタイルというか。若い層にとって、あるいは現代人にとってストレス解消みたいな効能もあると思っています。

クルーズの伸長

若勢 ところで、日本のクルーズは伸びているのでしょうか。ここ数年20万人ぐらいの数字が発表されていますが。

木島 私はクルーズの出航地まで飛行機で行くフライ・アンド・クルーズは伸びていると思います。

茂川 外国船による日本人の伸びというのは確かに今後期待できるし、またそうあらねばならないと思います。どうしても日本船だけのマーケットの伸びには一つの限度があるような気がして。

若勢 日本のクルーズはぜんぜん伸びていないという見方がありますが、認識が違うと思うんです。というのは、日本の船会社や日本船がやっているマーケットというのは、それこそラグジュアリー(贅沢な部類)の、要するに約700万人がクルーズを楽しんでいるアメリカでも30万人、40万人しかいないようなマーケットで勝負しようとしている。この中で15、16万人を集めているわけですから、そういう意味では、日本の船会社はよくやっている。

木島 ただ、国土交通省が公表している数字には少し疑問もあるのです。

若勢 たしかに、人・泊数では大口となるピースボートあるいはリバークルーズが入っていなかったり......。

木島 もともと統計を取るようになったのは、日本の海運、客船振興としてでしょう。今はフライ・アンド・クルーズの時代ですから、むしろ観光としての部局でとりまとめるべきでしょうね。

■外航・内航クルーズ乗客数推移
乗客数推移折れ線グラフ
「2001年のわが国のクルーズ等の動向について」(2002年9月国土交通省海事局)にもとづく

どの国をモデルにするか

若勢 アメリカに比較して規模が小さいというのですが、私はヨーロッパとの比較のほうが重要だと思います。要するに、今の日本のクルーズというのはドイツ型というか、世界一周型。このマーケットはドイツでもそんなに大きくなくて、まだ30万人ぐらいです。対人口比で言えば、日本の3~4倍ぐらいではあるのですが。

池田 私は20年前ドイツに滞在していましたが、ドイツはあの頃から全然クルーズ人口が伸びていないんです。ほぼ20年間伸びていないと言って良いでしょう。その頃からまともな客船と言えば「オイローパ」と「ベルリン」のせいぜい2隻です。わが国でも客船時代に入って、「飛鳥」型の高級クルーズを投入してみて、このマーケットを爆発的に増やすのはなかなか難しいことがわかったんですよね。

ただ、ドイツは旅行会社がロシア船をチャーターしてきて、1泊1万円くらいのかなり安い料金で、2~3週間のクルーズをやり、冬は世界一周をやっていた。乗ってみると、ロシア船のクルーズは安かろう悪かろうなのです。ですから、そのまま30万人でずっと今まで来たのだと思います。

イギリスも同じような状況でしたが、今ようやくアメリカの成功したクルーズ産業(大衆レジャー型)のノウハウを入れて新しいマーケットを育てだしています。

若勢 たしかにイギリスは10年前20万人、今80万人にはなっています。これはむしろ中古船で、飛行機代を含めて全部パックされて約10万円で1週間遊べるようになっている。日本で人数がさほど伸びなかったとすれば、それは大衆クルーズというか、要するにアメリカでやるマスマーケットというのを誰も指向しなかったことにあると思います。

木島 イギリスは旅行会社が自分たちのリスクで中古船をチャーターして運航する。そういう旅行販売会社に元気がありますね。日本の場合は、旅行会社は自分たちは一切リスクを取らないでやろうとするから、マーケットの開発が遅れてしまうのです。

レジャー客船

若勢 そういう中で、スタークルーズ※2が最初の日本人のマスマーケット狙いのクルーズだったですよね。これが撤退してしまった理由は何なのでしょう。

池田 スターのクルーズはカリブ海クルーズと一緒で大衆的で、特に学生などでも、スキーに行くかそれともクルーズをするかというように、選択として同じ手のひらに乗ったというような感じでしたね。ただ、戦略的に、最初の販売段階でぎりぎりの安い料金を出してしまって、それを聞き慣れた頃、もともと会社が考えていた値段に上げてしまった。そうしたら「エッ、何で突然こんなに1.5倍もするの」というような批判が出てしまった。それとクルーズ日程を変えたというのがあります。

木島 むしろ日程(期間)変更の方が影響が大きかったですよ。

池田 週末だけで乗れるクルーズが非常に人気があった。もっと乗りたかったというアンケートがすごく多かった。それを鵜呑みにして日程を1日延ばしたのです。

若勢 日本人はお世辞が上手ですからね。

池田 まさにそういう感覚だったのです。ものすごく満足して、もっと乗りたかったというのを真に受けて長くしてしまった。それが利用者数の減った理由ですよね。

若勢 ちょっとコンセプトを変えすぎましたよね。あのクルーズ自身が問題だったのではなくて、売り方とか、そういうマーケティングが下手だったということなんですね。

池田 しかし、スターは順調に復調しており、もう一度わが国のマーケットに乗り込んで来るのではないかという気がします。

大衆マーケットを狙うには

ボイジャー・オブ・ザ・シーズ写真
世界最大クラスの客船
「ボイジャー・オブ・ザ・シーズ」

茂川 ところで池田先生は世界最大の客船「ボイジャー・オブ・ザ・シーズ」(14万総トン)に乗られていますが......。

池田 ロッククライミングはあるしミニゴルフはあるし、アイススケートリンクもある。うちの娘などは「エッ、こんな船があるの」と驚いて、「面白かった」と友達にいっぱい言っていますね。

若勢 要するに大衆クルーズがないということが、日本のクルーズが大きくなっていないことだという結論になりますか。つまり、マスマーケットをつくろうとしなかった。

池田 そういう訳だと思います。マーケットの広い底辺(大衆)を育てることをそろそろやってほしいですね。

若勢 大衆マーケットを狙うにもコストが下がらない、と日本の船会社は言うのですが。

池田 私はやはり基本的に船(の設計)が悪いのだと思います。もともと団体旅行用に造っていて4人部屋で600人しか入れない。それで2人部屋で使うと300人に減ってしまう。スケール的に、大衆的なマーケットをやるような船ではないのだと思います。そのハードで今から大衆マーケットをやれといっても絶対無理です。

若勢 外航旅客船として普通考えればサイズ的には2万8000トンくらい......。

木島 そうしたら、少なくとも700~800人ぐらいはいけますね。

池田 ただ、大衆市場で、日本近海でやるのだったら船酔いの問題などもあって、やはり7万トンから10万トンぐらいのもっと大型船を持ってこない限りは難しいのではないですか。

休暇制度の改善を

若勢 ところで、クルーズの場合は1回体験された方はまた戻ってくるという傾向が強いでしょう。

木島 強いですよ。どこの船会社も6~7割はみんなリピーターだと思います。

茂川 若い人の間では船旅の認識度というのはかつてないほど高い。もちろん高齢者もそうですけど。20年前に比べて、正装しなければ絶対乗船できないといった、とんでもない偏見があった時代は終わってしまった。ただし、船旅は案外気軽に行けるということが分かったけれども、実際に乗ろうというまでのギャップがどうしても埋まらない。その一つは、若い人の月給の限度内でできるクルーズが日本でできていない。スタークルーズは大いにその点でよかったと思いますが、先程紹介のあった事情で途中で消えてしまった。

若勢 世界の大衆クルーズというのは、いくら短くても3日で、これが日本周辺にはないわけだから。空路を入れ全行程でやはり1週間は要ります。だから、国に対して今一番何を望みたいかというと、まず景気回復です。それから2番目は......。

木島休暇取得の政策。今20代後半から40代ぐらいの比較的若い人の話を聞くと、休みが取れない。仕事が遅くて、残業があって、1週間の休みが取れない。お金をどこで使っているかというと、高級レストランとかブランドものバッグとか。

若勢 超高級ホテルのスイートに泊まってみたり。やはりちょっといびつですよね。最近は祭日を月曜に持ってきて3連休にしていますが、むしろ余暇政策としては、もし水曜日が祭日だったら、その間の月曜、火曜に休みを取りやすくするのが本来の政策ではないでしょうか。

木島 私もそう思います。クルーズ業界も、その間の平日を休んできてくれた人には料金を半額にするアイデアがあってもいい。

クルーズフェリー

若勢 私はクルーズへの入り口論として、その形態の1歩か2歩手前に、1時間でも半日でもとにかく船に乗って遊ぶ。そんな振興策はありはしないのか、そういう意味でフェリーも推奨されるべきと思っているのですが。

池田 私も昔はクルーズの第一歩がフェリーから来てくれたらいいなと思いましたが、20~30年経験して見て、やはりフェリーとクルーズは違うものだと考えるようになりました。志向的にもフェリーの好きな人と、クルーズの好きな人は、やはり全然ちがうんですよね。クルーズフェリーと呼ばれるようなものができてくれば、話は違うと思いますけれども。バルト海のクルーズフェリーを利用する人は、今、年間1400万人ぐらいになっているでしょうか。その人たちの半分ぐらいは、同じ船で折り返してくるわけです。免税品の魅力もさることながら、飲んで歌って踊ってと本当に経済的に楽しんでいますね。

若勢 最近は日中フェリーに中国人もようやく乗ってくるようになったけれども、今の国際フェリーは旅客を楽しませるという設計になっていない。

木島 中国は今大変勢いが良いから、そのうちフェリーでどっと日本へ来るようになるかもしれませんね。

茂川 僕は、そういう意味では5年後の日本クルーズより、中国のクルーズマーケットはどうなっているだろうかと、そちらの方が気になります。

若勢 すごいことになっているかもしれませんね。大衆クルーズを、中国の船会社がやり始めることになったりするかもしれない。

茂川 だから、日本政府はあまり日本船にこだわらないでいただきたい(笑)。日本のクルーズだけが全然大きくならず、アジアのほかの国がどんどん大きくなって、取り残され現象というのは当然これからあると思います。

裾野の形成

若勢 「ふじ丸」などをチャーターして毎年沖縄に行くという学校を知っています。彼らが本当に将来のリピーターになってくれるか、その度合いというのは、池田先生どうでしょうか。

池田 青年の船といったようなものがありますが、あれはクルーズには直結していない気がしますね。やはり、缶詰にして勉強させるというほうが中心ですから。

茂川 私もクルーズをあまり教育に絡めて考えるのには抵抗があります。むしろ、ファミリークルーズというか、そちらのほうで、その若い人が混じっていったほうが、クルーズの楽しさは分かると思います。

若勢 その話の流れで言うと、学校だけではなく、よく最近やっているのは、地域の信用金庫などが1万円を出して、お客さんを安い値段で乗せたり。これは、インセンティブにはなりますよね。

木島 放送会社や地方公共団体もいろいろやっていますね。

茂川 自動車会社などもインセンティブで一隻丸ごとチャーターして。

木島 この間、インセンティブに招待された外資系日本支社の人が、帰ってきてから、「すごかった。今度はワイフを連れて行く」とお礼に来ました。やはりこんな形で、リピーターになるんですよ。

茂川 やはり、旦那だけではなく、奥さんを喜ばさないと(笑)。

3世代クルーズ

池田 スタークルーズは「3世代船」というのを前面にして売り出しています。おじいさんと子どもと孫まで。シンガポール地域はやはりそういう世代でクルーズに乗っている人がたくさんいます。一族郎党で20人ぐらい乗っているとか。毎年、大阪の高齢者大学でクルーズの話をしているのですが、3世代船という話をすると、みんな目の色を変えるのです。「クルーズに乗せてやると言ったら、孫も付いて来るかもしれない」と(笑)。孫にお小遣いを勝手にやったら息子夫婦に怒られるじゃないですか。でも、クルーズに招待するとなれば、子どもも孫も付いてくる。「これはいいなあ」という話をしていました。

木島 絶対にそれはいいと思います。

池田 これは一つのターゲットになるのではないかという気がします。スターは結構うまくやったなと思いますね。

木島 日本船には子ども用の部屋があるのでしょうか?

若勢 一応施設はあります。ハッピーファミリークルーズとか、ファミリークルーズを設定して、そのときに子ども用のベビーシッターを乗せて、そのスペースをつくってやっていますね。ただ、外国船みたいにしっかりはしていませんけれどもね。

池田 日本船はソフトも含めて基本的にはまだできていないようですね。

木島 外国ではローティーン、ハイティーンと全部ちゃんと分けてプログラムを作っています。

池田 夜のプログラムが社交ダンスだけというのも多いから、これだとファミリーでの利用者は物足りないですよね。

若い人向けの商品を

北欧大型クルーズ船写真
北欧大型クルーズ船の船内アトリウム(写真:雑誌『クルーズ』)

若勢 日本で96年に世界一周が始まったときの平均年齢は66、67歳。このあいだアジアに出た「飛鳥」の平均年齢は71歳ですからそのまま上がってしまっている。5年前の人たちがほとんどそのままアジアのクルーズに乗っているというわけです。

池田 昔から世界一周といったらそういうイメージがありましたね。「QE2(クイーンエリザベス2)」は「動く養老院」と言われましたしね(笑)。

木島 本当にもうちょっと日本の経済がよかったら、若い人もハネムーンや何かで乗れたと思うんです。

若勢 その場合はミニクルーズでもいいんですよね。日本の船はロングクルーズの指向が強すぎるのです。

木島 欧米もそうですが、船旅はやはり高齢者向けの大人の商品であることは一つ認めてもいいと思います。ただ、そこから高いという点だけを外せば若い人も乗るわけですよ。

キャッチコピーの重要性

木島 このあいだある人に、クルーズ業界は共通のキャッチフレーズをつくったらどうかと言われてハッとしました。それでなければ、なかなかクルーズのイメージが定まらないと言うのです。

池田 「豪華客船」だけのイメージから脱皮するフレーズをね。

茂川 「豪華客船」もあっていいですけどね。

若勢 「豪華客船」より「安く乗れる」という視点でしょうか。

木島 私も、広告に関しては「カジュアルクルーズ」ということでやってみましたが、もう一つイメージがわかないんですよね。豪華なイメージを維持しながら、それが自分の身近なものだということを知らせるのが非常に難しいですね。

マスメディア対策

茂川 今の話にも関係しますが、マスメディアに対して、もうちょっと別の情報の伝え方があるのではないかと思うのですが。

池田 やはり、メディアに今のクルーズの正確な情報を流すことが大切ですね。このあいだ「スタープリンセス」が大阪港に入っていて、いっぱい人が見に来ていたのですが、「世界の大金持ちが乗る船がやってきた」と言っていた。

若勢 「何千万円するのでしょう」というふうに。

池田 そういう感覚でマスコミも話しているし、実際に港で船を見ている人もそういう会話をしているのです。自分たちとは全く縁のないものだというような。

茂川 だから、「宝くじが当たったら」となるのでしょう(笑)。

池田 日本の場合は、世界一周で安くて300~400万円で、場合によっては1000万円というような宣伝をしている。そんなレジャーだという間違ったイメージを、関係者が正さなければいけないと思います。

若勢 先日テレビで竹村健一先生が高齢化社会の消費でクルーズの経済性について言及していました。つまり高齢者の消費を拡大させることが日本経済を活性化させる。彼らは1400兆円を持っているわけだから、どんどん使わせろ。そのためにはクルーズというのは非常にいいレジャーだという言い方です。
クルーズは高齢のレジャーだという発想に立ってしまっているから、日本船については当てはまりますが、「日本のクルーズ人口を100万人に」というときには、高齢者だけで100万人には行きませんからね。しかも竹村さんの世代はお金があるからいいけれども、われら団塊の世代以下は本当にあんなハッピーリタイアメントができるかどうか(笑)。そうすると日本のクルーズは本当に終わってしまう。

池田 そういう有名な人の口を使って何か宣伝するということはすごく大事だと思います。そういう人はやはりきちんとしたデータを提供しないと、おそらくマスメディアではしゃべってくれないので、私たちもそれを持っていくことが大事ですね。

誰が再興できるか

若勢 伝統的に日本も戦前から客船は作っていた訳ですが、戦後のいろいろな事情があってなかなか復活しなかった。もう一度振り返って何故なのでしょうか?

茂川 戦前とは比べにくいですよ。補助政策もありませんから。移民補助とか建造補助とか、海軍がついていくと建造費を半分よこしてやるとか、そういう時代でもないし。ただ、高度成長期を過ぎて、少しゆとりが出てきて海運会社が客船を作りはじめた。私は海運事業者よりも、いい意味で物好きな資本家がワーッと騒いでくれなければ本格的なクルーズ時代は来ないのではないかと思います。

池田 そんな気がしますよね。今のクルーズというのは、昔の定期客船の延長線上にある産業ではないと私も思っています。輸送のためではなくレジャーのための客船ですので、やはりコンセプトが全然違い、ビジネスモデルが全然違う産業なのです。

若勢 ただ、資本だけあっても、海に対するリスクというか、海に対する事業をやっていこうとする決意みたいなものは、やはり海外でも海運会社でなければ持ち得ないところがありますね。例えばドイツのハパグロイドなどというのは、まさに船会社として初めはクルーズ産業に乗り出していったわけですが、むしろ旅行業のほうが大きくなってしまった。日本で言えば日本郵船よりも郵船トラベルのほうが大きいというような転換がどこかで行われているわけです。

クルーズフェリー写真乗客たち写真
左/クルーズフェリー「シリヤ・シンフォニー」の船内
右/「ゆったり」したクルーズの旅を満喫する乗客たち

規制緩和

池田 私の目には日本の海事産業は規制にどっぷりつかっていたこの50年間に、ベンチャー的なことを考える人がすっかり少なくなってしまっているように映ります。韓国の船会社はそれがあまりないからか結構新しいことをやりますよね。日韓航路に高速カーフェリーを入れたのも韓国の方ですものね。失敗したらすぐにやめるけれども......。

木島 日本は活力がなくなっているというか、規制が多すぎるし、既得権益にのほほんとしているし。とにかく、失敗したらすぐにやめるという、そこですよね。そういう柔軟性が日本はないから。

若勢 今規制の話が出ましたが、瀬戸内海のパイロット(水先案内人)料金も2百何十万円というすごい金額だったのが、日本政府もスタークルーズの「定期航路でやるから、何とかしてくれ」と言う要請を入れて、6割ぐらいに落ちましたね。要するに、日本政府もある程度の柔軟性は持っているのだけれども、日本の船会社がいくら言っても実現しなかったことが、外圧でそうなるというのはおかしいですよ。

池田 黒船ということでしょうか。

若勢 私が言いたいのは、もう一つカボタージュ(内航船についての自国船籍主義)問題。クルーズというのは人の輸送ではなくレジャーなのです。例えば、横浜から出て、夜間カジノをやって必ず横浜に帰ってくるお客については外国船でも営業を許すとか、そういうような例外規定を取れないものなのでしょうか。つまり、観光産業や国民の余暇活動にとってもいいという解釈はありますから。

取り消し料問題

木島 予約取り消し料のことも思い出しました。海外の船会社の場合には、だいたい90日、60日ぐらい前からもう取るわけです。それにもかかわらず日本ではお客さんからは30日前しか取れないのが現状です。

若勢 わが国の法律は消費者保護の角度から作られていますが、もう少し国際標準に合わせて、自己責任の論理を入れた方がいいように思いますね。

木島 日本では、取消料を払わないとか、サービスはただですとか、そんな商習慣のようなものができてしまっている。でも、今はすべてがインターナショナルなビジネスをしているわけですから、こんな国際標準に合わないいろいろな法律に縛られていたら、どんどん日本は排除されていきます。

若勢 役所がいかに改革に対して後ろ向きかということを証明してしまっているような話なんですよね。

■クルーズ客船の大きさと「嘔吐率」
嘔吐率折れ線グラフ
2mの波高の波に向かって航行するクルーズ客船の大きさが変化したときの「嘔吐率」の違いの推定値を表したもの。例えば、日本の近海では10秒以下(波の高さが150m以下に対応)の波がほとんどであり、その範囲を見ると、3000トンの客船では旅客の嘔吐率が40%にも達するが、60000トンの客船ではほとんど船酔いをしなくなることがわかる。

縦割りを排除して

池田 クルーズ振興に関して政策が必要であったのかどうかという点ですが、基本的にはやはり民間の企業がその振興をやらなければいけなかったことだろうと思います。黒字の会社も出てくるぐらいになったのですから、私はそれなりに事業としては成功したと思いますけれども、ただ全体の産業としては大きくなっていません。

若勢 先程統計のところで少し話が出ましたが、縦割りをやめて政府全体で考えて欲しいと思う。そうでなければクルーズ人口100万人なんて到底無理ですよ。

木島 これからのクルーズはレジャーですからね。海運の方からばかり考えていたのでは国民的関心が大きくなって行かない。

池田 私も結構あちこちのクルーズの委員会に出て感じるのですが、例えば、日本のクルーズを実際にやっている会社から委員が多いと、どうしてもクルーズ産業の抜本的な構造改革の話にはなりませんよね。既存の体制で生き延びるためには、という話になってしまう。

若勢 カボタージュをやめろというのは、彼らのマーケットを奪うことになり猛反発するのも当然でしょうね。

池田 少なくともレジャー全体の中のクルーズとして見ている旅行会社などの意見をもっと聞くといいのでしょうが。

若勢 規制緩和にも関係するのですが、保健所は麹町保健所だとか、警察署は丸の内署だとか、要するに船の母港に所在する色々な役所、中央の出先機関などが全部各々に出てくる。その対応に、それなりにコストがかかっているし、大変なんですよね。もしクルーズを育てようとするのだったら、むしろ、窓口一つでやるような格好でやるべきなのですが。見ていると大変ですよ。

カリブ海などは出入国審査官が全クルーズに乗っていますからあまり時間をかけずに下船できる。というよりも、それをやらないと3000人をハンドリングできない。

木島 100万人という一つのターゲットをつくるというのはすごくいいと思いますが、何かそのフォローが役所を含めて時代に合わなかったというのがあるのでしょうね。

クルーズビジネスの専門スクールを

ゴールデン・プリンセスのプールデッキ写真
「ゴールデン・プリンセス」のプールデッキ(写真:雑誌『クルーズ』)

茂川 クルーズというのは、一つ非常に難しい点があって、例えば100隻に100隻の個性がある。それを的確にアドバイスできる人というのがあまりいない。そうした意味で、私の夢というか提案になりますが、クルーズビジネスに関する講座をどこかで作って欲しい。

池田 大学とは言わないけれども、私も同感です。交通関係の研究所でも、船旅や旅客船の研究をやる事例というのはほとんどないんですよ。私の所では細々とやっているんですけれども、文科省がお金を出してくれるわけでもないし......。

若勢 池田先生は工学部にいて船酔いの科学についても解明しようとしていますが、クルーズ学というか、経済効果の研究については遅々としているし、需要予測から始まって、確立したものはないですね。

ユニバーサル・デザイン

若勢 ついでに船のハードや造船といった点での政策には何が必要でしょう、池田先生。例えばノーマライゼーションとか。

池田 身障者の人がクルーズを楽しむ上では特に大型船の場合はほとんど問題ないでしょうね。エレベータはあるし。

若勢 全体的に人数を制限するということはあるのでしょうか。

木島 そういうことはないと思いますが、ただ車イスで入れる部屋数というのは外国船に比べ日本船はやはり少ないです。

木島 実際に今、旅行会社でバリアフリーな旅行というのを専門的に取り上げている会社がかなり増えてきました。

若勢 問題はむしろ飛行機や陸上側のバリアフリー化じゃないでしょうか。

客船建造の技術

池田 造船業としては、今、日本で造っても多分赤字になるのではないですか。長崎で造っている船の購入品もほとんどが海外からの調達でしょう。船価の半分以上を海外につぎ込んでいるのではないですか。それが国内で調達できるような体制ができれば、産業としてかなり大きくなる。フィンランドなどはそうした体制になっているから、国がかなりてこ入れをして、造船業を育成しているという感じがします。ですから、本気にやるのだったら、日本の中で全部の調達ができるくらいの関連産業振興をやらないとダメだと思いますね。

こと旅客船に関しては、例えば、航海計器などはヨーロッパに比べると随分遅れてしまっていますし、振動の少ない電気推進など舶用機関もめちゃくちゃ遅れちゃっていますよね。

若勢 日本の造船業界は自分がトップに行っているものだとばかり思っているのですが、実は1周遅れのトップランナーだったりしていますね。

地方港湾のなすべきこと

若勢 政策というと、どうも国という話になりますが、実際に客船が出入りするのは地方の港。これがもう少し積極的になってくれると、だいぶ日本のクルーズ振興になるのではないですか。シンガポールにしろ、マイアミにしろ、バンクーバーにしろ、シアトルにしろ、やはり港湾当局が中心になってやっていますから、それに船会社も応えるのです。

池田 そうですね。やはり、港湾当局が必死にならない限りはなかなかクルーズは育たないですよね。

木島 港にとって客船を呼び込むことが単にその港のステータスのようなものではなく、非常に地域経済に役立つというようなことを実際に研究している人はいるのでしょうか?

池田 マイアミの港湾当局のホームページを見ると、あそこの経済波及効果は1兆円なのです。そして4万5000人の雇用効果。バンクーバーが430億円。日本では国民経済規模で研究している人は未だいませんが、横浜の港湾局など、最近大きな港湾では計算していますよ。日本にもそういうシンクタンクができたらいいのですけれどもね。

若勢 3月にマイアミでコンベンションがありましたが、そこにまたいっぱい人が集まってくるし、クルーズだけでフェアができるわけですね。そういうふうにどんどん波及効果が広がっていくのではないですか。それはそうと10万トンクラスのレジャー客船を入れるとなったら日本の港湾は大丈夫でしょうか。レインボーブリッジ、水深などは?

木島 高さの方でダメですね。横浜も6万トンまでです。大阪は問題ない。だから、私は「東京のお台場に新しい港をつくってください」と、都の委員会のときに言いました。海外から観光客を呼び込もうとものすごく今盛り上がっているのですが、都の課長さんと話していると、どうも空からのお客さんのことしかやっていないという話です。

若勢 去年は、東京港への入港隻数は激減していますよね。

最後に一言

にっぽん丸写真
レインボーブリッジを抜けて東京湾を出る「にっぽん丸」(写真:(財)日本海事広報協会)

若勢 いろいろ論議が展開しましたが、皆さんから最後に一言ずつお願いします。

茂川 長い歳月客船に乗って、ごちそうもあったし、きらびやかな世界とかロマンもあったけれども、最終的に思うのは人間同士の連帯感を持てたことが一番嬉しい。船にはいろいろな人生を持った人が乗っているでしょう。だから、有名人も一緒になって肩書きを忘れていろいろな人と、いわゆる本当に人間同士で船内で過ごせる。そういうことはだんだんわかってくると思いますよ。

池田 多くの人がクルーズを楽しみ、そして安価でお買い得なレジャーだということを知ってもらうためにもぜひ、木島さんにはメガ客船を日本に呼んできて、夏季の北海道、冬季の瀬戸内海など半年ごとに移動してもいいから、年間を通した定点・定期クルーズを企画して欲しいですね。

木島 本日の議論で、政府に注文するばかりでなく、旅行業界としてやらなければならないことをたくさん示唆していただきました。クルーズを販売している私たちも、料金以上の満足をお客様に味わっていただけるような商品の企画・開発に努めたいと思います。(了)

※1 本格的な客船が相次いで建造された平成元年は客船元年とも呼ばれた。

※2 1997~1998年、わが国港湾発着の韓国・中国向け大衆クルーズがシンガポールのスタークルーズ社によって売り出された。

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  • 編集後記 ニューズレター編集代表((社)海洋産業研究会常務理事)◆中原 裕幸

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