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オーシャンニューズレター
第609号(2026.09.20発行)
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海面上昇の問題をめぐる国際法と島嶼国
KEYWORDS
国連海洋法条約/海域制度/海面上昇
日本大学法学部助教◆大辻航暉
気候変動による地球環境の変化の中でも、海面上昇は、人間生活の基盤をなす陸地を減少させていくという点で類を見ないものであり、国際法、中でも海洋法に大きな影響を及ぼす。本稿では、海面上昇に対する島嶼国の先駆的な取り組みを紹介しつつ、海面上昇と海洋法をめぐる議論の全体像を概観する。
国連海洋法条約の海域制度と海面上昇
国連海洋法条約では、領海、接続水域、排他的経済水域(EEZ)および大陸棚ならびに公海および深海底からなる海域制度を設けている。このうち、沿岸国の管轄権が及ぶ前者4つは、その範囲が海岸線上に設定される基線からの距離で定義されている。そして、国の管轄権が及ばない後者2つの海域は、すべての海から国家管轄権内海域を除く形で定義されている。従って、陸地の減少に伴って基線も後退し、結果としてすべての海域の範囲が変動することが考えられる。やがて陸地が完全に水没してしまえば、当該陸地から生じていた海域もまた失われることとなる。
世界には200弱の国家がある中で、海に面していない内陸国は50カ国弱にとどまる。裏を返せば、約150カ国は程度に差はあれども海に面しているのであり、否応なく海面上昇の影響を被ることとなる。中でも島嶼国は、海面上昇によって国家そのものの存亡の危機にさらされている。2021年11月に開催された気候変動枠組み条約の締約国会議(COP26)に合わせて、ツバル外務大臣(当時)のSimon Kofe氏が自身のYouTubeチャンネルで公開した動画※1では、同氏が膝まで海に浸かりながら海面上昇の危機とそれに対する適応の必要性を訴えたことが非常に注目を集めた。
海面上昇の影響を緩和するため、物理的措置と同時に法的な適応策も模索されてきた※2。特に注目されているのは、実際の海岸線の位置にかかわらず基線を固定したり、陸地の有無にかかわらず陸地から生じていた海域を維持したりすることで、海面上昇の法的影響を緩和しようとするアプローチである。
世界には200弱の国家がある中で、海に面していない内陸国は50カ国弱にとどまる。裏を返せば、約150カ国は程度に差はあれども海に面しているのであり、否応なく海面上昇の影響を被ることとなる。中でも島嶼国は、海面上昇によって国家そのものの存亡の危機にさらされている。2021年11月に開催された気候変動枠組み条約の締約国会議(COP26)に合わせて、ツバル外務大臣(当時)のSimon Kofe氏が自身のYouTubeチャンネルで公開した動画※1では、同氏が膝まで海に浸かりながら海面上昇の危機とそれに対する適応の必要性を訴えたことが非常に注目を集めた。
海面上昇の影響を緩和するため、物理的措置と同時に法的な適応策も模索されてきた※2。特に注目されているのは、実際の海岸線の位置にかかわらず基線を固定したり、陸地の有無にかかわらず陸地から生じていた海域を維持したりすることで、海面上昇の法的影響を緩和しようとするアプローチである。
島嶼国の取り組みとその影響
島嶼国は、このような法的適応策を可能にすべく、さまざまな外交努力を行っている。太平洋諸島地域の国家によってつくられた国際機関である太平洋諸島フォーラム(PIF)は、2021年に行った『気候変動に関連する海面上昇に直面した海域の保全に関する宣言』で、「(国連海洋法)条約が、海域の基線および限界線を見直すこと、ならびに国連事務総長に寄託された海図または地理的座標のリストを更新することについて、何らの積極的な義務も課していないことを確認」し、また「(国連海洋法)条約に従って設定され国際連合事務総長に通知されたPIF諸国の海域およびそこから生じる権利および権原は、気候変動に関連する海面上昇のいかなる物理的変化にもかかわらず、減少することなく適用され続けなければならないことを宣言」している※3。また、小島嶼国連合(AOSIS)も2021年に行った『AOSIS首脳宣言』で同様の言明を行っている※4。
またこうした海面上昇適応策は、島嶼国の国内法においても展開されている。2012年来、島嶼国は、基線と国家管轄権内海域の限界を構成する詳細な座標を指定する国内立法を立て続けに行っている。海面上昇による海岸線の移動に応じて移動する限界「線」ではなく、地球上における「座標」として海域を表示することで、海域を固定しようとする意図があると考えられる。国連海洋法条約は、領海(16条)、EEZ(75条)および大陸棚(84条)の限界線を海図に表示して寄託することを義務付けているが、海図に代えて、限界線を構成する各点の地理学的経緯度の表を寄託することも認めており、この規定を利用した措置である。さらに、太平洋諸島間での権原重複海域における海洋境界画定条約の締結も進んでいる。これは、特に条約法条約62条2項(a)に代表されるように、国際法上、国境制度には高い安定性が付与されていることを踏まえて、自国の海域の範囲を他国との条約という形で定義することで、海面上昇にかかわらず海域を維持しようとする試みであると理解される。
島嶼国は、国連総会第6委員会や国連国際法委員会(ILC)においても、こうした主張を展開しており、かかる主張は支持を集めつつある。こうした動向は、ILC海面上昇研究部会の『最終統合報告書』でも参照され、同報告書の結論に少なからぬ影響を与えた※5。
そして、2025年7月に国際司法裁判所(ICJ)は、国連総会からの諮問に対して「気候変動に関する国家の義務」についての勧告的意見を与えた。気候変動に関連する多くの国際法規範が扱われる中で、海面上昇の問題についても言及がなされた。ICJは、国連海洋法条約の関連条文、上述のPIF宣言および『最終統合報告書』に言及しながら、「国連海洋法条約の締約国は海図および地理学的経緯度表を更新する義務の下に置かれていない」との見解を示した※6。
またこうした海面上昇適応策は、島嶼国の国内法においても展開されている。2012年来、島嶼国は、基線と国家管轄権内海域の限界を構成する詳細な座標を指定する国内立法を立て続けに行っている。海面上昇による海岸線の移動に応じて移動する限界「線」ではなく、地球上における「座標」として海域を表示することで、海域を固定しようとする意図があると考えられる。国連海洋法条約は、領海(16条)、EEZ(75条)および大陸棚(84条)の限界線を海図に表示して寄託することを義務付けているが、海図に代えて、限界線を構成する各点の地理学的経緯度の表を寄託することも認めており、この規定を利用した措置である。さらに、太平洋諸島間での権原重複海域における海洋境界画定条約の締結も進んでいる。これは、特に条約法条約62条2項(a)に代表されるように、国際法上、国境制度には高い安定性が付与されていることを踏まえて、自国の海域の範囲を他国との条約という形で定義することで、海面上昇にかかわらず海域を維持しようとする試みであると理解される。
島嶼国は、国連総会第6委員会や国連国際法委員会(ILC)においても、こうした主張を展開しており、かかる主張は支持を集めつつある。こうした動向は、ILC海面上昇研究部会の『最終統合報告書』でも参照され、同報告書の結論に少なからぬ影響を与えた※5。
そして、2025年7月に国際司法裁判所(ICJ)は、国連総会からの諮問に対して「気候変動に関する国家の義務」についての勧告的意見を与えた。気候変動に関連する多くの国際法規範が扱われる中で、海面上昇の問題についても言及がなされた。ICJは、国連海洋法条約の関連条文、上述のPIF宣言および『最終統合報告書』に言及しながら、「国連海洋法条約の締約国は海図および地理学的経緯度表を更新する義務の下に置かれていない」との見解を示した※6。
■図 海域制度の概念図
海面上昇への対策と海洋法秩序の体系性確保の両立に向けて
上記のような海面上昇と国際法をめぐる議論の展開は、決して大きな政治力を有するわけではない一地域の実行に大きく影響されているという点で類を見ないものである。この要因として、島嶼国は海面上昇の原因である気候変動をもたらした温室効果ガスの排出にほとんど寄与していないにもかかわらず、その負の影響を真っ先に受けてしまうという現状を踏まえ、かかる影響を軽減すべきという正義の考慮が作用していると考えられる。
国際社会における切実な社会的要請に応答することは、一方では国際法に対する信頼の確保という観点からは支持されるものの、他方で決して小さくない懸念も伴う。基線を固定するというアプローチは、国連海洋法条約の解釈という形で展開されているものの、元より島嶼国が海面上昇の影響を被ることが望ましくないという政策判断が先行しているため、根拠に乏しいと言わざるをえない。さらに国連海洋法条約上、領海やEEZといった海域に対して管轄権を行使できるのは、「沿岸国(coastal State)」であり、かかる地位は、海岸線を挟んだ領土と海の隣接性に由来する(「陸は海を支配する」原則)。こうした沿岸国の管轄権が基線から行使されるのは、沿岸国という地位を根拠づける海岸線という事実(権原)の要請である。従って、基線を固定することで沿岸国管轄権の実際の行使開始地点とかかる管轄権を根拠づける権原が乖離(かいり)することとなるのであり、沿岸国管轄権や海洋法秩序の権原基底的な体系性が損なわれてしまう可能性すら提起するものである。
海面上昇という陸地が徐々に消えゆく未曾有の現象に直面して、海面上昇の負の影響の軽減と海洋法秩序の体系性の確保の両立という困難な課題が、国際法学と国際社会に課せられているのである。(了)
国際社会における切実な社会的要請に応答することは、一方では国際法に対する信頼の確保という観点からは支持されるものの、他方で決して小さくない懸念も伴う。基線を固定するというアプローチは、国連海洋法条約の解釈という形で展開されているものの、元より島嶼国が海面上昇の影響を被ることが望ましくないという政策判断が先行しているため、根拠に乏しいと言わざるをえない。さらに国連海洋法条約上、領海やEEZといった海域に対して管轄権を行使できるのは、「沿岸国(coastal State)」であり、かかる地位は、海岸線を挟んだ領土と海の隣接性に由来する(「陸は海を支配する」原則)。こうした沿岸国の管轄権が基線から行使されるのは、沿岸国という地位を根拠づける海岸線という事実(権原)の要請である。従って、基線を固定することで沿岸国管轄権の実際の行使開始地点とかかる管轄権を根拠づける権原が乖離(かいり)することとなるのであり、沿岸国管轄権や海洋法秩序の権原基底的な体系性が損なわれてしまう可能性すら提起するものである。
海面上昇という陸地が徐々に消えゆく未曾有の現象に直面して、海面上昇の負の影響の軽減と海洋法秩序の体系性の確保の両立という困難な課題が、国際法学と国際社会に課せられているのである。(了)
※1 Simon Kofe, Minister Kofe's video statement : COP26 https://youtu.be/hpPTFGwFExg?si=hD25qZ3aaz4igKP8
※2 物理的措置については、横木裕宗「海面上昇による日本の浸水予測と適応策」本誌586号(2025年1月5日) https://www.spf.org/opri/newsletter/586_2.html
※3 PIF, Declaration on Preserving Maritime Zones in the Face of Climate Change-related Sea-Level Rise (12 August 2021)
※4 AOSIS, The Alliance Of Small Island States Leaders’ Declaration (22 September 2021) [hereinafter: AOSIS Declaration (2021)]
※5 Final consolidated report of the Co-Chairs of the Study Group on sea-level rise in relation to international law, Patrícia Galvão Teles, Nilüfer Oral and Juan José Ruda Santolaria, UN A/CN.4/783 (2025).
※6 International Court of Justice, Obligations of States in respect of Climate Change, Advisory Opinion of 23 July 2025.
※7 詳細については、参照:樋口恵佳・藤井麻衣「国連海洋法条約と海面水位上昇」『海洋政策研究』16号(2022年)85-103頁。
※2 物理的措置については、横木裕宗「海面上昇による日本の浸水予測と適応策」本誌586号(2025年1月5日) https://www.spf.org/opri/newsletter/586_2.html
※3 PIF, Declaration on Preserving Maritime Zones in the Face of Climate Change-related Sea-Level Rise (12 August 2021)
※4 AOSIS, The Alliance Of Small Island States Leaders’ Declaration (22 September 2021) [hereinafter: AOSIS Declaration (2021)]
※5 Final consolidated report of the Co-Chairs of the Study Group on sea-level rise in relation to international law, Patrícia Galvão Teles, Nilüfer Oral and Juan José Ruda Santolaria, UN A/CN.4/783 (2025).
※6 International Court of Justice, Obligations of States in respect of Climate Change, Advisory Opinion of 23 July 2025.
※7 詳細については、参照:樋口恵佳・藤井麻衣「国連海洋法条約と海面水位上昇」『海洋政策研究』16号(2022年)85-103頁。
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