Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第606号(2026.06.20発行)
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消えゆく海藻の森に導かれて
KEYWORDS
磯焼け/地球温暖化/ブルーカーボン
映画監督◆長谷川友美
日本各地の沿岸で、海藻の森が静かに姿を消している。映画『ここにいる、生きている。〜消えゆく海藻の森に導かれて〜』は、磯焼けと向き合う人々を2年かけて全国で記録した作品だ。2025年1月の公開から約1年で観客数は累計1万人に迫る。学校単位で映画のハイライト版を無償提供する「うみもりバトン」で、海の未来を次の世代へ手渡したい。
海に潜ると、そこは森だった
私が初めて見た海藻の森は、熊本・水俣の海だった。太陽の光を受けてキラキラと輝く海藻の間を、小さな稚魚が縫うように泳ぐ。命の気配に満ちたその光景は、私が見たことのない「本来の海」そのものだった。光が揺れる海中で、私はただ呆然と自然が本来もっている力強さに圧倒されていた。一方で、日本の沿岸の多くではこうした森が静かに姿を消していると知った時の衝撃は、今も鮮明に残っている。素晴らしい状態を知らなければ、何を守ればいいのかさえ分からない。その想いから、ドキュメンタリー映画『ここにいる、生きている。〜消えゆく海藻の森に導かれて〜』の制作は動き出した。地球温暖化がすでに日本の人々の暮らしに大きな影響を与えていることを少しでも多くの人に伝えたいという気持ちが、2021年の着想から映画制作、そして後述する「うみもりバトン」に至る長い旅路の出発点となった。
■映画のひとコマ:海藻の森
全国を歩いて見えた、静かな砂漠化
撮影に2年、編集に1年。北海道から九州まで、全国の沿岸を訪ね歩いた。そこで突きつけられたのは、磯焼けが日本中で深刻化しているという厳しい現実だった。磯焼け自体は江戸時代から記録があり、これまでは海藻や海草の消失と回復を繰り返してきた。だが近年、回復のないまま海の砂漠化が静かに、しかし確実に進んでいる。岩肌があらわになった海底に、ウニだけが点々と居座る光景や、藻食魚に食べられ根だけが残った海藻が漂う光景は各地で共通していた。神奈川県の逗子の海岸では、地元の方々がウニの駆除に汗を流していた。九州・対馬では、海藻を食い荒らす魚を逆に資源として活かそうという挑戦が始まっていた。それぞれの地域が、それぞれのやり方で、必死に海と向き合っていた。
ブルーカーボンが拓いた道
磯焼けについての映画を撮ろうと決めた時、どの海藻が一番みんなが自分ごととして捉えられるだろうと考えた。そこで浮かんできたのが昆布だった。私たちが頻繁に口にしている食材であり、長い歴史の中で貨幣としても使われ、神事にも用いられる。日本の食文化だけでなく文化全体を支えてきた昆布。この問題をより多くの方に届けたいと考えた時、昆布がその役割を果たしてくれるだろうと考えた。そんな中、海藻研究所の新井章吾所長から紹介された、大阪に店を構える「こんぶ土居」※1の店主、土居純一さんのブログを通じて、北海道函館市・南茅部(みなみかやべ)地区の現状を知った。高品質な天然真昆布の産地でありながら、今はほとんど水揚げがないという。
コネクションのない私は、函館市と漁協に直接連絡を取った。「まずは顔を見せに来い」と言われ、初めて南茅部の地を踏んだ時の衝撃は今も忘れられない。海と山が寄り添うように共存し、どこまでも続く穏やかで平坦な海。あの美しさに、私は完全に心を奪われた。南茅部では縄文時代から脈々と人と自然の営みが現在に至るまで続いている。窓を開けると乾燥した昆布の香りが流れ込んできて、ここは特別な場所だと、すぐに感じた。
南茅部は元々、世界初の昆布養殖の事業化という先進的な取り組みを重ねてきた地域である。しかし養殖昆布で生活が安定したことが、逆に新たな挑戦を難しくした面もあるという。漁師の加我冨一さんは「献上昆布というブランドにあぐらをかいてきた結果が、今の海だ」と、自らへの悔しさをにじませながら語ってくれた。潜ればウニだらけの海。何をやっても無駄ではないか。そんな思いを抱えながらも、南茅部の人々は天然昆布を守るため、さまざまな取り組みを続けている。漁協で挨拶を済ませた後、昆布養殖の事業化に貢献した故・長谷川由雄先生(元水産庁北海道区水産研究所所長)にちなんだ通称「長谷川昆布」をいただいた時、海藻の神様がここで映画を撮れと背中を押してくれていると感じた。
撮影中にブルーカーボンという概念に出合った時、真っ先に頭に浮かんだのは南茅部の風景だった。あの広大な養殖場で育つ昆布は多くのCO₂を吸収・貯留しているのではないか。2024年、函館市大船町の漁師・高谷大喜さん(NPO法人マリンネットワーク副理事長)が牽引する形で、南茅部は国内最大級となる1,462トンのJブルークレジット認証を受けた。クレジットは種苗研究や磯焼け対策に活用される予定で、法人であれば購入が可能だ。南茅部では、海藻を増やす活動が、経済の循環の中に位置付けられ始めている。これは、これまで漁業者や地元の人たちだけが背負ってきた重荷を、社会全体で分かち合うための新しい仕組みでもある。同時に認証から2年近くが経った現在でも、譲渡されたCO₂量は400トン程度にとどまっており、制度の認知や1トンあたりの価格の高さなど、一般に広がる取り組みとなるまでには課題は残っている。
コネクションのない私は、函館市と漁協に直接連絡を取った。「まずは顔を見せに来い」と言われ、初めて南茅部の地を踏んだ時の衝撃は今も忘れられない。海と山が寄り添うように共存し、どこまでも続く穏やかで平坦な海。あの美しさに、私は完全に心を奪われた。南茅部では縄文時代から脈々と人と自然の営みが現在に至るまで続いている。窓を開けると乾燥した昆布の香りが流れ込んできて、ここは特別な場所だと、すぐに感じた。
南茅部は元々、世界初の昆布養殖の事業化という先進的な取り組みを重ねてきた地域である。しかし養殖昆布で生活が安定したことが、逆に新たな挑戦を難しくした面もあるという。漁師の加我冨一さんは「献上昆布というブランドにあぐらをかいてきた結果が、今の海だ」と、自らへの悔しさをにじませながら語ってくれた。潜ればウニだらけの海。何をやっても無駄ではないか。そんな思いを抱えながらも、南茅部の人々は天然昆布を守るため、さまざまな取り組みを続けている。漁協で挨拶を済ませた後、昆布養殖の事業化に貢献した故・長谷川由雄先生(元水産庁北海道区水産研究所所長)にちなんだ通称「長谷川昆布」をいただいた時、海藻の神様がここで映画を撮れと背中を押してくれていると感じた。
撮影中にブルーカーボンという概念に出合った時、真っ先に頭に浮かんだのは南茅部の風景だった。あの広大な養殖場で育つ昆布は多くのCO₂を吸収・貯留しているのではないか。2024年、函館市大船町の漁師・高谷大喜さん(NPO法人マリンネットワーク副理事長)が牽引する形で、南茅部は国内最大級となる1,462トンのJブルークレジット認証を受けた。クレジットは種苗研究や磯焼け対策に活用される予定で、法人であれば購入が可能だ。南茅部では、海藻を増やす活動が、経済の循環の中に位置付けられ始めている。これは、これまで漁業者や地元の人たちだけが背負ってきた重荷を、社会全体で分かち合うための新しい仕組みでもある。同時に認証から2年近くが経った現在でも、譲渡されたCO₂量は400トン程度にとどまっており、制度の認知や1トンあたりの価格の高さなど、一般に広がる取り組みとなるまでには課題は残っている。
■南茅部の天然昆布漁
うみもりバトン─次の世代へ手渡したいもの
2025年1月10日の映画公開から1年以上が経った今も、自主上映会は途切れることなく続いている。間もなく観客数は累計1万人に達する見込みだ。食育、地域の海を知る取り組み、ブルーカーボンと上映会のテーマは多様で、一般向け、親子向け、社内向けと形も広がり、上映後の対話、食とのコラボ、海に潜る活動とのコラボなど、新しいつながりが次々と生まれている。同じ志を持つ仲間は、全国に確かにいる。
私たち制作者がもう1つ力を入れているのが、「うみもりバトン」だ※2。本編から再構成した28分のハイライト版を、全国の小中高など教育機関に無償で提供する取り組みで、利用は「学校単位・学年単位」でお願いしている。映画館や上映会には関心のある大人と、その大人に連れられた子どもしかやって来ない。しかし海の問題は、全ての子どもに関わる未来の話だ。上映会に来る機会がない子どもたちにも届けたい。その強い想いが、この取り組みの根幹にある。学校という場で、同じ学年の仲間と一緒に観て、感じて、語り合う。その体験は、家庭だけでは生まれにくい広がりを持っている。一人の子どもの心に届けば、それが必ず次のバトンになると信じている。海の未来を担うのは、間違いなく今の子どもたちだからだ。この世界はまだまだとても美しい場所であること、答えのない環境問題を考え続けることを、私はきちんと次の世代に手渡したい。「うみもりバトン」という名前には、その切実な願いを込めている。
現代を生きる私たちは今、自然とどう関わっていくのかを問われている。一人では何も変えられない。けれど、海を想う仲間は全国にいる。それは今作の制作と上映を通じて心から感じたところだ。縄文時代のような暮らしに戻ることはもうできないかもしれないが、現代の私たちだからこそできる海や自然との向き合い方がきっとある。過去を生きてきた人たちの想いを引き継ぎ、少しでも良い未来を次の世代に残すことが、現在を生きる私たちの使命だからだ。(了)
私たち制作者がもう1つ力を入れているのが、「うみもりバトン」だ※2。本編から再構成した28分のハイライト版を、全国の小中高など教育機関に無償で提供する取り組みで、利用は「学校単位・学年単位」でお願いしている。映画館や上映会には関心のある大人と、その大人に連れられた子どもしかやって来ない。しかし海の問題は、全ての子どもに関わる未来の話だ。上映会に来る機会がない子どもたちにも届けたい。その強い想いが、この取り組みの根幹にある。学校という場で、同じ学年の仲間と一緒に観て、感じて、語り合う。その体験は、家庭だけでは生まれにくい広がりを持っている。一人の子どもの心に届けば、それが必ず次のバトンになると信じている。海の未来を担うのは、間違いなく今の子どもたちだからだ。この世界はまだまだとても美しい場所であること、答えのない環境問題を考え続けることを、私はきちんと次の世代に手渡したい。「うみもりバトン」という名前には、その切実な願いを込めている。
現代を生きる私たちは今、自然とどう関わっていくのかを問われている。一人では何も変えられない。けれど、海を想う仲間は全国にいる。それは今作の制作と上映を通じて心から感じたところだ。縄文時代のような暮らしに戻ることはもうできないかもしれないが、現代の私たちだからこそできる海や自然との向き合い方がきっとある。過去を生きてきた人たちの想いを引き継ぎ、少しでも良い未来を次の世代に残すことが、現在を生きる私たちの使命だからだ。(了)
※1 https://www.konbudoi.jp/
※2 自主上映会、うみもりバトンともに、映画『ここにいる、生きている。~消えゆく海藻の森に導かれて~』公式サイトで随時受付中。 https://umi-mori.com
※2 自主上映会、うみもりバトンともに、映画『ここにいる、生きている。~消えゆく海藻の森に導かれて~』公式サイトで随時受付中。 https://umi-mori.com
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