Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第606号(2026.06.20発行)
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海洋生物の再生に向けた原動力としての「海洋自然資本」
KEYWORDS
ブルーカーボン/自然を活用した解決策/気候変動緩和
アブドラ王立科学技術大学特別教授◆Carlos M. DUARTE
産業革命以降、人類活動により海洋生態系は大きく損なわれ、海洋自然資本(Blue Natural Capital)の約半分が失われたと推定されている。しかし近年、生物多様性保全と気候変動対策を統合した自然活用による解決策に注目が高まっている。特にマングローブや海藻などのブルーカーボン生息地は、気候変動の緩和と沿岸生態系の回復に同時に貢献する。ブルーカーボンは、海洋を再生可能な共有資産として捉え直し、持続可能な社会への移行を支える重要な戦略である。
海洋自然資本
世界自然保護基金(WWF)によると、私たちの世界は、自然資本の基盤となる動植物の豊かさの約3分の2を失ってしまった。自然資本とは、生態系がもたらす物質循環や調節機能を通じて、人間の健康、経済活動、文化的価値を支える基盤である。森林、湿地、海洋といった生態系は、食料や原材料の供給源であると同時に、気候の安定、水質浄化、災害緩和など、社会を根底から支える役割を果たしてきた。しかし現在、これらの機能は急速に失われつつある。海洋に目を向けると、私たちは生息地、種、個体群レベルで海洋生物の豊かさを大きく損なってきた。この損失は、海洋自然資本(Blue Natural Capital)の約50%が失われた状態に相当すると推定されている。これは、海洋が人類にもたらす多様な恩恵が、すでに半分に縮小していることを意味する。
この海洋自然資本の損失には、複数の人為的要因が関与している。初期には狩猟や集約的な漁業が大きな圧力となり、やがて森林伐採や沿岸開発、都市化が加速した。その結果、過剰な堆積物の流入による生息地改変、沿岸生態系の消失、さらには化学物質汚染や気候変動が重なり合う形で影響が拡大した。一方で、捕鯨モラトリアムやワシントン条約(CITES)などの国際的枠組みによって、一部の直接的な搾取圧は緩和されてきた。しかし、化学汚染や気候変動については十分な抑制に至っておらず、その影響はむしろ増大している。
この海洋自然資本の損失には、複数の人為的要因が関与している。初期には狩猟や集約的な漁業が大きな圧力となり、やがて森林伐採や沿岸開発、都市化が加速した。その結果、過剰な堆積物の流入による生息地改変、沿岸生態系の消失、さらには化学物質汚染や気候変動が重なり合う形で影響が拡大した。一方で、捕鯨モラトリアムやワシントン条約(CITES)などの国際的枠組みによって、一部の直接的な搾取圧は緩和されてきた。しかし、化学汚染や気候変動については十分な抑制に至っておらず、その影響はむしろ増大している。
自然を活用した解決策
こうした歴史を踏まえると、人類が海洋に与えてきた影響は、次の3段階に整理できる。すなわち、①産業革命以降、負荷が急増して海洋生物が大きく減少した段階、②1980年代以降、影響が認識され、増加を鈍化させる努力が始まった段階、そして③2020年以降、海洋生態系を積極的に再生させるという野心的な目標が掲げられている段階である。実際、一部の種や生態系では回復の兆しも観察されており、適切な対策が取られれば回復が可能であることが示されている。
1950年代の水準に近づける形で海洋生物の豊かさを回復させることは、非常に野心的ではあるが、実現不可能ではない。そのためには、30年規模にわたる粘り強い取り組みが必要であり、具体的には、①種の保護、②賢明で持続可能な漁獲管理、③海域の保護、④劣化した生息地の回復、⑤パリ協定の目標達成に向けた気候変動の緩和、⑥あらゆる形態の汚染の軽減という6つの柱が不可欠となる。数百件に及ぶ海洋保全の成功事例は、これらの取り組みが単なる理想論ではなく、実践可能であることを示している。
この考え方は、2022年に採択された「昆明・モントリオール世界生物多様性枠組み」に明確に反映された。同枠組みは、2030年までに生物多様性のさらなる損失を止め、陸域および海域の30%を保護し、劣化した生息地の30%を回復するという、極めて挑戦的な目標を掲げている。また同時に、生物多様性と気候変動対策を統合的に進める必要性を強調している。その中核に位置付けられているのが、自然を活用した解決策(Nature-based Solutions, NbS)である。NbSは、大気中に放出されたCO₂を生物圏に再固定し、炭素循環を回復させることで、脱炭素化と生態系再生を同時に達成しようとする考え方である。気候変動と生物多様性の危機は相互に深く結びついており、自然資本の再構築なくして、どちらの目標も達成は困難である。
1950年代の水準に近づける形で海洋生物の豊かさを回復させることは、非常に野心的ではあるが、実現不可能ではない。そのためには、30年規模にわたる粘り強い取り組みが必要であり、具体的には、①種の保護、②賢明で持続可能な漁獲管理、③海域の保護、④劣化した生息地の回復、⑤パリ協定の目標達成に向けた気候変動の緩和、⑥あらゆる形態の汚染の軽減という6つの柱が不可欠となる。数百件に及ぶ海洋保全の成功事例は、これらの取り組みが単なる理想論ではなく、実践可能であることを示している。
この考え方は、2022年に採択された「昆明・モントリオール世界生物多様性枠組み」に明確に反映された。同枠組みは、2030年までに生物多様性のさらなる損失を止め、陸域および海域の30%を保護し、劣化した生息地の30%を回復するという、極めて挑戦的な目標を掲げている。また同時に、生物多様性と気候変動対策を統合的に進める必要性を強調している。その中核に位置付けられているのが、自然を活用した解決策(Nature-based Solutions, NbS)である。NbSは、大気中に放出されたCO₂を生物圏に再固定し、炭素循環を回復させることで、脱炭素化と生態系再生を同時に達成しようとする考え方である。気候変動と生物多様性の危機は相互に深く結びついており、自然資本の再構築なくして、どちらの目標も達成は困難である。
ブルーカーボン戦略と海藻
この文脈で特に重要なのが、マングローブ林、海草藻場、塩性湿地、コンブ場といった沿岸の海中林(Marine Forest)である。これらは生物圏で最も強力な炭素吸収源の一つであり、単位面積当たりの炭素貯蔵量は陸上森林の10倍以上に達する場合がある。さらに、水中には火災が存在しないため、炭素は数千年にわたり安定的に貯留される。その結果、海底のわずか0.2%しか占めていないにもかかわらず、海底に埋蔵される炭素の半分以上がこれらの生息地に集中している。この特性から、これらは「ブルーカーボン生息地」と呼ばれている。
しかし、こうした生息地の約半分はすでに失われている。その損失は炭素吸収能力の低下を意味する一方で、保全と回復を進めることで、気候変動緩和に大きく貢献できる余地が残されていることも示している。この考え方を体系化したものが「ブルーカーボン戦略」であり、多くの国がこれを国家の気候政策やNDC(国が決定する貢献)に組み込み始めている。
近年は、ブルーカーボン戦略に基づくブルーカーボン・クレジットの市場も急速に拡大している。現時点では、ブルーカーボンの潜在能力のごく一部しか活用されていないが、それでも将来的には、数十億トン規模のCO₂除去が見込まれている。これらのプロジェクトは、先進国から開発途上国へ資金を循環させ、損なわれた生態系の修復と地域経済の再生を同時に実現する仕組みとして注目されている。
一方、長年見過ごされてきた重要な要素が海藻である。大型海藻林は「海洋のアマゾン」とも呼ばれ、その分布域は720万km2に及び、年間生産量は炭素量で13億トンと推定されている。海藻由来の炭素吸収量は、海草やマングローブ、塩性湿地を合わせた量を上回る。実測研究により、海藻養殖場の下の堆積物には、1ヘクタール当たり年間約2トンのCO₂相当量が固定されることが明らかになった。
日本は、Jブルークレジット制度※を通じて、海藻を国家的ブルーカーボン戦略に組み込んだ最初の国であり、国連に提出する温室効果ガスインベントリにも反映させている。海藻養殖は、炭素吸収だけでなく、海水pHの調整、酸素供給、栄養塩除去、生物多様性の向上、さらに食品・医薬・化粧品産業への原料供給など、多様な便益をもたらす。
しかし、こうした生息地の約半分はすでに失われている。その損失は炭素吸収能力の低下を意味する一方で、保全と回復を進めることで、気候変動緩和に大きく貢献できる余地が残されていることも示している。この考え方を体系化したものが「ブルーカーボン戦略」であり、多くの国がこれを国家の気候政策やNDC(国が決定する貢献)に組み込み始めている。
近年は、ブルーカーボン戦略に基づくブルーカーボン・クレジットの市場も急速に拡大している。現時点では、ブルーカーボンの潜在能力のごく一部しか活用されていないが、それでも将来的には、数十億トン規模のCO₂除去が見込まれている。これらのプロジェクトは、先進国から開発途上国へ資金を循環させ、損なわれた生態系の修復と地域経済の再生を同時に実現する仕組みとして注目されている。
一方、長年見過ごされてきた重要な要素が海藻である。大型海藻林は「海洋のアマゾン」とも呼ばれ、その分布域は720万km2に及び、年間生産量は炭素量で13億トンと推定されている。海藻由来の炭素吸収量は、海草やマングローブ、塩性湿地を合わせた量を上回る。実測研究により、海藻養殖場の下の堆積物には、1ヘクタール当たり年間約2トンのCO₂相当量が固定されることが明らかになった。
日本は、Jブルークレジット制度※を通じて、海藻を国家的ブルーカーボン戦略に組み込んだ最初の国であり、国連に提出する温室効果ガスインベントリにも反映させている。海藻養殖は、炭素吸収だけでなく、海水pHの調整、酸素供給、栄養塩除去、生物多様性の向上、さらに食品・医薬・化粧品産業への原料供給など、多様な便益をもたらす。
■筆者の2025年4月17日Japan Prize受賞講演の様子(撮影:笹川平和財団海洋政策研究所 渡邉敦)
共有資産(コモンズ)としての海洋へ
ブルーカーボン戦略は、気候変動の緩和と適応の双方に貢献し、沿岸地域に回復力を与える費用対効果の高い戦略である。また、資源を「採取」するのではなく、「保護と再生」によって収入を生み出すという点で、従来の自然利用の枠組みを大きく転換するものである。これは、「コモンズの悲劇」を乗り越え、海洋を「誰のものでもない存在」から「全ての人が投資し、恩恵を共有できる資産」へと再定義する試みと言える。
西側諸国は、人間と自然の調和を重視する日本の里海の思想から学ぶ必要がある。自然を一体的な存在として捉え、長期的な視点で関係を築く文化は、海洋自然資本を持続的に育てるための重要な示唆を含んでいる。こうした価値観を取り入れることで、海洋を再生しつつ、社会・経済・文化的な恩恵を次世代へとつなぐ道が開かれるだろう。(了)
西側諸国は、人間と自然の調和を重視する日本の里海の思想から学ぶ必要がある。自然を一体的な存在として捉え、長期的な視点で関係を築く文化は、海洋自然資本を持続的に育てるための重要な示唆を含んでいる。こうした価値観を取り入れることで、海洋を再生しつつ、社会・経済・文化的な恩恵を次世代へとつなぐ道が開かれるだろう。(了)
※ Jブルークレジット制度 https://www.blueeconomy.jp/credit/
●本稿は、英語の原文を翻案したものです。原文は、当財団英文サイトでご覧いただけます。 https://www.spf.org/en/opri/newsletter/
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