Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第601号(2026.01.20発行)

瀬戸内海から世界へ~海洋ごみ対策の羅針盤「瀬戸内オーシャンズX」~

KEYWORDS 海洋ごみ/閉鎖性海域/瀬戸内海
笹川平和財団海洋政策研究所上席研究員、前)日本財団・瀬戸内オーシャンズXプロジェクトリーダー◆塩入同

日本財団と瀬戸内4県による「瀬戸内オーシャンズX」は、日本最大級の閉鎖性海域を舞台に、実践に基づくエビデンスベースの海洋ごみ対策を展開し、知見を蓄積してきた。行政の縦割りを越え、専門技術と地域の連携により物理的・経済的・制度的課題を克服するそのプロセスは、総合的な管理が求められる海洋・沿岸域の問題に実効性ある解決策を提示し、世界の海が抱える課題解決への確かな針路を示すものと期待される。
海洋ごみ対策の潮流
海洋プラスチックごみ問題は、喫緊の世界共通課題だ。閉鎖性海域は、沿岸に大都市を抱え、とくに問題が身近な場所だ。このため外洋に比べると解決が容易に思われがちだが、実際には、そうした海域ですら広く普及可能な体系的な解決モデルの確立には至っていない。閉鎖性海域は、沿岸に大都市や産業が集積し、社会経済活動を支えてきた。その活動がごみ発生源となり、問題が表面化する場所が比較的近いのが、閉鎖性海域の特徴だ。ごみは、川や海に流出すると行政や国の境を越えるため、責任の所在が曖昧になりがちである。これが問題解決を阻む一因であり、行政・市民・企業の連携が不可欠だ。このため閉鎖性海域で実効性ある対策を地域レベルで組み立て、これを解決モデルとして実践・検証し水平展開することは、抜本的解決への効果的なアプローチだといえる。
世界を見ると、バルト海※1や地中海※2で、広大な海域を捉えた多国間プロジェクトが進む。しかしバルト海では、多国間での合意形成の困難さから数値目標がなく、モニタリング手法の開発や標準化が主要テーマだ。また地中海では、実施枠組みの確立を優先し、陸域廃棄物管理の規制効果を漂着ごみの「個数」という簡便な指標で間接評価するに留まる。実効性ある対策の遂行や、解決モデルの提示には至っていない実情である。
瀬戸内オーシャンズX
閉鎖性海域での解決モデル不在の現状を捉え、実践に基づく解決モデルを日本から提示すべく、2020年、瀬戸内海を舞台に「瀬戸内オーシャンズX」※3が発足した。日本財団会長と瀬戸内4県(岡山、広島、香川、愛媛)知事が連携協定を締結し、エビデンスに基づく実践活動で、2028年3月までに海洋ごみを減少傾向に転じさせ、成果を解決モデルとして世界に提示することを目指す。
このプロジェクトの第一の革新性は、独創的なガバナンス設計だ。海洋ごみ対策には、行政の縦割りや広域連携の担い手不在という課題があった。瀬戸内オーシャンズXは、この難題を突破するため、財源や発信力を持つ日本財団と、行政権限を持つ4県が協定を結ぶ推進協議会を発足させ、行政の枠を超え、市民や企業を巻き込んだ、柔軟なボトムアップの活動を起動させた。第二の革新性は、エビデンスベースの姿勢だ。まず定量化と評価の土台として、プロジェクト初期に、4県の280河川(総延長約1,200km)に及ぶ大規模な河川ごみ調査や、海底ごみ回収調査・研究を実施し、ごみの種類、発生源、ホットスポットを特定した。これにより瀬戸内4県の海洋ごみ収支を算出し、「回収量が年間86トン不足している」という具体的なギャップを「共通の定量目標」として可視化した(図)。この明確な数値目標こそが、全ての対策活動を推進する拠り所だ。
この「革新的な体制」と「明確な目標」を両輪に、日本財団は総額15億円以上の予算と5億円の基金を設置した。①調査研究、②企業・地域連携、③啓発・教育・行動、④政策形成の4本柱をプロジェクトの骨格とし、地域の担い手の育成やネットワーク化を加速させ、実行体制で得た実績と実践知をもって、解決モデルの構築を推進している。

■図 瀬戸内4県における海洋ごみバランスシート

4本柱に基づく戦略的実践
「年間86トン」という共通の「羅針盤」が、目標達成を阻む社会的な壁を、セクター連携で突破する戦略的アプローチを生み出した。
【実践事例1:基金による「戦略的回収」と担い手育成】年間86トンの回収目標達成に向け、基金はNPO、中高生、漁協など、ボランティアでは困難なごみに挑む地域の「担い手」を戦略的に支援する。岡山県の旭川河口部では、大量のごみが繁茂したヨシに絡まり回収困難だった。そこで地元の環境NPO団体と中高生グループが、建設会社の協力を得て大型草刈り機で水際のヨシを刈り込み、ごみを「可視化」した上で一斉清掃する手法を実践・検証した。物理的な回収困難性を専門技術と地域の連携で克服し、地域に定着する社会システムへと進化させた。地元産業界も後押しし、近隣河川へも拡大の動きが生まれた。
【実践事例2:異業種連携による「発生源」対策】回収と並行し、プロジェクトは「発生源」対策にも着手した。象徴的なのが広島県のカキ養殖用フロート対策だ。従来の発泡スチロール製フロートは3年ほどで劣化が始まり、摩耗・破損し海洋ごみ(マイクロプラスチック)発生の主要因だった。これに対し日本財団は、県漁連、漁業や建設資材メーカー等との異業種連携を構築し、寿命を2倍以上(約7.5年)に延ばした「高耐久性フロート」を開発した。背景には「海を汚す原因を自分たちの代で断ち切りたい」という漁業者の強い思いがあった。そしてICタグ個体管理システムも試験導入し、2025年秋より県内30漁協の漁業者が参加する海域での大規模実証事業が始まった。本モデルは、環境配慮が年間約5千万円の業界コスト削減につながる「経済合理性」を提示し、持続可能な産業モデルへの転換を後押ししていく。
【実践事例3:自治体における広域的な活動の芽生え】象徴的なのが、自治体の枠を超えた「大規模巡回回収モデル」だ(写真)。愛媛県宇和海や岡山・香川県境の備讃瀬戸海域など、アクセス困難な島々が点在する海域では、各市町単独での漂着ごみ回収は極めて非効率であった。そこでプロジェクトは、廃棄物処理における「発生市町責任」の原則を堅持しつつ、上陸用台船に各自治体の収集車を積載して巡回し、船上で分別・管理することで処理責任を明確化させ、運用の工夫で法的制約を乗り越え、行政区画に縛られない「広域回収の社会実装」を遂行した。この成果は、現場の実践から行政の課題への姿勢を変革する「政策形成」のモデルとしても重要な意義を持つ。
海洋ごみの問題も、国連海洋法条約に記されるとおり「相互に密接な関連を有し及び全体として検討される必要がある海洋の諸問題」であると捉えると、物理的・経済的・制度的な数々の壁を分析と実践を通じて突破し、知見を蓄積してきたこれらの取り組みは、世界の海が抱える課題解決への確かな針路を示すことになるだろう。(了)

■写真 大規模巡回回収モデル実施風景(愛媛県伊方町)

※1 ヘルシンキ条約(9カ国)バルト海海洋ごみ地域行動計画(Regional Action Plan on Marine Litter)
※2 バルセロナ条約(21カ国)地中海海洋ごみ管理地域計画(Regional Plan on Marine Litter Management in the Mediterranean)
※3 日本財団・瀬戸内オーシャンズX https://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/setouchi-oceansx

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