Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第599号(2025.11.20発行)

事務局だより

(公財)笹川平和財団海洋政策研究所主任◆藤井麻衣

事務局だより
◆本号は、海洋汚染とジオエンジニアリングをめぐる科学技術の進展、そして科学技術と共に海を守る規範づくりを立体的に描きだしました。◆まず用語を簡潔に整理すると、ジオエンジニアリング(海洋地球工学)とは、気候変動対策等の目的で海の自然過程に意図的に介入する行為の総称です。ロンドン議定書(LP)では2013年改正により規制枠組みが整えられ(未発効)、現時点では海洋肥沃化が許可審査の対象として明示されています。一方、mCDRは、そのうち「大気から二酸化炭素(CO2)を除去し、海洋に保持・隔離する」ことに主眼を置く技術群です。◆CO2を含む温室効果ガス(GHG)の人為的排出は、国際海洋法裁判所の2024年勧告的意見により、国連海洋法条約上の「海洋汚染」に該当しうると示されました。これは、人が導入する物質またはエネルギーが、直接・間接に海に入り、有害な影響を生じうる場合は汚染に当たるというUNCLOSの定義に照らし、大気に放出されたCO2が海に吸収され、温暖化・酸性化等の悪影響をもたらすためです。こうした文脈のもと、気候危機の解決策としてジオエンジニアリングやmCDRが国際交渉の場でも注目を集め、「本当に効果があるのか」「効果は持続するのか」「副作用で海洋環境を損なわないか」といった論点が活発に議論されています。◆大河内・岸本両氏は、LPにおけるジオエンジニアリングの議論を整理し、附属書に基づく評価枠組みと優先検討中の技術(海洋アルカリ化・バイオマス海洋沈降・アルベド化・海上雲増光)を紹介した上で、日本のブルーカーボンの動向を踏まえ、バイオマス海洋沈降に関する国際議論への日本の積極的関与の必要性を示唆しました。本多氏の記事では、世界で検討されている7つのmCDR手法について概要が一望できる表をご提示いただくと共に、それらの利点・制約・留意点などを俯瞰的にご説明いただきました。◆さらに征矢野氏は、医薬品という新たな汚染源を取り上げ、下水処理を経ても残存した成分が海域に到達し、微量でも魚類の行動や繁殖に影響する可能性について、具体的データと共に指摘されました。人類の健康を支える医薬品が、意図せざる形で海洋生態系に負荷を与えうるかもしれません。この指摘から目をそらすことなく、今後、さらなる研究と環境負荷の低い医薬品の開発などの対策検討を進めることが重要だと強く感じます。◆本号において筆者の皆さまが注意深く示されたように、最善の科学知見に基づいてリスクを見積もり、段階的に検証し、透明性を確保しながら社会的受容を踏まえた価値判断を重ねていくことが肝要です。その積み上げによって、海のレジリエンスを損なわずに実効ある一手を打つ、現実的な進路が見えてくるはずです。次号で600号を迎えるOcean Newsletterが、今後も筆者・読者の皆さまに支えられ、海をめぐる科学や経験に基づく確かな議論を育んでいくことを願っています。(主任 藤井麻衣)

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