Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第599号(2025.11.20発行)
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海洋の二酸化炭素吸収能力の強化技術とは
KEYWORDS
地球温暖化/溶解・生物ポンプ/mCDR
(国研)海洋研究開発機構地球環境部門上席研究員◆本多牧生
大気の約60倍の二酸化炭素(CO2)貯蔵能力をもつ海洋は、地球上のCO2濃度を調整する役割を果たしてきた。しかし、産業革命以降、自然の貯蔵力を超える量のCO2排出が続き、地球沸騰化とも呼ばれる状況を招いている。本稿では、積極的な温暖化緩和策の一つとして、もともと高い海洋のCO2吸収能力を人為的にさらに高めるための技術(mCDR)を紹介する。
海洋の二酸化炭素吸収能力
産業革命以降、大気中で増加する人為起源二酸化炭素(CO2)の増加による地球温暖化、改め地球沸騰化により地球環境が悪化し、人類を含む地球生態系を脅かしている。地球上のCO2濃度は海洋によって調整されていると言っても過言ではない。例えば、2010年代、人類活動により放出されたCO2は炭素(C)換算で年間11ギガトン(Gt-C/yr)であるが、そのうちの約25%に相当する2.5Gt-C/yrは海洋が吸収している。また産業革命までの大気のCO2蓄積量は約591Gt-Cに対し海洋は約37,100Gt-Cであり、海洋は大気の約60倍のCO2貯蔵能力がある。海洋が大気中のCO2を吸収するメカニズムに「溶解ポンプ」と「生物ポンプ」がある。前者は物理化学的に溶け込んだCO2が海水流動に伴い海洋内部へ輸送されるものである。後者は、海洋表層の有光層に生息する海洋植物(主に植物プランクトン)の光合成により吸収されたCO2が主に沈降粒子として海洋内部へ輸送されるメカニズムである(図)。
■図 全球的炭素分布・循環図。単位は、存在量:Gt-C、移動量(フラックス):Gt-C/yr。大気と海洋のプラス(+)赤字は産業革命から2010年代までの蓄積量、赤字および白字は2010年代のフラックス(IPCC AR6, 2022 https://www.ipcc.ch/assessment-report/ar6/ を基に作成)。
■表 世界で検討されている7つのmCDR
海洋の二酸化炭素吸収能力の強化技術(mCDR)
大気中CO2濃度の増加を停滞させるため脱炭素や省エネルギー対策に努め、CO2出量を減ずる、あるいは正味の排出量をゼロにする(ゼロエミッション化する)一方、大気中CO2濃度を大きく低下させるためには正味のCO2排出量をマイナスにする(ネガティブエミッション化する)ため積極的にCO2を吸収・貯留する必要がある。その量は2.7Gt-C/yr、今世紀末には5.5Gt-C/yrとされている(NASEM 2022※)。そのためCO2吸収能力の高い海洋の吸収能力を人為的にさらに高めるための技術として「mCDR(Marine Carbon Dioxide Removal)」が検討されている。mCDRとして表の7つが提案されている。
これら7つの技術には、いずれも一長一短がある。例えば⑥の海洋アルカリ度増強は潜在的CO2吸収能力、貯留期間が7つの中で最大、最長と試算されている。しかし、有害金属が付加される可能性があること、海水濁度が増加して海藻等にとっての光環境が悪化すること、陸での岩石粉の採掘と海洋への輸送のため、発電・運搬に伴いCO2排出が見込まれること、インフラ施設の整備が必要となり経費が高騰すること、などが懸念されている。
また、全てのmCDRに共通する留意事項は以下のものである。
(1)法律遵守(国連海洋法条約、ロンドン条約・議定書、生物多様性条約など)
(2)地域住民・先住民への配慮(説明責任、補償、雇用創生など)
(3)長期モニタリングと経費(mCDR効果と副産物・副反応の検証のため)
いずれにせよ、mCDRの検討が、脱炭素、省エネルギーの努力を鈍らせることがないように留意することは言うまでもない。(了)
これら7つの技術には、いずれも一長一短がある。例えば⑥の海洋アルカリ度増強は潜在的CO2吸収能力、貯留期間が7つの中で最大、最長と試算されている。しかし、有害金属が付加される可能性があること、海水濁度が増加して海藻等にとっての光環境が悪化すること、陸での岩石粉の採掘と海洋への輸送のため、発電・運搬に伴いCO2排出が見込まれること、インフラ施設の整備が必要となり経費が高騰すること、などが懸念されている。
また、全てのmCDRに共通する留意事項は以下のものである。
(1)法律遵守(国連海洋法条約、ロンドン条約・議定書、生物多様性条約など)
(2)地域住民・先住民への配慮(説明責任、補償、雇用創生など)
(3)長期モニタリングと経費(mCDR効果と副産物・副反応の検証のため)
いずれにせよ、mCDRの検討が、脱炭素、省エネルギーの努力を鈍らせることがないように留意することは言うまでもない。(了)
●mCDRについて、より詳細を知りたい諸氏は以下の文献を参照されたい。本多牧生(2025)(解説)海洋への二酸化炭素除去(mCDR)に関する実現可能性調査─全米科学・工学・医学アカデミー(NASEM)報告書※の要点─. 海の研究 34, 1-36. https://www.jamstec.go.jp/rigc/ress/hondam/pdf/mCDR.pdf
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