Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第599号(2025.11.20発行)
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ロンドン議定書における海洋地球工学に関する議論
KEYWORDS
海洋環境の保護/二酸化炭素の越境移動(輸出)/ブルーカーボン
日本エヌ・ユー・エス(株)環境事業本部環境調和ユニット◆大河内優美、日本エヌ・ユー・エス(株)シニアアドバイザー◆岸本幸雄
ロンドン議定書は廃棄物の海洋投棄を原則禁止しつつ、例外的に二酸化炭素(CO2)など特定の廃棄物については許可の下で投棄を認める国際条約である。本稿では、CO2の海底下地層への貯留および海洋地球工学(ジオエンジニアリング)に関する改正内容や近年の議論の状況について紹介する。また、これらの分野における今後の課題についても述べる。
ロンドン議定書の概要
ロンドン議定書※1(1996年採択、2006年3月発効)は、1972年に採択され1975年に発効した通称ロンドン条約※2を強化し、廃棄物等の海洋投棄による海洋汚染を防ぐことを主たる目的とした国際条約である。現時点(2025年9月)で、56カ国が同議定書を締結しており、わが国は2007年に締結した。ロンドン議定書の特徴は、廃棄物等の海洋投棄を原則禁止しつつも、例外的に投棄を「検討できる」廃棄物等を附属書1に掲載している点にある。附属書1に掲載された廃棄物等の海洋投棄については、附属書2の評価枠組みに従って海洋投棄が適当と認められる場合のみ、責任ある行政当局が投棄許可を発行する制度が設けられている。附属書1には二酸化炭素(ただし、海底下地層への貯留に限る)を含む7品目※3が掲載されている。
なお、元となるロンドン条約も廃棄物等の海洋投棄から海洋環境を保護するための条約であるが、ロンドン議定書のように海洋投棄を原則禁止するのではなく、投棄不可の廃棄物や許可が必要な廃棄物を附属書に掲載する方式であった(掲載されていないものは海洋投棄が可能であった)。現時点では両者は独立して有効であり、ロンドン議定書締約国には議定書が、ロンドン条約締約国(議定書は締結していない国)には条約が適用される。
ロンドン議定書はこれまでに4回の改正が行われている。以下に、二酸化炭素の海底下地層への貯留と海洋地球工学に関する改正内容と議論の状況について報告する。
なお、元となるロンドン条約も廃棄物等の海洋投棄から海洋環境を保護するための条約であるが、ロンドン議定書のように海洋投棄を原則禁止するのではなく、投棄不可の廃棄物や許可が必要な廃棄物を附属書に掲載する方式であった(掲載されていないものは海洋投棄が可能であった)。現時点では両者は独立して有効であり、ロンドン議定書締約国には議定書が、ロンドン条約締約国(議定書は締結していない国)には条約が適用される。
ロンドン議定書はこれまでに4回の改正が行われている。以下に、二酸化炭素の海底下地層への貯留と海洋地球工学に関する改正内容と議論の状況について報告する。
二酸化炭素の海底下地層への貯留
ロンドン議定書では、発効直後の2006年に附属書1を改正し、海底下地層への二酸化炭素貯留が可能となった。この背景には、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発行した特別報告書(2005)などを受けて、国際的に二酸化炭素回収・地中貯留(CCS)への関心が高まったことがあった。また、2009年には海底下地層への貯留のための二酸化炭素の越境移動(輸出)を解禁する改正が行われた※4。しかし、現時点までに本改正を受諾した締約国は14カ国であり、未発効の状態が続いている(発効には締約国の3分の2以上の受諾が必要)。ただし、2019年に採択された暫定的適用に関する決議により、2009年改正の暫定的適用に関する宣言を寄託した締約国は、輸出国と受入国の間で合意(agreement)または取り決め(arrangement)を交わしていれば、二酸化炭素の輸出が可能となった。この合意または取り決めには、ロンドン議定書およびその他の国際法の規定に従って、輸出国と受入国の間で許可責任や配分について含める必要がある他、ロンドン議定書の非締約国への輸出の場合、本議定書と同等の規定を含める必要がある。
わが国においては、2009年改正の受諾について2024年5月に国会により承認され、輸出貿易管理令の改正により国内措置を講ずることとなった。また、ロンドン議定書非締約国を含むアジア大洋州への輸出が検討されており、今後は暫定的適用の宣言、関係国間での責任分担の方法の検討などが実務的課題となっている。
わが国においては、2009年改正の受諾について2024年5月に国会により承認され、輸出貿易管理令の改正により国内措置を講ずることとなった。また、ロンドン議定書非締約国を含むアジア大洋州への輸出が検討されており、今後は暫定的適用の宣言、関係国間での責任分担の方法の検討などが実務的課題となっている。
■図 ロンドン議定書の構造
海洋地球工学
ロンドン条約およびロンドン議定書において地球温暖化対策としての海洋地球工学に関する関心が高まり始めたのは2007年頃である。2007年の締約国会議では、鉄散布による海洋肥沃化は二酸化炭素を削減する手法として注目を集めている一方、その効果や環境への影響に関する科学的知見は不十分であることから、慎重な評価が必要であるとする声明が公表された。その後、2013年には、海洋地球工学活動を規制するためロンドン議定書を改正する決議が採択された。この改正により、正当な科学研究を構成すると評価された場合にのみ、活動の許可を検討できる制度が導入されている。ただし、現時点で2013年改正の受諾国は9カ国であり、2009年改正と同様に未発効である。
海洋地球工学とは、「人為的な気候変動および/またはその影響に対抗するためを含む、自然のプロセスを操作するために海洋環境に意図的に介入することであって、有害な影響をもたらす可能性があるもの、特にその影響が広範に及び、長期にわたり、または重大なものを意味する」と定義されている。現時点では、許可を検討できる対象として附属書5に掲載されているのは海洋肥沃化のみであるが、これ以外に附属書5に今後掲載される可能性がある新たな技術として、国連が組織する機関GESAMP※5の提案に基づいて、海洋アルカリ化、炭素貯留のためのバイオマスの海洋沈降、アルベド化※6、海上の雲の増光が優先的に議論されている。これらの技術については、ロンドン議定書の適否に関する法的な検討の他、定義および評価枠組みの作成が進められている。このうち、バイオマスの海洋沈降は、バイオマスを深海に沈めて二酸化炭素を除去する技術であり、バイオマスには、例えば養殖された大型海藻等が考えられている。そのためブルーカーボン事業とも強く関係すると考えられるので、今後の進展に注目する必要がある。
わが国では、2025年2月に閣議決定された地球温暖化対策計画※7においても沖合のブルーカーボンに関する検討を進めることが盛り込まれており、2050年ネット・ゼロの達成のための重要な取り組みと言える。ロンドン議定書をはじめとした国際的な場で合意を形成していくためには、わが国はブルーカーボンの効果や確実性を合理的に説明するための研究開発に資するべく、バイオマスの海洋沈降に係る議論に積極的に参加することが望ましい。また、ロンドン議定書の評価枠組みに沿った海洋実験等を実施して国際的に有益な研究成果を生み出し、その成果を世界に向けて積極的に公表していくことが重要であろう。(了)
海洋地球工学とは、「人為的な気候変動および/またはその影響に対抗するためを含む、自然のプロセスを操作するために海洋環境に意図的に介入することであって、有害な影響をもたらす可能性があるもの、特にその影響が広範に及び、長期にわたり、または重大なものを意味する」と定義されている。現時点では、許可を検討できる対象として附属書5に掲載されているのは海洋肥沃化のみであるが、これ以外に附属書5に今後掲載される可能性がある新たな技術として、国連が組織する機関GESAMP※5の提案に基づいて、海洋アルカリ化、炭素貯留のためのバイオマスの海洋沈降、アルベド化※6、海上の雲の増光が優先的に議論されている。これらの技術については、ロンドン議定書の適否に関する法的な検討の他、定義および評価枠組みの作成が進められている。このうち、バイオマスの海洋沈降は、バイオマスを深海に沈めて二酸化炭素を除去する技術であり、バイオマスには、例えば養殖された大型海藻等が考えられている。そのためブルーカーボン事業とも強く関係すると考えられるので、今後の進展に注目する必要がある。
わが国では、2025年2月に閣議決定された地球温暖化対策計画※7においても沖合のブルーカーボンに関する検討を進めることが盛り込まれており、2050年ネット・ゼロの達成のための重要な取り組みと言える。ロンドン議定書をはじめとした国際的な場で合意を形成していくためには、わが国はブルーカーボンの効果や確実性を合理的に説明するための研究開発に資するべく、バイオマスの海洋沈降に係る議論に積極的に参加することが望ましい。また、ロンドン議定書の評価枠組みに沿った海洋実験等を実施して国際的に有益な研究成果を生み出し、その成果を世界に向けて積極的に公表していくことが重要であろう。(了)
※1 1972年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約の1996年の議定書
※2 1972年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約
※3 2022年の改正により、附属書1から下水汚泥が削除され、現在は7品目(しゅんせつ物、魚類残さ等、船舶その他の人工海洋構築物、不活性な地質学的無機物質、天然に由来する有機物質、粗⼤ごみ(島嶼国限定)、二酸化炭素(海底下地層への貯留限定))が列挙されている。
※4 それまでは海洋投棄のための全ての廃棄物等の越境移動が禁止されていた。
※5 Joint Group of Experts on the Scientific Aspects on Marine Environment Protection
参照:關水康司著「GESAMPとGMA」本誌72号(2003.08.05) https://www.spf.org/opri/newsletter/72_1.html
※6 例えば海洋に反射性の物質等を導入して、海洋による太陽光の反射率を増加させる技術。
※7 地球温暖化対策計画(令和7年2月18日閣議決定) https://www.env.go.jp/earth/ondanka/keikaku/250218.html
※2 1972年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約
※3 2022年の改正により、附属書1から下水汚泥が削除され、現在は7品目(しゅんせつ物、魚類残さ等、船舶その他の人工海洋構築物、不活性な地質学的無機物質、天然に由来する有機物質、粗⼤ごみ(島嶼国限定)、二酸化炭素(海底下地層への貯留限定))が列挙されている。
※4 それまでは海洋投棄のための全ての廃棄物等の越境移動が禁止されていた。
※5 Joint Group of Experts on the Scientific Aspects on Marine Environment Protection
参照:關水康司著「GESAMPとGMA」本誌72号(2003.08.05) https://www.spf.org/opri/newsletter/72_1.html
※6 例えば海洋に反射性の物質等を導入して、海洋による太陽光の反射率を増加させる技術。
※7 地球温暖化対策計画(令和7年2月18日閣議決定) https://www.env.go.jp/earth/ondanka/keikaku/250218.html
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