Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第594号(2025.06.20発行)
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水素燃料電池船の開発と社会実装
KEYWORDS
ゼロエミッション船/カーボンニュートラル/純水素燃料電池旅客船「まほろば」
東京海洋大学学術研究院特任教授◆大出剛
カーボンニュートラル社会の実現に向け、海事分野でもゼロエミッション船の社会実装の加速化が求められている。2025年4月より大阪・関西万博で商業運航を開始した純水素燃料電池船「まほろば」とそのエネルギー供給システムは、国内初の社会実装である。水素燃料電池船は大型化や航続距離には課題があるが、水上バスなど近距離を運航する都市交通機関といった用途に適しており、製品や設備としての認証や検査といった分野についても普及に向けた取り組みが進むことを期待したい。
船舶におけるカーボンニュートラル
海事分野のカーボンニュートラルの実現には、化石燃料の代替としてアンモニア・水素等を燃料とするゼロエミッション船の普及が不可欠である。その実現に向けた国土交通省のロードマップでは、船舶用エンジンとして短〜中距離用には水素、長距離用にはアンモニアを位置づける。水素利用では小型近距離には水素燃料電池船、大型遠距離にはディーゼル代替の水素ガス燃料船がある。2050年のカーボンニュートラル達成に向けこれらの社会実装の加速化が求められている。水素燃料電池船の取り組みとしては、2025年4月より大阪万博で商業運航を開始した純水素燃料電池船「まほろば」とそのエネルギー供給システムが国内初の社会実装である。
水素燃料電池船の社会実装に向けて
東京海洋大学ではフルバッテリー実験船「らいちょうN」に2016年より燃料電池を搭載し、研究開発を進めてきた。2019年に岩谷産業(株)と東京海洋大学にて水素燃料電池船の建造計画が始まり、2021年には(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業/燃料電池の多用途活用実現技術開発」において採択されたテーマ「商用運航の実現を可能とする水素燃料電池船とエネルギー供給システムの開発・実証」の下で、水素燃料電池船の実証運航を行い、経済性が成立する商用運航の実現を目指している。実施事業者は岩谷産業(株)、関西電力(株)、(株)名村造船所、東京海洋大学である。
安全ガイドラインと船舶検査
安全に水素燃料を取り扱い、火災や爆発を生じさせないため「水素燃料電池船安全ガイドライン」(国土交通省)が定められている。同ガイドラインは、水素燃料電池船のうち(1)電源は燃料電池と蓄電池の組み合わせ、(2)固体高分子形燃料電池を使用、(3)船への移動式水素ステーションまたは可搬式水素ボンベによる水素供給(液化水素は適用外)、(4)燃料タンクの設計圧力は70MPa 以下、(5)水素は圧縮ガスとして用い、酸素は空気中から取る、といった条件で使われる船舶に適用され、水素燃料電池船の安全な設計、構造、運用に必要な技術的基準を定めている。
これらの規定を満たし船舶検査証書を取得した船舶は3隻しかなく、純水素燃料電池船は東京海洋大学の実験船「らいちょうN」と大阪万博で運航する岩谷産業の旅客船「まほろば」の2隻のみである。「らいちょうN」は水素燃料電池とリチウムイオン2次電池だけで運航できるハイブリット制御による純燃料電池船として、日本初の船舶検査証書の交付を受け、純水素燃料電池船が建造・運航できることを国内で最初に示した。この成果は「まほろば」の建造・運航に反映している。
これらの規定を満たし船舶検査証書を取得した船舶は3隻しかなく、純水素燃料電池船は東京海洋大学の実験船「らいちょうN」と大阪万博で運航する岩谷産業の旅客船「まほろば」の2隻のみである。「らいちょうN」は水素燃料電池とリチウムイオン2次電池だけで運航できるハイブリット制御による純燃料電池船として、日本初の船舶検査証書の交付を受け、純水素燃料電池船が建造・運航できることを国内で最初に示した。この成果は「まほろば」の建造・運航に反映している。
純水素燃料電池旅客船「まほろば」
大阪万博で商業運航を開始した「まほろば」は総トン数177トン、旅客定員150名の双胴船で、動力は水素燃料電池とリチウムイオン2次電池を併用する。最大航続距離は約150 kmで、水素とリチウムイオン電池から合計約3,100kWhのエネルギーを得て航行する。
これはトヨタの燃料電池車「ミライ」28台分の水素量、日産EV車「リーフ」25台分のリチウムイオン2次電池容量に相当する。ただし、燃料となる水素や電気の作られる過程も含めて環境影響を評価する「ライフサイクルアセスメント(LCA)」の観点からは、Tank(燃料タンク) to Wake(航跡波)だけでなくWell(井戸) to Tank(燃料タンク)すなわち製造工程においても環境負荷が低減しなければ、ゼロエミッション達成とは言えない。
「まほろば」のシステムは大きく4つに分けられる。船を動かすための電気推進システム、電気エネルギーを作る燃料電池発電システム、安全に航行するための航海システム、そして船内の照明や空調などを動かすシップサービスシステムである。これらのシステムが互いに連携して、効率的かつ安全に船を運航している(図1システムブロック図参照)。
これはトヨタの燃料電池車「ミライ」28台分の水素量、日産EV車「リーフ」25台分のリチウムイオン2次電池容量に相当する。ただし、燃料となる水素や電気の作られる過程も含めて環境影響を評価する「ライフサイクルアセスメント(LCA)」の観点からは、Tank(燃料タンク) to Wake(航跡波)だけでなくWell(井戸) to Tank(燃料タンク)すなわち製造工程においても環境負荷が低減しなければ、ゼロエミッション達成とは言えない。
「まほろば」のシステムは大きく4つに分けられる。船を動かすための電気推進システム、電気エネルギーを作る燃料電池発電システム、安全に航行するための航海システム、そして船内の照明や空調などを動かすシップサービスシステムである。これらのシステムが互いに連携して、効率的かつ安全に船を運航している(図1システムブロック図参照)。

■図1 水素燃料電旅客船「まほろば」の外観図とシステムブロック図

水素燃料のバンカリング
船舶に燃料を供給することをバンカリングと呼び、船内のリチウムイオン2次電池に充電するのも水素を船内タンクに充填するのもバンカリングである。水素バンカリングは水素燃料電池船の普及に向けて最も大きな課題である。現在水素を船に直接充填するための法規則はまだないが、一般的な水素ステーションとは異なる対応が必要となろう。技術面では海水による塩害、腐食、錆、船舶の揺れによる設備への負荷などを考慮しなければならず、緊急離脱用カプラの取り付けなども必要である。現在、大阪の関西電力(株)南港発電所内にバンカリング施設が完成している。水素のみでなく充電も同時にできる施設である。

■図2 バンカリングシステム
水素燃料電池船の普及に向けて
水素燃料電池船は振動・騒音・油の臭いがない、環境負荷が低いなどの利点があるが、使用する燃料のエネルギー密度が低く、大型化や航続距離には課題がある。船舶はその用途次第でさまざまな船種や推進システムで建造・運用される。水素燃料電池船は、水上バスなど近距離を運航する都市交通機関といった用途からの普及が適していると考えられる。そのためには水素燃料電池ユニット、水素燃料タンク、電池システム、電力変換器といった既に陸上で使われている製品や新技術を船舶の設備として認証する取り組みが重要になる。さらに、水素燃料電池船は電動機、電力変換器、リチウムイオン2次電池や燃料電池など一定期間保守点検が不要である製品や部品で構成されているためメンテナンスフリーで運用にもやさしい。水素燃料電池船については「水素燃料電池船安全ガイドライン」に沿った検査に適合するための手法が確立すれば多くの造船所で船の建造ができ、船主は安全に運航が可能となる。また、こうした船舶はほとんどの機器が電化されていることから、メンテナンスフリーのみならず自動計測によるモニタリングが容易であり、状態判断がしやすく陸上支援が可能になる。このような高度船舶安全管理システムが構築できれば、陸上で機関士が数隻の船舶を監視・管理でき、深刻な内航船機関士不足にも貢献できると期待している。(了)
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