Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第593号(2025.05.20発行)
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事務局だより
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所研究員◆田中広太郎
◆2025年4月に韓国・釜山で開催された10th Our Ocean Conferenceでは、これまでの海洋保護区や気候変動という6つのテーマに加え、新たなテーマが追加された。「Digital Oceans」─デジタル技術の導入による海洋課題の解決を目指し、優良事例の共有や国際協力への議論を進めようというものである。海洋デジタル化に対する気運の高まりも踏まえ、本号では海洋のデジタル化、特に海洋観測を通したデータの収集と、その有機的な利用に注目した記事3本を取り上げた。◆(一財)日本水路協会の加藤茂氏からは、日本全国の浅海域を測量する「海の地図PROJECT」の紹介とともに、能登半島地震前後の観測データにより地形変化の状況が詳細に把握できたことが述べられた。大地震のような突発的な事象の影響調査、そして新たな藻場の把握や座礁防止、復旧工事といった具体的な対策実施のためには、そのベースライン・比較対象となる地道なデータの蓄積が必要不可欠である。復興に向けたデータ収集と分析の努力に対して感謝申し上げたい。◆いであ(株)の落合健氏は、海の天気予報あるいは海洋の可視化に係る日本の取り組みについて、歴史と現状、そして今後の進展に向けた展望を整理する。海洋情報の真値を提供する海洋調査件数が減少傾向にあることへの警鐘と同時に、その解決策の一つとして無人機の有効利用に対する期待が高まっている。◆古野電気(株)の永田靖徳氏からは、舶用機器を基盤として海のDX(Digital Transformation)を進める“Ocean 5.0”コンセプトが共有された。古野電気(株)に受け継がれる「現場種技(げんばしゅぎ)」のDNAが最新のデジタル技術を通して翻訳され、資源のリモートモニタリングやAI予測といった具体的な解決策として発現していくことが期待される。◆科学者チャールズ・デービッド・キーリングは、ハワイ島での継続的な観測を基に地球大気中のCO2濃度の蓄積を示すキーリング曲線を発表し、世界の注目を集めた。昨年同氏のご子息ラルフ・キーリング氏の講演を聞く機会があったが、強調されていたのは長期・継続的な大気・海洋観測を担保するための資金メカニズムの危機であった。数年間のサイクルでの一般的な研究助成からは、短期的な成果の創出が難しい長期海洋観測に対する資金提供がなされづらい。さらに、投資家が期待するような金銭的価値に換算した海洋観測のコストベネフィット算出は、バリューチェーンの複雑さも相まって簡単な仕事ではない。いくらデジタル化が進もうと、むしろデジタル化が進んでデータの重要性が高まるほど、継続的な現地観測が重要な意義をもつことは本号の著者たちが述べる通りである。海洋科学に対する予算削減が続くなか、各国政府の長期的なコミットメント創出、さらには産業界を巻き込むためのデータ共有推進やビジネスモデル創出など、これまで以上に業種の垣根を越えた連携が求められる。(研究員 田中広太郎)
第593号(2025.05.20発行)のその他の記事
- 海の地図PROJECT─能登の復興に向けて (一財)日本水路協会理事長◆加藤茂
- 海洋可視化の現状と課題 いであ(株)上席研究員◆落合健
- 海のDXとその先へ 古野電気(株)経営企画部部次長◆永田靖徳
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