Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第592号(2025.04.20発行)

「海釣りGO」が切り拓く海業の未来

KEYWORDS 漁港/官民連携/DX
静岡県西伊豆町役場産業振興課農林水産係係長◆松浦城太郎

「海釣りGO」は、漁協・(株)ウミゴー・行政が連携し、漁港を適正管理しながら釣り人と地域経済をつなぐデジタルプラットフォームである。
事前予約制と利用料徴収により、漁港の管理、環境保全、地域振興を実現し、水産庁が提唱する「海業の推進」にも貢献している。
導入後は漁業者と釣り人の摩擦が減少し、経済波及効果も向上した。今後は他地域への展開を視野に、持続可能な漁港運営と釣り文化の発展を目指す。
「海釣りGO」とは
「海釣りGO」とは、専用予約アプリを使って漁港を有料の釣り場化する取り組みで、釣り人と地域の漁業者、そして漁業資源の共存共栄を目指す海業推進のためのデジタルプラットフォームです(図1)。静岡県西伊豆町では漁業協同組合と民間事業者、西伊豆町役場がタッグを組み、釣り場の適正利用やマナー向上、漁業との共存を推進し、地域経済の活性化にも寄与することを目的として、釣り人の誘致に力を入れています。
このアプリの開発は、西伊豆町の漁港が抱える複数の課題を背景に生まれました。西伊豆の漁港は人気の釣り場として知られ、多くの釣り人が訪れますが、近年、無秩序な釣りやマナーの低下、不法投棄、駐車トラブルが深刻化していました。漁港周辺のゴミ問題や、釣り人と地元住民・漁業関係者とのトラブルが増加し、地域にとって釣り人の存在が必ずしも歓迎されない状況が生まれていたのです。また、西伊豆町では観光資源の一つとして釣りを活用したいと考えていましたが、これまで釣り人からの経済的な還元が十分に地域に届いていませんでした。釣り具やエサは持ち込みが多く、宿泊や飲食への貢献も限定的だったため、釣り人の訪問が直接的な地域振興につながりにくいという課題がありました。そんな中、2022年7月に田子漁港で漁業者と釣り人の間に大きなトラブルが起こってしまいました。これにより田子漁港は釣り禁止となり、釣り人が少なからずもたらしていた経済効果も失ってしまうこととなりました。
そこで、伊豆漁業協同組合田子支所、(株)ウミゴー、西伊豆町役場の三者はデジタル技術を活用し、釣り人と地域の橋渡しをするアプリ「海釣りGO」の開発に乗り出しました。このアプリは、利用予約とともに釣り場である漁港施設の利用料を徴収することができます。その収入は漁業協同組合により環境整備や地元漁業者への支援に充てる仕組みとなっています(西伊豆町の場合は、釣り場:300円/時間、駐車場:100円/時間、町民および小学生以下無料)。さらに、地元の飲食店や宿泊施設などの情報を周知し、釣り人が地域経済に貢献しやすい仕組みを整備することで、持続可能な観光モデルを確立しようとしています。このような経緯を経て、西伊豆町では漁港管理条例を改正し、2023年8月から田子漁港における試験運用が開始されました。
■図1 海釣りGOタイトル画像 https://umigo.co.jp/

■図1 海釣りGOタイトル画像 https://umigo.co.jp/

「海業」の推進と環境保全
「海業」とは、漁港を中心に観光、地域資源の活用を組み合わせ、海と共生しながら地域経済を発展させる取り組みです。「海釣りGO」は釣り場の予約だけではなく、公式ホームページにて釣り人に地元の飲食店や宿泊施設などの観光情報を届けることで、釣り以外の購買意欲を高め、地域への経済波及効果を生んでおり、漁港を中心とした賑わい作りに一役買っています。地元の漁業協同組合が中心となり、釣りや観光資源としての漁協の活用を促すことで、漁業協同組合の新たな収入源を生み出しているだけでなく、釣り人を漁港周辺へ送客する機能を担う「海釣りGO」は、まさに「海業」の理念を実践する王道ツールの一つといえます。
また、環境保全活動の一環として、巡視員による釣り場清掃やゴミの持ち帰り指導や、小さな魚や資源量の少ない魚種のリリース奨励だけでなく、ウツボ、ブダイ、アイゴなどの食害魚に悩まされる漁業者の負担を軽減するため、西伊豆堂ヶ島産地直売所「はんばた市場」と連携し「食害魚ハンティング」(図2)などが実施されており、釣り人自身が環境保全に貢献する意識を高め、より健全な釣り文化の育成に寄与しています。
さらに、「海釣りGO」は、釣り人が適切なサイズや種類の魚を持ち帰るように促す仕組みを作っており、釣り場ルール同様にアプリ内で誓約した上で予約画面に進むというプロセスを採用しています。これにより、地域の漁業資源の乱獲防止にもつながっており、持続的な資源利用を目指しています。
■図2 食害魚を電子地域通貨「サンセットコイン」で買い取る取り組み

■図2 食害魚を電子地域通貨「サンセットコイン」で買い取る取り組み

漁港と釣り人の共存
「海釣りGO」が導入されてから、釣り場の適正利用が進み、これまでは厄介者扱いを受けていた釣り人と、漁業者および地元住民との関係も改善されました。入り口となるアプリ上で釣り場ルールを周知し、誓約した上で予約に進むことに加え、現場で巡視員がそのルールを徹底させることで、漁業者や地元住民が不快な思いをするケースが激減したことが大きな要因といえます。それに加え、利用者はアプリを通じて釣り場の予約状況を確認できるため、人気釣り場にありがちな利用者同士の不要な衝突は無くなり、安心安全な釣りが楽しめるようになりました(図3)。
また、釣り人が支払う釣り場利用料はアプリ使用料、巡視員の人件費などの運営経費を除く全てが漁業協同組合の収入になり、漁港の清掃や設備維持などに還元されています。これにより、漁港施設や釣り環境の充実が図られ、漁業者や地元住民からも釣り人を歓迎する雰囲気が生まれつつあります。これは、釣り人と漁港が共存できることを示唆しており、多くの漁港が抱える釣り人トラブルを解決できる可能性を秘めています。
■図3 大人から子まで安心して楽しめる(公式Xから)

■図3 大人から子まで安心して楽しめる(公式Xから)

「海釣りGO」導入後の変化と今後の展望

「海釣りGO」の導入により、漁港の管理負担が軽減されただけでなく、地域経済の循環も生まれ始めました。また、釣り人と漁港の関係が良好になること、一定の利用料が漁業協同組合に入ることなどが証明できたことで、2024年4月からは田子漁港における本格運用がスタートしました。それを受け町内では同年8月に仁科漁港での運用、また、安良里(あらり)漁港への導入検討が始まり、さらには周辺地域の漁港や港湾でも導入しようとする動きが広がっています。「海釣りGO」は、単なる釣り人向けアプリではなく、地域と釣り人がともに繁栄するための新しいモデルケースとなりつつあります。導入に際して、漁業者の同意や、行政との調整などの課題はありますが、今後、西伊豆町が「海釣りGO」の他地域への導入支援を行い、持続可能な漁港運営の実現、日本全国の釣り文化の発展に貢献していくことこそ、先駆者の責任であると考えます。(了)

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