Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第578号(2024.09.05発行)
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日本の海のレジャー的利用をめぐる管理・調整
KEYWORDS
海洋レジャー/漁業/制度
東京海洋大学学術研究院准教授◆原田幸子
海洋レジャーの利用が増加し、海面利用をめぐって各地で漁業と海洋レジャーの衝突が起こっていたが、近年は対立を越えて、調和、共存、共栄が図られるようになってきた。
海洋レジャーを規制するような法律がない中で、地域の実情に応じて、未然にトラブルや事故を防ぐ仕組みが各地で作られている。
海洋レジャーを規制するような法律がない中で、地域の実情に応じて、未然にトラブルや事故を防ぐ仕組みが各地で作られている。
海面利用をめぐる制度的限界
わが国の海のレジャー的利用は高度経済成長期以降、増加傾向で推移してきたが、近年、量的拡大は落ち着き、質的向上にシフトしている。例えば、釣りやスキューバダイビングといった海洋レジャーには、いくつものメニューや価格帯が用意され、顧客のニーズを満たしている。また、レジャーの種類も増え、SUP(Stand Up Paddleboard)やパラセーリング、ウェイクボードのような新たな海洋レジャーが数多く登場している。
一方で海面利用をめぐる制度については十分に整備されているとは言えず、海の利用をめぐるトラブルは後を絶たない。とくに活動エリアが漁業の操業域と重なるダイビングや遊漁などは、漁具の破損や漁船の航行妨害、不法係留や密漁などが問題となって、かつては漁業サイドと深刻な対立関係にあった。こうした状況を受けて、1989年に出版された浜本幸生著『いま海の利用を問う マリンレジャーと漁業権』((株)水産社)では、「第2章 マリンレジャー時代の海面利用」において拡大するリゾート開発やマリンレジャーと漁業との調整を取り上げている。そのなかで浜本は、魚を採らない(魚を撮影する)水面利用は漁業の関連法規では規制することができず、こうした水面利用行為は地方自治体の条例や河川法の規則による規制になることを説明している。ヨットやモーターボートの条例の事例を挙げ、漁業とマリンレジャーのトラブルが増加する中で、リゾート開発によって増えていくであろう一般国民の水面利用行為(ヨット、遊泳、ダイビングなど)に対して、法的に対応する道があることを理解して、必要とあらば条例のような法的措置をとるべきであると提案している。
一方で海面利用をめぐる制度については十分に整備されているとは言えず、海の利用をめぐるトラブルは後を絶たない。とくに活動エリアが漁業の操業域と重なるダイビングや遊漁などは、漁具の破損や漁船の航行妨害、不法係留や密漁などが問題となって、かつては漁業サイドと深刻な対立関係にあった。こうした状況を受けて、1989年に出版された浜本幸生著『いま海の利用を問う マリンレジャーと漁業権』((株)水産社)では、「第2章 マリンレジャー時代の海面利用」において拡大するリゾート開発やマリンレジャーと漁業との調整を取り上げている。そのなかで浜本は、魚を採らない(魚を撮影する)水面利用は漁業の関連法規では規制することができず、こうした水面利用行為は地方自治体の条例や河川法の規則による規制になることを説明している。ヨットやモーターボートの条例の事例を挙げ、漁業とマリンレジャーのトラブルが増加する中で、リゾート開発によって増えていくであろう一般国民の水面利用行為(ヨット、遊泳、ダイビングなど)に対して、法的に対応する道があることを理解して、必要とあらば条例のような法的措置をとるべきであると提案している。

『海のレジャー的利用と管理─日本と中国の実践─』
婁小波/中原尚知/原田幸子/高翔 編著 2024、東海教育研究所
https://www.spf.org/opri/publication/book/ISBN978-4924523432.html
婁小波/中原尚知/原田幸子/高翔 編著 2024、東海教育研究所
https://www.spf.org/opri/publication/book/ISBN978-4924523432.html
漁業と海洋レジャーの利用調整の変遷
では、その後、海洋レジャーの利用をめぐる状況はどうなったかというと、海洋レジャーを網羅的に規制するような法律は整備されておらず、制度的な状況は大きく変わっていない。しかし、漁業を取り巻く状況は変化しており、そのなかで、海洋レジャーに対する漁業サイドの対応も変化してきた。今回、筆者も編著者として携わった書籍『海のレジャー的利用と管理―日本と中国の実践―』(2024、東海教育研究所)の中で、日高 健(第3章 遊漁船業の展開と利用調整)は遊漁と漁業の関係を取り上げ、その変化を説明している。1980年代以前は遊漁と漁業の摩擦を解決する調整、1990年代は遊漁と漁業の共存を目指す調和、2000年代は都市漁村交流を通じた漁村活性の手段としての遊漁の活用、そして2021年の水産基本計画に海業が取り上げられたことによって、新たな漁村産業として海業に遊漁が組み込まれていることを詳細に述べている。また、竹ノ内徳人(第4章 沿岸域におけるプレジャーボート・マリーナの利用と管理)もプレジャーボートの放置艇問題などを取り上げ、地域漁業と海洋レジャーの間で頻発していたトラブルが、海のツーリズムあるいは海業という形を提示しながら新しい沿岸域利用の共存的関係を構築しようとしている、と説明している。日本の漁業が縮小してきたことで、皮肉にも海洋レジャーとの関係が好転してきたと言える。かつての対立構図から調和を経て、現在は海業として漁村の振興や都市漁村交流へと変貌している。とはいえ、やはり同じ海域を利用する場合、トラブルや事故を未然に防ぐための調整やルールは必要で、制度的限界を迎える中で、各地の実情に合わせた対応がされている。
各地で実践される漁業と海洋レジャーの共存共栄
本書のなかでは日高、竹ノ内、婁小波ら(第9章)が、対立を克服して地域漁業と海洋レジャーの共存を図っている事例を紹介している。筆者も第2章でスキューバダイビングが盛んな伊豆の富戸ダイビングサービスおよび徳島県吉野川上流の遊漁とラフティングとの調整の事例を挙げている。富戸地区では漁協が富戸ダイビングサービスを経営することによって、無用なトラブルを避けている。当地区のダイビングショップに訪れたダイバーは、富戸ダイビングサービスが手配する漁船、漁業者の案内を通じて海にアクセスする仕組みとなっている。漁業者がダイビングスポットに案内するため、漁業操業の邪魔になるような航路を通る心配はない。漁業者にとっては漁業以外の収入源も確保でき、ダイビングショップでは自前で船を用意する必要がなくなるなど、両者にとってメリットの多い仕組みがつくられている(図)。
一方、吉野川の事例は、漁業対レジャーというよりはレジャー対レジャーという性格が強く、昔から遊漁が楽しまれていたエリアにラフティングの利用が加わったことでトラブルが頻発するようになった。ラフティングの船が通ることで鮎が逃げたり、釣り糸が引っかかるなどの問題が発生し、遊漁者からの苦情が殺到していたが、地元行政が仲介に入り、話し合いがもたれることになった。その結果、ラフティングの通過時間や通過回数などを取り決めた協定を、地元漁協とラフティング業者間で締結することになり、そのルールに基づいて、お互いが川を利用するようになった。本事例では利用者がルールづくりを行うことで、ルールが守られやすくなり、さらに、関係者が集まって河川の利用を話し合う場が設けられたことで、地域振興や観光戦略など次のステージの話し合いも行われるようになった。
このように地域の実情に合わせた仕組みづくりやルールづくりによって、水面の多様な利用を実現することができるようになっているが、海洋レジャーの性格によってはルール形成の場に参加してもらうことが難しかったり、ルールを十分に周知できない場合もある。海のレジャー的利用をめぐってはまだ多くの課題が残されているが、地域資源を持続的に利用し、国民のニーズに応え、地域振興につなげていくという難題に対する答えが、各地で実践されており、それらの知見を拾い上げ、丁寧に分析していくことが今後重要になろう。(了)
一方、吉野川の事例は、漁業対レジャーというよりはレジャー対レジャーという性格が強く、昔から遊漁が楽しまれていたエリアにラフティングの利用が加わったことでトラブルが頻発するようになった。ラフティングの船が通ることで鮎が逃げたり、釣り糸が引っかかるなどの問題が発生し、遊漁者からの苦情が殺到していたが、地元行政が仲介に入り、話し合いがもたれることになった。その結果、ラフティングの通過時間や通過回数などを取り決めた協定を、地元漁協とラフティング業者間で締結することになり、そのルールに基づいて、お互いが川を利用するようになった。本事例では利用者がルールづくりを行うことで、ルールが守られやすくなり、さらに、関係者が集まって河川の利用を話し合う場が設けられたことで、地域振興や観光戦略など次のステージの話し合いも行われるようになった。
このように地域の実情に合わせた仕組みづくりやルールづくりによって、水面の多様な利用を実現することができるようになっているが、海洋レジャーの性格によってはルール形成の場に参加してもらうことが難しかったり、ルールを十分に周知できない場合もある。海のレジャー的利用をめぐってはまだ多くの課題が残されているが、地域資源を持続的に利用し、国民のニーズに応え、地域振興につなげていくという難題に対する答えが、各地で実践されており、それらの知見を拾い上げ、丁寧に分析していくことが今後重要になろう。(了)

■図 富戸ダイビングサービスの事業の流れ(資料:第2章p.39より転載)

吉野川のラフティングの様子(写真:関係者提供)
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