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オーシャンニューズレター
第575号(2024.07.20発行)
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「国連海洋科学の10年」における水中文化遺産プロジェクト
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国連海洋科学の10年/水中文化遺産/石干見
東京海洋大学大学院(ユネスコ水中考古学大学連携ネットワーク)教授◆岩淵聡文
2021年に始まった「国連海洋科学の10年」では2024年2月現在、公募された51のプログラムとそれらを実際に現場で動かしていく330のプロジェクトが進行している。
プログラムの一つに「海洋科学の10年遺産ネットワーク」が主催する「文化遺産枠組プログラム」があり、そのプロジェクトの一つが「現地住民、伝統的生態学的知識、気候変動:象徴的な水中文化遺産としての石干見」である。
プログラムの一つに「海洋科学の10年遺産ネットワーク」が主催する「文化遺産枠組プログラム」があり、そのプロジェクトの一つが「現地住民、伝統的生態学的知識、気候変動:象徴的な水中文化遺産としての石干見」である。
水中文化遺産プロジェクト
水中文化遺産プロジェクトは、東京海洋大学が主催校となり、筑紫女学園大学、フィリピン大学、韓国の木浦大学校、グアム大学、ユネスコの「水中文化遺産保護条約」締約国ポーランドのワルシャワ大学、アイルランドのトリニティ・カレッジ、同締約国南アフリカのネルソン・マンデラ大学が全世界規模で参加をしている。このうち、東京海洋大学、グアム大学、ワルシャワ大学は、ユネスコ水中考古学大学連携ネットワークのメンバー校である。初回の対面での全体会合は、台湾の文化部文化資産局の全面的な基金援助のもとで、2023年6月に台湾の國立中央大學で開催された。文化部文化資産局は、日本の文化庁に相当する政府外局である。台湾政府は、その海洋政策の一環として水中考古学研究に多額の国家予算を計上してきており、「水中文化遺産保護条約」が定める水中文化遺産の一典型例である伝統的な渚の定置漁具、石干見(いしひび)にも強い関心を持ってきている。台湾では、本島北西部だけではなく、台湾海峡に位置する澎湖(ほうこ)諸島には石干見の集中的な分布がみられている。とりわけ、澎湖諸島のそれは、世界的に見ても稀な規模かつ数量を誇っており、台湾政府は世界文化遺産候補地としての選定も行ってきている。
同地の石干見に関する最古の史料は、1696年に遡ることができる。ちなみに、日本における最古の石干見に関する史料は、1707年に記録された『島原御領内村々大概様子書』である。しかしながら、台湾を例外とすれば、石干見という漁具をその国の海洋政策の中で保護保全の対象としている国は必ずしも多くはない。中国本土や日本、東南アジア諸国では、急速な岸線開発や海洋気候変動の中で、石干見は研究者により適切に調査記録される前に、次々と破壊され、消滅の危機に瀕している。これは、「水中文化遺産保護条約」には沈没船という文言は全く登場しないにもかかわらず、水中文化遺産といえば沈没船という立場をとる政府関係者が大多数であるという事実にも起因している。
同地の石干見に関する最古の史料は、1696年に遡ることができる。ちなみに、日本における最古の石干見に関する史料は、1707年に記録された『島原御領内村々大概様子書』である。しかしながら、台湾を例外とすれば、石干見という漁具をその国の海洋政策の中で保護保全の対象としている国は必ずしも多くはない。中国本土や日本、東南アジア諸国では、急速な岸線開発や海洋気候変動の中で、石干見は研究者により適切に調査記録される前に、次々と破壊され、消滅の危機に瀕している。これは、「水中文化遺産保護条約」には沈没船という文言は全く登場しないにもかかわらず、水中文化遺産といえば沈没船という立場をとる政府関係者が大多数であるという事実にも起因している。
「国連海洋科学の10年」総会ポスター発表
持続可能な開発目標
「国連海洋科学の10年」の石干見プロジェクトは、古くからある珍妙な漁具である石干見の保護保全だけを単に目指しているものではない。国連の持続可能な開発目標(SDGs)のSDG3、11、13、14とも密接な関連を持っている海洋と人類の未来につながる「象徴的」な道標としての意味を含んでいる。
SDG3「すべての人に健康と福祉を」は、一見すると石干見とは何の関係もないようにも見える。しかしながら、ここでは石干見が地元に供給する水産資源に焦点が当てられている。伝統的な漁法で捕られた魚介類に代わって世界各地で導入が進んでいる欧米流の加工食品は、現地住民の健康状態に負の影響を及ぼしている場合も少なくない。また、伝統的な生態学的知識や地元の文化遺産の保護保全が住民の精神的な健康に寄与しているという事実は、共通の理解となっているのである。
SDG11「持続可能な都市とコミュニティ」の小区分「世界の文化遺産および自然遺産の保護保全の努力を強化する」の文化遺産に石干見が含まれるのは当然であるが、これが健全な沿岸コミュニティの持続性につながるのは、SDG3の通りである。
SDG13「気候変動に具体的な対策を」は、国連の本プロジェクトの中心である。石干見は、潮汐差によってのみ魚介類を捕獲することができる。海面上昇が少しでも進行すれば、漁具としての機能は果たせなくなってしまう。また、破壊的な暴風雨や沿岸浸食によって一度でも崩壊してしまうと、コミュニティの力が失われてしまった地域では、石干見の再生は極めて困難となる。
SDG14「海の豊かさを守ろう」においては、石干見の海洋生物多様性への関与がますます注目され始めている。現地住民は、石干見を構築することにより、海が再生され、魚介類の収穫量や魚種が増加するという伝統的な生態学的知識を守ってきたのである。
SDG3「すべての人に健康と福祉を」は、一見すると石干見とは何の関係もないようにも見える。しかしながら、ここでは石干見が地元に供給する水産資源に焦点が当てられている。伝統的な漁法で捕られた魚介類に代わって世界各地で導入が進んでいる欧米流の加工食品は、現地住民の健康状態に負の影響を及ぼしている場合も少なくない。また、伝統的な生態学的知識や地元の文化遺産の保護保全が住民の精神的な健康に寄与しているという事実は、共通の理解となっているのである。
SDG11「持続可能な都市とコミュニティ」の小区分「世界の文化遺産および自然遺産の保護保全の努力を強化する」の文化遺産に石干見が含まれるのは当然であるが、これが健全な沿岸コミュニティの持続性につながるのは、SDG3の通りである。
SDG13「気候変動に具体的な対策を」は、国連の本プロジェクトの中心である。石干見は、潮汐差によってのみ魚介類を捕獲することができる。海面上昇が少しでも進行すれば、漁具としての機能は果たせなくなってしまう。また、破壊的な暴風雨や沿岸浸食によって一度でも崩壊してしまうと、コミュニティの力が失われてしまった地域では、石干見の再生は極めて困難となる。
SDG14「海の豊かさを守ろう」においては、石干見の海洋生物多様性への関与がますます注目され始めている。現地住民は、石干見を構築することにより、海が再生され、魚介類の収穫量や魚種が増加するという伝統的な生態学的知識を守ってきたのである。
ユネスコの「水中文化遺産保護条約」
国連の持続可能な開発目標を見ても、石干見を含む水中文化遺産の保護保全は、海洋政策の中でも優先度が極めて高いものである。中国政府は水中文化遺産研究を国家政策の中に組み込み、国を挙げての推進に専心している。台湾や韓国も負けておらず、東アジアでは、政府機関内に水中考古学どころか海洋文化の専門部局や専任の国家公務員を持たないのは日本と北朝鮮だけとなってしまった。これは、多くの国において海洋文化が海洋政策のキーワードとなっているという証拠であり、国家国民のアイデンティティはもとより、水中文化遺産が領海の画定にも影響を行使するという事実が共有されてきたからである。
一方、ヤップ島の石干見を国単位で保護保全の対象としているミクロネシア連邦は、「水中文化遺産保護条約」を批准しており、同条約を中心に動いている。同国は、チューク環礁(旧トラック島)に沈む第二次世界大戦時の戦跡を世界文化遺産に登録する計画を持っているが、それに並行する形で現在、日本政府は同地の沈没船遺構から重油などの危険物質の回収と海没遺骨の収容作業を進めている。汚染の可能性のある沈没船については、2024年4月4~5日にイコモス国際水中文化遺産委員会、ユネスコ、ロイズレジスター財団などの共催で、世界初の国際対策会議がロンドンで開催された。
水中文化遺産としての石干見、第二次世界大戦時の沈没船遺構、海没遺骨などを国際的な脈絡の中で議論していくためにも、また討議の中では、すでに世界80か国弱が批准を終えている「水中文化遺産保護条約」が核となり意見集約が行われている国際情勢から判断しても、同条約の日本政府による批准が急務である。同条約は海洋国家日本の基柱となり得るものであり、東アジアで同条約の批准国が一つもない中、排他的経済水域が最も広い日本こそが、海洋文化主導の役割を演じる国家となるべきである。(了)
一方、ヤップ島の石干見を国単位で保護保全の対象としているミクロネシア連邦は、「水中文化遺産保護条約」を批准しており、同条約を中心に動いている。同国は、チューク環礁(旧トラック島)に沈む第二次世界大戦時の戦跡を世界文化遺産に登録する計画を持っているが、それに並行する形で現在、日本政府は同地の沈没船遺構から重油などの危険物質の回収と海没遺骨の収容作業を進めている。汚染の可能性のある沈没船については、2024年4月4~5日にイコモス国際水中文化遺産委員会、ユネスコ、ロイズレジスター財団などの共催で、世界初の国際対策会議がロンドンで開催された。
水中文化遺産としての石干見、第二次世界大戦時の沈没船遺構、海没遺骨などを国際的な脈絡の中で議論していくためにも、また討議の中では、すでに世界80か国弱が批准を終えている「水中文化遺産保護条約」が核となり意見集約が行われている国際情勢から判断しても、同条約の日本政府による批准が急務である。同条約は海洋国家日本の基柱となり得るものであり、東アジアで同条約の批准国が一つもない中、排他的経済水域が最も広い日本こそが、海洋文化主導の役割を演じる国家となるべきである。(了)
沈没船流出危険物対策会議
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- 編集後記 (公財)笹川平和財団海洋政策研究所所長◆阪口秀