Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第575号(2024.07.20発行)

測深技術の進歩と海洋底科学

KEYWORDS マルチビーム測深/海底地形/データ公開
東京大学大気海洋研究所教授◆沖野郷子

マルチビーム測深技術の発展により、海底地形の詳細な描像が可能になり、海洋底の科学は大きく進展した。
今後は、未測の海域に調査を広げていくことと同時に、地震・火山等の活動を地形の時間変化から追えるようにすること、また基礎的なデータを公開していく仕組みを整えることが必要である。
マルチビーム測深60年
現在、船舶やAUV(自律型無人潜水機)での地形観測の標準となっているマルチビーム測深機は、1963年に米国海軍が開発したSAAS※1が発祥とされ、2023年で登場60年を迎えた。国内で最初に導入されたのは1984年の海上保安庁の測量船「拓洋」であり、日本のコミュニティにとっても40年の歴史を刻んでいる。この間、一度に測定できる領域(スワス幅)はより広く、分解能はより高くなると同時に、衛星測地技術の発展により位置測定の精度が格段に向上したことから、海底の詳細な様子を陸上と同レベルに捉えることができるようになった。
プレート収束境界2である海溝に囲まれた日本では、沈み込み帯と島弧の火山群の調査は、科学的興味のみならず防災や資源など社会的要請も大きい。マルチビーム測深機が最初に日本周辺で威力を発揮したのも、1983年の仏船ジャンシャルコー号による日本海溝や南海トラフの調査であった。プレート発散境界である中央海嶺系も、80〜90年代に主に大西洋や太平洋で調査が進み、その構造や火成活動・断層活動の実態が次々と明らかになった。また、測深機そのものの向上と同時に、計算機の能力も格段に上がり、90年代半ばには手軽に3次元表示や陰影をつけることができるようになった。このことは、同じ数値データであっても適切な画像化によって認識できる地形を広げる効果があった(図)。
科学者の興味は活動的なプレート境界域に集中しやすいが、一方でプレート内の火成活動についての知見も広がった。古くから知られているのはハワイなどのホットスポット火山とその軌跡となる海山列だが、海底には巨大な玄武岩台地が複数知られている。これらは、比較的短期間に大量の溶岩が噴出して形成されたもので、現在の地球に同様の火成活動はない。このような熾烈(しれつ)な火成活動があったとき、地球表層の環境に大きな影響を与えたであろうことは容易に想像され、大量絶滅や物質循環の大変化といった地球史の大きなイベントをもたらしたと考えられている。しかしながら、完全にマッピングされている巨大海台はほとんどない。巨大な海台とは逆に、ごく小規模な新しいタイプの火山をプレート内に発見した例もある。日本海溝で東北日本下に沈み込む太平洋プレートの年代は1.5~1.2億年前と大変古い。ところが、プレートが沈み込む直前のアウターライズ(沈み込むプレートが弾性的に曲がることでできる緩やかな高まり)付近で、規模は小さいものの新しい火山活動が起こっていることが日本の研究者により発見された(Hirano et al.,2001,Science)。この小さな火山群はプチスポットと命名され、現在では世界的にプレート内火成活動のひとつとして認識されている。プチスポットの分布域の調査にはマルチビーム測深機による後方散乱強度マッピングが一役買っている。新しい溶岩は堆積物も薄く後方散乱強度が強いため、ごく小さい丘であるにもかかわらず、明瞭に周囲の古い堆積物に覆われた海底と区別することができるからである。
■図 日本南方に畝(うね)のように見えるのが、海洋コアコンプレックスと呼ばれる地質構造。同じ数値データであっても従来の等深線図では認識しにくく、研究者が手軽に陰影図を作成できるようになったことで発見が相次いだ。

■図 日本南方に畝(うね)のように見えるのが、海洋コアコンプレックスと呼ばれる地質構造。同じ数値データであっても従来の等深線図では認識しにくく、研究者が手軽に陰影図を作成できるようになったことで発見が相次いだ。

高分解能探査の世界
マルチビーム測深機の進化により海底の姿がリアルに分かるようになってきたが、深海域では船底からの距離が数kmに及ぶため、周波数が12~40kHz域となり、現在でもおおむね25~100mグリッドが標準的な調査で得られる分解能である。ところが、AUV(自律型無人潜水機)に数百kHzのマルチビーム測深機を搭載して海底80~100m高度の調査が行われるようになり、1m以下(サブメートル)の微地形が捉えられるようになった。これは海底の描像という意味では大きな進歩であり、海底火山であれば溶岩流の一枚ずつが判別できる。また、海底地滑りなどの表層の変動の実態もこれまでにない精度で理解できるようになった。日本近海で特に威力を発揮したのは、海底熱水系の探査である。海底の熱水噴出域の広がりは多くの場合100m四方程度、日本近海のような島弧火山ではやや規模が大きい場合もあるが、いずれにせよ船舶からの調査では点のような存在である。これがサブメートルスケールで探査が可能になることで、熱水チムニーや周囲の崩落した硫化物なども判別可能になり、熱水循環系の科学という面でも、熱水鉱床の賦存把握という面でもひとつ段階を上がったことになる。もちろん、船舶に比べてAUVの速度は遅く、スワス幅も限られるため、現時点では広域を高分解能でマッピングすることはできない。また、深海は衛星測地が使用できないため、位置精度にもまだ問題がある。しかしながら、無人機は今後さらに長時間自律航行が可能になると考えられ、測位向上を目指した技術開発も進むことを期待すると、次の世代には広く深海での高分解能マッピングが実現することになるだろう。
時間変化を追う
マルチビーム測深によって地球上の海底をくまなくマッピングすることを目標としたSeaBed2030プロジェクト3の報告によると、目標分解能でマッピングされている海底は2023年度の時点で30%に満たない。まだまだ未測の知られざる世界が広がっているのである。一方、もう一つの今後の重要な方向として、海底の時間変化の観測という視点がある。2011年の東北地方太平洋沖地震の直後、震源域の海底が地震によって水平方向に実際25m程度動いたとする研究成果が報告された(Fujiwara et al.,2011,Science)。これは、地震の約10日後に震央付近のマルチビーム測深を行い、地震前に実施された同じ測線のマルチビーム測深データと比較したもので、海底地形のみで地震時変動を示した画期的な成果である。これが可能になったのは、地震「前」に良い精度の観測データ(位置も測深も)が存在したからであり、いざ地震が起こった後に調査に行くだけでは得られぬものである。ちなみに1998年は船舶でのGPS利用測位が安定運用され始めた頃であり、それ以前のデータでは位置精度の問題で比較が困難であろう。このような海溝域の地震時の変化(海底変動や地表断層、斜面崩壊等)に限らず、沿岸活断層部や伊豆弧や南西諸島弧の海底火山に関しても、噴火や地震が起きたから行くだけではなく、静穏時の基礎データがあるからこそ活動の実態が明らかになるのである。2024年元日に発生した令和6年能登半島地震においては、海上保安庁海洋情報部の測量により、地震時に生じたと考えられる3mの海底の隆起や海底谷部の大規模斜面崩壊が報告された4。能登半島沖および富山湾については、地震前の高品質データがある海域とない海域があり、震源域全体で比較ができたわけではない。日本の周辺域の船舶による測深は、おおむね大陸棚調査によりいったん完了しているが、重要海域については高分解能の基礎データの収集が望まれる。また、水深データは歴史的にも機密の要素があるものの、あらゆる海域調査研究に必須の情報であり、広く公開される仕組みも必要である。(了)
※1 Sonar Array Sounding System
※2 プレート収束境界はプレート同士が近付く境界(プレート発散境界は離れる境界)。
※3 https://seabed2030.org/
※4 https://www.kaiho.mlit.go.jp/info/kouhou/r6/k240208/k240208.pdf およびhttps://www.kaiho.mlit.go.jp/info/kouhou/r6/k240222/k240222.pdf

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