Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第574号(2024.07.05発行)
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気候変動時代における海洋安全保障
~教育・訓練の新たなパラダイムの必要性~
KEYWORDS
人材教育/海洋安全保障/気候変動への対応
前アカディア大学学長、地球・環境科学部門教授◆Peter RICKETTS
海洋安全保障は地域紛争の影響などにより一層複雑になっており、それらに加えて、気候変動がさまざまな形で海洋安全保障上のリスクを増大させていることから、新たな専門的知識が求められるようになった。
アカディア大学では、海洋安全保障専門家資格(PCMS)プログラムを開発、海洋安全保障領域が直面する複雑な問題や状況を理解し、管理できるように、海洋専門家を教育・訓練している。
アカディア大学では、海洋安全保障専門家資格(PCMS)プログラムを開発、海洋安全保障領域が直面する複雑な問題や状況を理解し、管理できるように、海洋専門家を教育・訓練している。
海洋安全保障の複雑化
海洋環境での生活および労働はますます危険なものとなっている。地域紛争の影響、海賊行為の増加や国際的な軍事対応、難民の海上移動、貿易やサプライチェーンの混乱と世界的パンデミックのいまだに続く後遺症、自動化やサイバーセキュリティのリスクへの懸念の高まりなど、より一層複雑になっている。加えて、気候変動の影響が増していることで、世界中の沿岸地帯や海域でのあらゆる人間活動に甚大な影響がおよんでいる。世界の平均気温が産業革命前から1.5度の上昇に向かおうとする中、複雑な海洋システムは新たな常態に適応しつつあり、この新しい環境を管理するには、従来の海洋安全保障への取り組み方では不十分になりつつある。
海上安全保障とは伝統的に、海洋での活動やインフラを、破壊、悪影響や混乱を与えかねない行動から守ることと定義されている。このような行動は、直接的に、あるいは船や沿岸施設からの石油流出や廃棄物投棄など環境に影響を与えることによって間接的に、住民やインフラに影響を与える可能性がある。各国は国際協定により、自国民やインフラ運営および海洋環境を、テロリズムや犯罪、海賊行為、人身売買、汚染、侵略的外来種、資源の大規模な過剰利用など広範囲にわたる脅威から守らなくてはならない。環境と海洋資源への懸念は、特に国連海洋法条約(UNCLOS)や、漁業、環境、資源保全および保護を対象とする諸条約の整備に伴って、長く海洋安全保障の重要な構成要素となってきた。現在、気候変動が今まで経験したことのない形で、海洋活動への脅威を増大させている。そのため、海洋安全保障の定義を、地球温暖化への適応とその緩和にまで拡大する必要がある。
海上安全保障とは伝統的に、海洋での活動やインフラを、破壊、悪影響や混乱を与えかねない行動から守ることと定義されている。このような行動は、直接的に、あるいは船や沿岸施設からの石油流出や廃棄物投棄など環境に影響を与えることによって間接的に、住民やインフラに影響を与える可能性がある。各国は国際協定により、自国民やインフラ運営および海洋環境を、テロリズムや犯罪、海賊行為、人身売買、汚染、侵略的外来種、資源の大規模な過剰利用など広範囲にわたる脅威から守らなくてはならない。環境と海洋資源への懸念は、特に国連海洋法条約(UNCLOS)や、漁業、環境、資源保全および保護を対象とする諸条約の整備に伴って、長く海洋安全保障の重要な構成要素となってきた。現在、気候変動が今まで経験したことのない形で、海洋活動への脅威を増大させている。そのため、海洋安全保障の定義を、地球温暖化への適応とその緩和にまで拡大する必要がある。
気候変動の影響とその対応
地球温暖化と、気候変動の影響の頻発が、さまざまな形で海洋安全保障上のリスクを増大させている。海面上昇や暴風雨の頻発・強大化に加えて、ひどい干ばつの発生率が増加し、水の供給や主要商用航路の航行可能性に影響をおよぼしている。パナマ運河では、2023年に水位が通常より1.8m低くなり通行船舶数が大幅に制限された。
北大西洋のメキシコ湾流や中央・東太平洋のエルニーニョ/ラニーニャ サイクルといった主要な海洋システムには、前代未聞の変化の兆しが見られ、世界および地域の気候に重大な影響が起きている。風と海流は、世界航路を決定する上で非常に重要な要素であり、その体系に持続的な変化があれば、それは世界貿易とサプライチェーンに深刻な影響をもたらす。
これら気候変動への対応が急務であることから、海洋活動に対して、環境への影響を軽減し、温室効果ガス(GHG)の排出を削減せよという圧力が増している。最近の国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の締約国会議では、排出量を削減し、2050年までまたはそれ以前にネットゼロ(GHGの実質ゼロ排出)を達成する取り組みにおいて、海運業が重要な役割を担うことになった。グリーンマリン認証プログラム※1のような取り組みは、業界がその課題に対応する一つの方法だ。また、海洋環境の汚染や悪影響を減らし、海洋保護と保全を拡大し、GHG削減と持続可能性を全ての活動や業務に組み込む必要もある。2023年6月に国連で採択され、現在国連加盟国で批准手続きが進められている国家管轄権外区域における海洋生物多様性(BBNJ)協定は、国家の管轄権を超えた海域における海洋安全保障への責任をさらに課すものだ。
北大西洋のメキシコ湾流や中央・東太平洋のエルニーニョ/ラニーニャ サイクルといった主要な海洋システムには、前代未聞の変化の兆しが見られ、世界および地域の気候に重大な影響が起きている。風と海流は、世界航路を決定する上で非常に重要な要素であり、その体系に持続的な変化があれば、それは世界貿易とサプライチェーンに深刻な影響をもたらす。
これら気候変動への対応が急務であることから、海洋活動に対して、環境への影響を軽減し、温室効果ガス(GHG)の排出を削減せよという圧力が増している。最近の国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の締約国会議では、排出量を削減し、2050年までまたはそれ以前にネットゼロ(GHGの実質ゼロ排出)を達成する取り組みにおいて、海運業が重要な役割を担うことになった。グリーンマリン認証プログラム※1のような取り組みは、業界がその課題に対応する一つの方法だ。また、海洋環境の汚染や悪影響を減らし、海洋保護と保全を拡大し、GHG削減と持続可能性を全ての活動や業務に組み込む必要もある。2023年6月に国連で採択され、現在国連加盟国で批准手続きが進められている国家管轄権外区域における海洋生物多様性(BBNJ)協定は、国家の管轄権を超えた海域における海洋安全保障への責任をさらに課すものだ。
新たな海洋安全保障への人材教育
海事産業や海洋活動で指導的立場にある人々には、新たな専門的知識が求められている。環境と天然資源の安全保障は今や海洋安全保障の重要な要素であり、海洋安全保障の専門家の教育や訓練の中に含まれねばならない。こうしたニーズの高まりに対応するために、アカディア大学ではアービング造船(加、ハリファックス)と国際海洋安全保障専門家協会(IAMSP)と提携して、海洋安全保障専門家資格(PCMS)プログラム※2を2022年に開発した。このプログラムは、海洋安全保障領域の5つの要素(地政学的要素、経済的要素、運用的要素、環境的要素、社会文化的要素)を使い、従来の海洋安全保障に関する訓練の、依存関係に基づいた因果関係のアプローチを超え、海洋安全保障領域内のあらゆる問題が複数のつながりを持ち得る適応的で体系的なアプローチを採用している(図参照)。この新しいモデルは、海洋専門家を、海洋安全保障領域が直面する複雑な問題や状況を理解し、管理できるように教育するものである。
PCMSプログラムは、アカデミックコースと実務家コースの両方を組み合わせ、外的要因を複雑な適応システムとして扱い、受講者がより包括的に批判的思考ができるように訓練する。このアプローチは、海洋犯罪とその取り締まり、環境保護、サイバーセキュリティ、サプライチェーン考察、海上貿易と世界経済、気候変動と海洋利用を巡る紛争がもたらす海洋安全保障への潜在的脅威を学ぶアカデミックコースを通じて、受講者の学問的知識の基盤を構築する。この他、海洋インフラの運用・監視、コンプライアンス、セキュリティ設計に関するIAMSP実務家コースも含まれている。キャップストーンコースはこれら全てを一つにするもので、プログラム構成要素のあらゆる側面を統合する機会を受講者に提供している。
アカディア大学が授与する専門家資格に加え、実務経験を積んだ修了生には、IAMSPの認定資格が与えられ、修了者が海洋安全保障で直面する課題によりよく対応できるという信頼感を持ってもらうことを意図している。PCMSプログラムは、このように全体的かつ包括的なアプローチで海洋安全保障の教育と訓練を行う初のプログラムだ。このプログラムは完全オンラインで、海洋安全保障のいかなる分野で働く専門家であっても、世界のどこからでも、自分のペースで受講できるように設計されている。
21世紀の海洋安全保障専門家は、気候変動や世界的なサプライチェーンの混乱、サイバーセキュリティや人工知能の脅威、国際的な緊張や紛争による不安定化などの影響によって世界的な変化が加速する中で活動しなくてはならない。IAMSPのチーフ・ラーニング・オフィサーであるアラン・マクドゥーガル氏は、「沿岸国は、海事部門で損失や混乱を被っている余裕はない。海洋安全保障専門家資格(PCMS)は、海洋安全保障が直面する新たな課題に取り組む実務家にとって重要な一歩である」と述べている。(了)
PCMSプログラムは、アカデミックコースと実務家コースの両方を組み合わせ、外的要因を複雑な適応システムとして扱い、受講者がより包括的に批判的思考ができるように訓練する。このアプローチは、海洋犯罪とその取り締まり、環境保護、サイバーセキュリティ、サプライチェーン考察、海上貿易と世界経済、気候変動と海洋利用を巡る紛争がもたらす海洋安全保障への潜在的脅威を学ぶアカデミックコースを通じて、受講者の学問的知識の基盤を構築する。この他、海洋インフラの運用・監視、コンプライアンス、セキュリティ設計に関するIAMSP実務家コースも含まれている。キャップストーンコースはこれら全てを一つにするもので、プログラム構成要素のあらゆる側面を統合する機会を受講者に提供している。
アカディア大学が授与する専門家資格に加え、実務経験を積んだ修了生には、IAMSPの認定資格が与えられ、修了者が海洋安全保障で直面する課題によりよく対応できるという信頼感を持ってもらうことを意図している。PCMSプログラムは、このように全体的かつ包括的なアプローチで海洋安全保障の教育と訓練を行う初のプログラムだ。このプログラムは完全オンラインで、海洋安全保障のいかなる分野で働く専門家であっても、世界のどこからでも、自分のペースで受講できるように設計されている。
21世紀の海洋安全保障専門家は、気候変動や世界的なサプライチェーンの混乱、サイバーセキュリティや人工知能の脅威、国際的な緊張や紛争による不安定化などの影響によって世界的な変化が加速する中で活動しなくてはならない。IAMSPのチーフ・ラーニング・オフィサーであるアラン・マクドゥーガル氏は、「沿岸国は、海事部門で損失や混乱を被っている余裕はない。海洋安全保障専門家資格(PCMS)は、海洋安全保障が直面する新たな課題に取り組む実務家にとって重要な一歩である」と述べている。(了)

■図 海洋安全保障の教育・訓練の新しいモデル
※1 グリーンマリン認証プログラム=北米で事業を展開する海洋産業を対象とした環境認証プログラム
※2 アカディア大学PCMSプログラム https://maritimesecurity.acadiau.ca/welcome.html
●本稿は、英語の原文を翻案したものです。原文は、当財団英文サイトでご覧いただけます。
https://www.spf.org/en/opri/newsletter/
※2 アカディア大学PCMSプログラム https://maritimesecurity.acadiau.ca/welcome.html
●本稿は、英語の原文を翻案したものです。原文は、当財団英文サイトでご覧いただけます。
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