Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第574号(2024.07.05発行)

太平洋島嶼国による海洋環境への取り組み
〜パラオ共和国の事例から〜

KEYWORDS COP28/ブルーエコノミー/海洋資源
東北大学大学院環境科学研究科博士後期課程院生/東北アジア研究センター◆成澤みく

2023年の国連気候変動会議(COP28)では、国連気候変動枠組条約の加盟国が海の役割や海洋気候変動についても議論した。
海水温上昇によって、海洋生態系や、太平洋島嶼国のような島国に暮らしている人々の文化や生活は甚大な被害を受けている。
日本を含む海に囲まれた島国では、海の恵みを捉え直し、この大切な「海」という存在との向き合い方を再定義する必要があるのではないか。
海洋環境アドバイザーとして参加したCOP28
本稿では、西太平洋に位置するパラオ共和国の事例と共に、太平洋に浮かぶ小さな島国の気候変動への取り組みと「海」の役割について考察したい。パラオ共和国は人口約1万8千人の小さな島国だが、「a large Ocean State」でもあることを世界に発信し続けている。2023年11月の2週間、アラブ首長国連邦のドバイで開催された第28回締約国会議(COP28:Conference of Parties)において、筆者は、パラオ共和国スランゲル・ウィップス・ジュニア大統領からご指名をいただき、東北大学国際法政策センターご支援のもと、パラオ共和国代表団の海洋環境アドバイザーとして参加した。パラオ共和国の立場から海洋環境に関する各国との交渉会議や議論を経て感じたのは、世界全体の「海」への捉え方と海を気候変動対策の中心的視点に置く必要性と重要性であった。世界遺産のロックアイランドをはじめとする神秘的な大自然が今もまだ残るパラオ共和国だが、太平洋の中でもアジア圏に近い地理的条件から米国との自由連合盟約や東アジアの国々との外交政治が注目されてきた。小島嶼開発途上国(SIDS:Small Island Developing States)でもあるパラオ共和国の将来的外交図を見据え、海洋資源の活用方法のアセスメントや学術的視点からの助言が海洋環境アドバイザーとして求められた。COP28の主な目的は温室効果ガス(GHG)排出量の国際的枠組みの制定であり、各国の二酸化炭素(GHG)排出量削減に向けた取り組みのアセスメントや途上国の気候変動による損失・損害対策基金についての交渉会議が行われた。
筆者の海洋環境アドバイザーとしての会議参加が決まったのは2023年の7月。初めは、パラオ人のルーツやアイデンティティを持たない、日本人としての葛藤も感じることは多々あったが、「パラオ共和国のために私ができることは何か?」という問いを立てた。今のパラオを守るための海洋資源管理も大切だが、気候変動の状況を踏まえ20年後、30年後も豊かな自然と海を守り続けられるように先を読み、議論に挑むように心がけた。パラオ共和国大統領からいただいた貴重な機会と役割を全うするべく、5カ月先を見据え海洋法やパリ協定第6条を中心に準備を始めた。実際の準備段階では、パラオ国内でCOP28を担当している大統領府気候変動オフィスの政府関係者との打ち合わせや、太平洋島嶼国との会議において達成するべき目標を定め、プロセスを確認していく作業が続いた。筆者の専門分野は海洋環境人類学と海洋環境倫理学であり、学部時代をハワイ大学で過ごした際にミクロネシア地域の学者やコミュニティの方々との交流経験があった。また、修士課程ではミクロネシア地域の視点から見る米国間との自由連合盟約と公教育制度に関する研究プロジェクトに従事していた経緯があり、過去の経験や知見を最大限に生かせるように努力した。
気候変動に対するパラオ共和国の取り組み
2023年のCOP28では、主にグローバルストックテイク(GST)に沿って、各国のGHG排出量と吸収量のアセスメントが行われる中で、筆者が最も衝撃を受けたのは、海洋環境に関する議題が気候変動会議の中心にはなかったことである。5〜6月に開催される補助機関会合において海洋と気候変動対話という公式イベントが毎年設定されてはいるが、それでは不十分であると感じる。現地でも、環境政策を議論するための場であるのに対して、「気候変動会議で世界が海を大切に見ていない」という声が海洋環境を担当する人々から多く聞こえ、国連海洋特使も本状況に対して、遺憾を表明していた。その中でも、パラオ共和国として、COP28開催中に重要な新たな海洋環境のビジョンを太平洋島嶼国間で発表した。新たなイニシアチブであるUnlocking Blue Pacific Prosperityは、太平洋島嶼国が島国の海洋生態系を保護しながら、持続的な経済活動(ブルーエコノミー)を構築できるようなシステムづくりを目的とした太平洋島嶼国間の新たな共同ビジョンである。パラオは保護区設置や新たな海洋環境イニシアチブを通して、地球上の7割を占める海を守ることの重要さを育んでいる。海面上昇や西太平洋海洋性モンスーンの影響により気候が変化し、島民が新たな環境への適応を強いられている現状は、パラオに限らず世界各国が経験していることかもしれない。特にサンゴ礁はパラオの海洋環境の軸ともいえる大切な要素であるが、1990年代後半に発生したサンゴの白化現象により、大多数のサンゴ礁が影響を受け、サンゴが死滅した海域もある。パラオ共和国内の気候変動対策は、保護区設置や環境税設立など環境法制度を介したものが多く、州政府と地元住民が協働で環境保護に取り組む、保護区ネットワーク(PAN)法(RPPL No.6-39)もその一つである。
そして、パラオ共和国は2015年に日本の国土よりも広い排他的経済水域の80%(約50万平方km)を海洋保護区として設置し、漁業を含む資源採集活動を禁止する法案を可決した。世界の水産資源管理は、乱獲や漁獲高の衰退が問題視されながらも十分な海洋保護区制定などの政策が行われておらず、現在も水産資源の効果的な保護からは程遠い。そのような情勢を踏まえ、豊かな自然の生態系を未来へ残すために、パラオ共和国は人間の社会活動と自然とのバランスを保とうと励んでいる。
パラオ共和国スランゲル・ウィップス・ジュニア大統領(中央)とパラオ共和国代表メンバー

パラオ共和国スランゲル・ウィップス・ジュニア大統領(中央)とパラオ共和国代表メンバー

COP28が開催されたDubai Expo 2020

COP28が開催されたDubai Expo 2020

各国の交渉会議やセッションが開催される会場

各国の交渉会議やセッションが開催される会場

COP28に参加して見えてきたもの─今後の海洋環境に関する取り組みの展望
COP28開催中に各国がブルーカーボンの役割や沿岸生態系の管理体制強化の必要性について触れていたセッションに参加した。日本や米国、欧州の各国のような産業や経済がより発展している先進国はカーボンオフセットを求めている中で、太平洋島嶼国のような島国の海洋資源に着目する傾向が見られた。地政学が影響した国家体制が今後も予測される中、先進国との対話を通して太平洋島嶼国はマングローブ、サンゴ礁、藻場を含む豊かな海洋生態系を守る責任を再確認できたと感じた。
「海」というテーマはとても大きく、その存在意義も大きい。海は豊かな自然とその生態系の大切な軸となり、私たちの食と暮らしを支えている。人間がこの美しい地球の恩恵を受け、未来の世代が安心して暮らせるような環境を再構築する上でも、海は最も重要な自然環境であると考える。
世界がさらに海の重要性と沿岸生態系の役割を再認識する必要性をパラオ共和国代表として、学ばせていただいた。大統領を筆頭に代表団全員が一丸となり、この先も若者が住み続けられるパラオを創っていくため、国際的な会議でブルージャスティスを求め模索しながらでも立ち向かう姿があった。最後に代表団の一員として迎えて入れてくださったパラオ共和国に感謝の意を示すとともに、引き続き海洋に関して国際社会が抱える課題解決に貢献したいと考えている。(了)

第574号(2024.07.05発行)のその他の記事

Page Top