Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第568号(2024.04.05発行)

紛争抑止・対処のためのシーパワー

KEYWORDS 紛争回避/UNCLOS/海上自衛隊
富士通ディフェンス&ナショナルセキュリティ(株)安全保障研究所所長、水交会研究委員会顧問(元佐世保・呉地方総監)◆池田徳宏

シーパワーは中国との紛争回避のための抑止力である。
中国は国連海洋法条約の解釈の違いなどの海洋における問題を法的手段によらずに解決し一方的に現状変更しようとする。
海洋におけるさまざまな問題をUNCLOSに基づいて解決することを可能とするめにシーパワーを活用する必要がある。
日本は中国との紛争を回避するために海洋秩序とは何かを示して、これを常識として顕示・伝承することに平和のための力である海上自衛隊を使用している。
紛争回避を追求する米国
米国はアフガニスタンから撤退後、戦争をしない国となった。2021年にアフガニスタンから撤退した際には、戦死者を出したことへの批判はあったが、撤退自体の批判は皆無であった。2022年に勃発したウクライナへのロシア侵攻に際して、軍隊の派遣は行われていない。2021年のバイデン政権発足当時、米国の対中戦略は「協力(Cooperate)」「競争(Compete)」「対抗(Confront)」と言われていた。2022年に発表された米国国家安全保障戦略では協力と対抗が強調されなかった一方で、「投資(Invest)」「連携(Align)」「競争(Compete)」が挙げられた。中国との競争に勝利するために米国の強みに「投資」し同盟国・同志国との「連携」を重視している。そして、「政治」「軍事」「技術」「経済」「情報」「グローバルガバナンス」の領域で中国と競争し国益を守り、競争に勝つことで、グローバルガバナンスでの協力に中国を導こうとしている。いずれにしても、バイデン政権の国家安全保障戦略は現状を維持することに関心を持ち、中国を唯一の競争相手として、台湾海峡の平和と安定を維持することに関心を持ちつつも、いずれの側からの一方的な現状変更に反対し、台湾の独立を支持しない。中国との紛争回避を追求していることが念頭にある。
米中競争でのわが国の役割には、中国との紛争を回避するという強い国家意思を示すこと。米国との強い連携を示すこと。そして米中競争の米側に立つことによって経済的な疲弊を抱える国への支援を行い中国側への接近を止めることが求められている。日米韓各国の連携強化は北朝鮮への対応が主な目的であるものの、2023年8月のキャンプデービッド原則においては、最初に東南アジア諸国連合(ASEAN)や太平洋島嶼国との連携が示され、その次に北朝鮮対応が言及されている。このことは日米韓で対中競争する同志国と連携することの重要性を示したと言える。
抑止力としてのシーパワー
次に、シーパワーによる抑止の重要性を考えるため、東シナ海・南シナ海の米中対立の現状について考えたい。米海軍大学のアイザック・カードン(I. B. Kardon)准教授は彼の著書『China’s Law of the Sea』(2023)において、米中対立の分野を「地勢」「資源」「航行」「紛争解決」の4つに分類し論じた。中国は国内ルールである「国内法」「規制」「行政」「法執行機関」「標準的な運用手順」を駆使して国連海洋法条約(UNCLOS)の解釈を有利にすることで米国と対立しているとしている。例えば、「地勢」では排他的経済水域(EEZ)と大陸棚に関する明確なルール形成は困難であり、「資源」管理の分野においても、UNCLOSの影響を弱めている。そして、「航行」では沿岸国の管轄権の拡大を主張するとともに、これを国内法及び法執行機関の力で実現し、外国軍艦の無害通航権を規制している。この考えは世界40か国が共有し、同様の規制を適用している。加えて、「紛争解決」は法的な議論、外交努力、航行の自由作戦を駆使しても中国の慣行に勝てない状況となっている。中国はUNCLOSだけが海洋問題を支配する規則ではなく、法的紛争は必ずしも法的手続きによって解決されるとは限らないと主張している。
海上自衛隊令和5年度インド太平洋方面派遣(日印共同訓練(JIMEX2023))の様子(出典:海上自衛隊ウェブサイト)

海上自衛隊令和5年度インド太平洋方面派遣(日印共同訓練(JIMEX2023))の様子(出典:海上自衛隊ウェブサイト)

UNCLOSを支えるシーパワー
シーパワーの基本的役割は、「国土の防衛」「海上交通路の安全確保」である。特に貿易立国たるわが国では、海洋利用の自由があって初めて健全な経済活動の維持が可能となる。UNCLOSにおいては、沿岸国による管轄権行使の範囲を広くしたい発展途上国とより自由に海洋を利用したい海洋先進国との対立がある。しかし、多くの国々が違いを乗り越えて連携し、海洋の利用による利益を得ている。他方、前述のように、中国が海洋に関する独自の原則に基づいて海洋を利用していることが、大きな不安定要因となっている。本来、いずれの国も海洋問題での法の支配においては、UNCLOSによる解釈の違いを乗り越えて連携し、法的紛争は法的手続きにより解決しようとするべきである。2023年11月に筆者はインドとのUNCLOSの解釈の違いに関する協議に参加した。中国とインドの大きな違いは、UNCLOSの解釈の違いを国際的な法的手続きによって解決するという意思があるかどうかである。中国は力による現状変更の試みを通して解決する意思を示している。そのため、南シナ海や東シナ海の紛争を抑止・対処するシーパワーの形成には、中国の原則に異を唱える国々の海軍との連携が不可欠である。東シナ海・南シナ海沿岸国、近年は英国やドイツなどの欧州諸国も軍艦を派遣するようになっており、東アジア地域に直接関係のない国との連携も必要となっている。UNCLOSの解釈の違いがある場合は、力による現状変更を試みるのではなくUNCLOSという法の支配に基づいて解決していくことにより、いずれの国も海洋利用の自由の享受が可能となる。ゆえに、わが国が考える海洋秩序とは何かを明確にし、これを常識として顕示・伝承することにシーパワーを使用する必要がある。
シーパワーを構築する海上自衛隊
最後に海上自衛隊による代表的な活動を紹介したい。海上自衛隊は米国以外の他国海軍との訓練は長い間親善訓練として実施してきた。その後、海上自衛隊の戦術技量向上のため、米国以外の海軍との訓練が可能となった。2017年からは毎年「いずも」型護衛艦を旗艦とする部隊をインド太平洋方面に長期間派遣している。2023年も4月20日からの半年間護衛艦等6隻を派遣している。参加人員は約1,200人、訪問国は17カ国に及ぶ。2023年3月には岸田文雄首相がインド・ニューデリーで「インド太平洋の未来〜自由で開かれたインド太平洋のための日本の新たなプラン〜」を発表した。その中で海上自衛隊を地域の海の平和と安定に貢献する「Force for Peace」と言及した。シーパワーとしての海上自衛隊は紛争を抑止してこれを回避するための平和のためのパワーなのだ。(了)

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