Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第566号(2024.03.05発行)

スナメリを音響で追いかける

KEYWORDS 絶滅危惧種/生態調査/音響観測
京都大学東南アジア地域研究研究所准教授◆木村里子

中国の長江では河川の環境悪化や漁業での混獲などを背景にヨウスコウイルカが絶滅した。
スナメリも個体数を減らしており、その調査には目視よりも有効な音響調査が利用されている。
近年ではサウンドスケープ調査も始まり、より包括的に生態系を理解できる可能性が見えてきた。
それはヨウスコウカワイルカの絶滅から始まった
2007年、ヨウスコウカワイルカ(以下、バイジー)の絶滅が発表された。2006年に中国、日本、米国、英国、スイス等の研究者が合同で長江本流の生息域、宜昌(イーチャン)から上海まで往復約3,500kmを目視と音響によって調査したが1頭も見つけることができなかった。長江には多くの河川や湖が付属しており、バイジーがどこかに生存している可能性を否定できない。しかし、種の存続には少なくとも50頭が必要と考えられており、種としては危機的状況であり絶滅と言って過言ではない。
バイジーの個体数減少の最大の原因は漁業による混獲で、人間の影響で絶滅まで至った。バイジーは2,000万年前から存在し、世界最古の小型鯨類種の一つであった。バイジーの絶滅は、人類が引き起こした鯨類の絶滅としては最初のものであり、15世紀以降の哺乳類における科全体の絶滅としては4例目で、大型脊椎動物の絶滅としてはここ50年間で唯一の事例であると考えられている。
同じ調査で、長江に棲(す)むスナメリ(図1)も目視調査の対象となったが、確認されたのは約400頭で、中国科学院水生生物研究所の王丁教授は、「スナメリの状況は20年前のバイジーの状況と全く同じだ。彼らの数は驚くべき速度で減少している。私たちがすぐに行動しなければ、彼らは第2のバイジーになってしまうだろう」と述べた。
スナメリの個体数は急激な減少を続けており、その原因として、規制のない漁業での混獲および餌資源の減少、浚渫(しゅんせつ)による生息地の劣化、水質の汚染や騒音、船舶衝突、水域開発などが言及された。そして、今後保全を加速しなければ100年以内に絶滅する可能性が非常に高いと試算された。長江におけるイルカの減少と絶滅のパターンは、適切な環境制御を伴わない急速な経済発展がいかに自然の生息環境の悪化を招き、在来種を極めて急速に脅かすかという驚くべき実証であった。
■図1 スナメリ(©きのしたちひろ)

■図1 スナメリ(©きのしたちひろ)

長江のスナメリを調査する
スナメリは、通常は海に生息するイルカで、長江に生息するのは淡水性の亜種と考えられている。ネズミイルカ科に属し、現生の鯨類で最も小型なイルカの一種である。生息域北限である日本に生息するスナメリは最大体長が2mを超える場合もあるが、南方の東南アジアに生息するスナメリはより小さい。長江に生息するスナメリも比較的小さく、平均体長は140~150cmほどである。
鯨類の伝統的な調査方法は、裸眼や双眼鏡により目で見て動物を発見する目視調査であった。体が小さく、色が派手ではなく、そして背びれがないスナメリほど目視で発見しづらい鯨類はいない。一方で、1990年代頃から鯨類の調査に音響観測が利用されるようになってきた。
2006年、筆者は、赤松友成博士(現、OPRI海洋政策研究部部長)、中国科学院水生生物研究所の王丁教授らのチームと共同で、長江中流域とポーヤン湖の接続域においてスナメリの音響観測調査に挑戦した(図2)。目視と音響の同時調査を実施したところ、音響的検出率の方が圧倒的に高いことがわかった。2007年から2010年にかけて、定点設置型と船から曳航(えいこう)する型の2つの音響観測手法を組み合わせ、長江―ポーヤン湖接続域のスナメリの分布を繰り返し調査した。その結果、雨期(春夏)と乾期(秋冬)で季節的に変化すること、分布は船舶航路や橋梁(きょうりょう)、掘削工事の影響ではなく、魚の分布に依存することを突き止めた。
長江の魚は流域に住む約5億人の人々にとって重要なタンパク源で、過剰な漁業や水環境の悪化などによって魚資源が大きく減少し、スナメリも影響を受けていた。そして、長江の環境悪化やスナメリの個体数減少を受けて、中国中央政府は2021年より10年間の長江全域禁漁を決めた。早くも1~2年でスナメリの個体数は回復傾向にあり、いかに漁業のインパクトが大きかったか明らかとなっている。
■図2 水中に沈めた音響機材(上写真中央)と船上の目視観察の様子(下写真。中央が筆者)
■図2 水中に沈めた音響機材(上写真中央)と船上の目視観察の様子(下写真。中央が筆者)

■図2 水中に沈めた音響機材(上写真中央)と船上の目視観察の様子(下写真。中央が筆者)

サウンドスケープ調査の可能性
水中ではイルカやクジラ以外にも多くの生物が棲んでおり、音を出すことがわかってきた。近年では、生物の発する音を、個々の生物の生態解明のために使用するだけではなく、「サウンドスケープ(音の風景)」の一部として捉え、対象環境を丸ごと可視化するために使用することも増えた。海洋生物は水中環境を解釈、探索し、種内・種間の相互作用のために音を利用するが、他にも風、波、雨、雷などの自然環境によっても音が発生するし、船舶や海洋開発などの人為由来の水中騒音もあるため、サウンドスケープとして環境変化を調査する方がより包括的に生態系を理解できるのかもしれない。
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、東日本大震災以降は、日本でも洋上風力発電の建設が加速しており、環境影響評価のため、沿岸のスナメリの調査需要が加速的に増加している。海洋開発に伴って騒音を含めなんらかの悪影響が及ぶか否かなど懸念は多いが、逆に環境影響評価によってスナメリの生態解明がさらに加速する可能性もあり、今後も情勢を注意深く見守っていかなければならない。(了)

第566号(2024.03.05発行)のその他の記事

ページトップ