Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第566号(2024.03.05発行)

海洋でのジェンダー平等への期待

KEYWORDS 海とヒトの関係学シリーズ/男女共同参画/無意識のバイアス
帝京大学先端総合研究機構客員教授◆窪川かおる

ジェンダー平等の実現はSDGsの主要な目標でもある。
日本の海洋分野における女性ゼロの時代はいまや過去のものとなったが、依然として課題は多い。
『海のジェンダー平等へ』と題した本が、今春出版される。そこでは、性の多様性を基盤とする持続可能な社会で、海洋分野が発展していくために必要な提案と期待が語られている。そのあらましを紹介したい。
『海のジェンダー平等へ』出版の意義
海とヒトの関係学第6巻『海のジェンダー平等へ』が出版される(図1)。ジェンダー平等の実現を目指して、自然科学と人文・社会科学の両方の基本から海洋でのジェンダー平等がなぜ必要かについて考える内容である。海事、海洋研究、水産業などに従事する日本の女性は多くないが、欧米を中心に女性が増えている国は少なくない。世界経済フォーラムが毎年発表するジェンダー・ギャップ指数は国際比較において日本が低迷する原因となる政治や経済分野における女性の少なさに匹敵する。1999年の男女共同参画社会基本法と2016年の女性活躍推進法(略称)の施行はジェンダー平等の実現を後押しするが、世界各国での進行の方が速いようである。海洋分野でも産学官はジェンダー平等への努力を怠らず、SDGsに掲げられている持続可能な社会を実現する基本だと理解しているが、実際の行動になると未だに心もとない。実際、女性を採用したくても女性が少ない、出産・育児で仕事と家庭の両立は難しいなどの理由が立ちはだかっている。それらを解消するには、ジェンダー平等の実例を知り、もたらされる効果を知ることが現実的であり重要である。
■図1 秋道智彌、窪川かおる、阪口秀編、『海とヒトの関係学』第6巻、西日本出版社、pp.266、2024

■図1 秋道智彌、窪川かおる、阪口秀編、『海とヒトの関係学』第6巻、西日本出版社、pp.266、2024

女性執筆者の多様な仕事と海との関係
今回出版される本は、女性活躍のノウハウを提供するための実践書でも、ジェンダー不平等をあらわにする本でもない。ジェンダーとは何かを考え、その平等とは何かを原点から考えるための手掛かりを盛り込んだ本である。女性の執筆者は18名で、「序」と「おわりに」のみ男性である。
編者は、「海とヒトの関係学」シリーズ全巻の編集を担う秋道智彌氏、海洋政策研究所の阪口秀所長、そして筆者の3名である。秋道氏は時宜が到来したとの判断からシリーズ第6巻のテーマに選び、人類学、民俗学の視点からジェンダー平等を鋭く紐解いている。阪口氏は国際社会での豊富な経験から日本のジェンダー平等の現状を憂いて喝を入れている。筆者は約30年前の女性ひとりの学会理事に始まる経験を軸に、海の女性ネットワークの活動を進めてきた。
本書は3章からなる。第一線で活躍されている執筆者たちの軌跡と成果は実に多様であり、読者はジェンダーをめぐる新鮮かつ意外な知に出会うことも多いだろう。
性の定義からジェンダー平等へ
第一章「ジェンダー論の地平」では、生物学的、社会学的、人類学的に性の多様さを突き付ける。この章を読むと、LGBTQなどの多様な性が、欧米先進国の社会的理解で括られているとの論に納得する。生物学での性は、雌雄それぞれの配偶子が合体して遺伝子構成に多様性を生じさせる役割をもち、種の存続は進化と関係し、個体が雌雄のどちらになるかは複雑なのである。海洋生物の中にも性転換する種や雌雄同体の種がいて、生殖のための性は驚くほど多様だ。さらにヒトの性染色体は男性のXYと女性のXXだが、その働きは複雑である。それに心と意識が加わり性は多様化する。社会の文化や風習に性の多様性が如実に現れている地域も少なくない。アボリジニの精霊の両性具有、インドネシアのブギス人の性と船づくりの関係性、タヒチのラエラエなどの事例から、性は二極でなく多様であり、平等が尊重されることの理解が深まる。
第二章「海洋保護の最前線で」は、女性のリーダーシップと行動力が示される。海の環境保護の先頭で活動する女性たちの精力的な仕事に男女の区別はない。この章は、タイのジュゴン保護の成功における科学者と住民との協力関係構築の長く粘り強い軌跡を記録する研究者、中国や東南アジアでの音響を使ったスナメリの行動生態調査のため今日もスナメリを追って船に乗る研究者、素潜り漁の漁師の弟子となり伊良部島周辺に潜ってサンゴ礁漁撈文化の謎を解く研究者、漂流物調査から始まり海洋プラスチックごみの問題へと長年にわたり海ごみ問題を警鐘し続けるリーダー、対馬を舞台に環境保全をあらゆる方向から実践している研究者らが執筆している。目的達成に向かうエネルギーに性差はない。世界でも日本でも海洋保護の最前線にエネルギーを注ぐ人々の間にジェンダー・ギャップは無用である。
第三章「海のジェンダー平等へ」は、ジェンダー平等の実現に向けた活動と期待される展望である。例えば、1950年代に始まる漁協女性部は、今や縮小しつつあるが、その活動が活発化して起業の勢いは大きい。伝統ある職業の海女は、素潜り漁ゆえに危険と隣り合わせの勇壮さと採捕の知恵を併せ持ち、誰よりも海を観察し、海とともに生きている。映像制作者が記録したミクロネシアのポロワット環礁のカヌーや海と男女の関係性は、ごく自然なものである。海事産業においても、その振興に女性船員の雇用増加は必要であり、女性のライフスタイルを尊重した就労環境の整備や人材育成が重要となる。ただ、ここで問題になるのが、日本の理系研究者の女性比率が低い原因のひとつでもある「無意識のバイアス」である。それを無くし女性が活躍する社会が必要である。米国メイン湾研究所は女性が多い。産休日数が短いなど米国も一長一短だが、すでにジェンダー平等は女性に限らない多様性の問題だという。この章では、ジェンダー平等の指標を比較する際の注意として、正確なデータ収集の難しさにも触れている。そして、ジェンダー平等の実現とは、多様性を尊重する文化をもつ社会の成立であり、民主主義の反映に他ならないことが見えてくる。
「女性に投資を。さらに進展させよう。」
最近、常勤職に採用された育児中の女性海洋科学者は、自身の研究にも海洋分野の発展にも夢溢れる抱負を話してくれた。女性管理職に女性がいる組織は、そうでない組織より業績や成果が勝るとの報告がある。世界の多くの組織の意思決定の場に複数の女性、3割以上がいることを知る機会は増えた。日本も2024年の早々から女性が組織のトップに就くニュースが続き、ジェンダー平等の加速が期待される。3月8日は国際女性デーで、2024年のテーマは「女性に投資を。さらに進展させよう。」である。格差、人権、紛争、環境などの問題解決への女性の行動を促すことは、持続可能な地球の将来をSDGsの達成により目指すことに他ならない。海洋分野では、女性がゼロだった時代は過ぎたが、依然としてジェンダー平等の加速が課題である。本書の執筆者たちは、自らの目標に堂々と向かい、ハードルがあれば飛び越え、力強く前進している(図2)。本書は、ジェンダー平等への歩みを押し進めてくれる座右の書となるであろう。(了)
■図2 ジェンダー平等の実現への女性のエンパワーメント

■図2 ジェンダー平等の実現への女性のエンパワーメント

第566号(2024.03.05発行)のその他の記事

ページトップ