Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第565号(2024.02.20発行)

気候変動に適応した水産業の新たな挑戦

KEYWORDS 新しい牡蠣養殖方法/フリップファームシステム/シングルシードオイスター
(有)伊勢志摩冷凍代表取締役◆石川隆将

われわれが住む伊勢志摩地域では、気候変動による海の環境の変化によって、生態系にも変化が起きている。
この問題から目を背けるのではなく、正面から問題解決に取り組む必要があると考え、解決に努めてきた。
今はまだ少数派な漁法が、今後日本の水産業を救うかもしれない。
そんな気概で頑張っている。
漁業に参画した動機
現在日本の水産業は、海洋の環境変化による生態系の変化や少子高齢化による従事者の減少等、多くの問題を抱えています。われわれが住む三重県志摩市の沿岸の漁村においても水産業の衰退が顕著に見られます。また、コロナ禍の影響によりさらに衰退に拍車が掛かりました。筆者が生まれ育ち組合員にもなっている「浜島」に関して言えば、40年前900人いた漁業従事者は現在56人となっています。この40年という月日でサプライチェーンがどのように変化し、また自然環境もどのように変化したのかを調査、探求する必要があります。このままでは、「日本の食卓から魚が消える日」もそれほど遠くない話なのかもしれません。
創業50年を迎えた(有)伊勢志摩冷凍は、冷凍食品・冷凍魚介類の卸売りから始まり、地元で水揚げされる海産物の加工も同時に行ってきました。近年の漁業の状況や環境の変化にわれわれ二次産業という立場からも、「このままでは漁業が衰退していくばかりであるから、正面からこの課題解決に取り組まなければならない。そして、魚食という文化も守っていかなければならない。」こんな想いから漁業の世界に筆者は飛び込んでいくことになりました。
三重県沿岸部を取り巻く自然環境の変化
環境の変化としてはまず、近年急激に変化した海の状況としては海水温の上昇があげられます。5年前から比べると英虞湾とその周りの外湾において、4~5℃海水温が上昇しています。黒潮の大蛇行が6年続き、海水温度の上昇の影響が出ていると思われますが、この海水温の上昇が英虞湾とその近隣の外湾の生態系に大きな影響を与えたことは言うまでもありません。海女漁で主力の水揚げであり地域の名産でもある「あわび」は姿を消し、もう一つの名産である「伊勢海老」の水揚げ量も激減することとなりました。さらに今まで水揚げされることのなかった南方系の魚が多く水揚げされるようになったのです。また、英虞湾内で戦後から基幹産業として栄えてきた真珠養殖も苦戦を強いられています。アコヤ貝の斃死(へいし)率は年々上昇し、比較的に環境の変化に最も強いとされてきた真牡蠣も同様に斃死率の上昇に悩まされるようになってきました。
このような自然環境の変化の原因をひとつに絞ることは難しいですが、海水温の上昇は間違いなくそれらの中の原因のひとつです。戦後70数年変わることの無かった水産業が、自然環境の変化に伴い、変わらなければならない局面に立ったのかもしれません。「人の都合に自然を合わせる」のではなく、「人が自然に歩み寄り、理解していく」というフェーズに。
気候変動に適応した真牡蠣の海面養殖
垂下式の真牡蠣養殖の漁師から聞いた話では、海面から2mくらいまでの牡蠣は生きているが、そこから底に向かって8~9割死滅してしまうというのです。実際に、海中のデータを色々と探ってみると、酸素量の減少と二枚貝の餌となるクロロフィルaの減少が顕著に見られました。特に海水温度が30℃を超えるとこの2つのデータの減少が顕著にみられることが分かりました。ここで仮説を立ててみると、酸素量と餌がふんだんに存在したのは海面であり、その海面で養殖をすれば真牡蠣は死滅しないのではないか。この仮説を小規模ですが2年にわたり検証しました。結果、海面養殖での斃死率は1割弱という結果を得ることができたのです。
となれば、あとは海面で養殖をする漁具があるかどうか。世界中をくまなく探した結果、ニュージーランドのフリップファームシステム※1が世界で唯一牡蠣の海面養殖を行う漁具システムでした。われわれは早速、ニュージーランドからフリップファームシステムを輸入し、牡蠣の海面養殖に乗り出しました。日本国内では、2例目となる海面養殖となりました。われわれはまた、手間の掛かる稚貝の育成を、陸上で中間育成できるオカプシー(ヤンマー社製)という装置も同時に導入し、さらなる生産性の向上を目指す取り組みとしました。稚貝の陸上での中間育成と海面での真牡蠣養殖の組み合わせは、世界初の真牡蠣養殖システムとなったのです。
伊勢志摩の牡蛎漁師

伊勢志摩の牡蛎漁師

持続可能な水産業とは
現在、フリップファームシステムでの真牡蠣養殖は2年目を迎え、生産量を順調に伸ばし、また取り扱っていただく飲食店も増えてきています。現在、日本ではまだまだ知られてはいませんが、このシステムを取り入れたことで、今までと異なった視点を持つこともできました。
それは、省エネルギー化と人が行う作業の効率化でした。日本の養殖方法では、漁師の強靭な肉体と身体能力は必須ですが、このフリップファームシステムは、船の運転さえ出来れば力の強くない女性でも参画出来る牡蠣養殖システムです。誰もが自分の海のことを考え、強靭な身体能力がなくても漁業に参画出来る。このようなシステムの構築こそが持続可能な漁業に繋がるのではないかと感じたのです。そして、自然をきちんと正確に捉え、その中で自分たちに出来ることを見出す力が大切です。
今の日本の水産業を見て、変わらないことに否定は無いですし、変わらずに継続出来るならそれが一番素晴らしいことです。ですが、今の自然環境の変化はあまりにも大きすぎます。これから水産業のイノベーションを目指していく身として、過去の固定観念に捉われず、今の自然環境で可能な仕組みをわれわれの勘や経験でだけでなく、大学や水産研究所といった専門の分野とも共同でエビデンスを取得していくことを目指していきます。
そしてもう一つ忘れてはいけないこと。「未来の子どもたちにしっかりと自分たちのバトンを渡せるのか?」日々このような意識をもって進んでいたいです。今後、水産業を後退させないためにも、新しい漁業の形を追い求めていきます。新しい漁師像を創造し、若者が憧れる職業となるよう追い求めていきます。
「雲外蒼天」─厚い雲の上側には、誰も見たことのない晴天が広がっていると信じ、水産業のアップデートを続けていきます。(了)
フリップファームシステム(シングルシード方式で、専用バスケットの中を1粒ずつの牡蠣を養殖する)とシングルシードオイスター

フリップファームシステム(シングルシード方式で、専用バスケットの中を1粒ずつの牡蠣を養殖する)とシングルシードオイスター

※1 持続可能な牡蠣養殖システムの普及を目指してHEXCYL basket / FLIPFARM systemのご紹介
https://www.dainichi-ff.co.jp/wp-content/uploads/2022/10/SFS.pdf

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