Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第562号(2024.01.05発行)

資源管理と水産加工業の振興を通じた水産業の変革
〜函館市を例として〜

KEYWORDS 気候変動適応策/資源管理/水産加工業
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所研究員◆田中元

気候変動に対して人類社会が生き残るには、緩和策だけでなく、既存産業の緩やかな維持と新産業の育成という適応策が重要になる。
そして水産業の適応策において重要な役割を持つのが資源管理と水産加工業の促進である。
本稿では北海道函館市のスルメイカ産業とブリ産業を事例に、水産業の新たな環境への適応策を考察する。
気候変動が海洋産業にもたらす影響
気候変動は海洋産業に影響をもたらす。例えば温暖化による水温の上昇は、回遊性魚類の密度分布に変化をもたらす。わが国の沿岸漁業は今後、これまで獲れていた水産物が獲れず、逆にこれまで獲れなかった水産物が獲れる地域が増えると予測され、実際にそのような現象が起きている。
気候変動の最中で人類社会が生き残るには、緩和策だけでなく、適応策が必要である。適応策とは、緩和策で時間を稼ぎつつ行う、人類社会の新たな環境へのスムーズな移行である。スムーズな移行とは、経済において、既存産業のゆるやかな維持と新産業の育成を意味する。本稿では北海道函館市の水産業を事例に、気候変動への適応策について考察する。
函館市の変化:「イカゲーム」から「ブリゲーム」へ
図1は函館市のスルメイカとブリの漁獲量の推移を表している。スルメイカは2007年には40トン以上だった漁獲量が、近年は大幅に下がり、2019年には5千トン未満になった。一方でブリは2000年代にはほとんど獲れなかったが、2008年頃から漁獲量が増大し、2019年にはスルメイカよりも漁獲量が多くなった。この逆転現象を、2021年にNetflixで配信された「イカゲーム」という韓国ドラマに引っ掛けて、函館市は「イカゲーム」から「ブリゲーム」の町に変化していると表現した報道もあったと聞く。
函館市は今後、新たな環境に適応するために、既存産業のスルメイカ漁業の緩やかな維持と、新産業のブリ漁業の育成を行う必要がある。新産業の育成だけでなく、スルメイカ漁業を維持する理由は三点ある。第一に、スルメイカ産業は長年函館市の基幹産業となっているため、急激な縮小には函館市の社会構造が適応できない可能性が高い。第二に、スルメイカは函館市の象徴となっており、スルメイカ産業の消失は文化的な損失にもつながる。第三に、ブリの漁獲量の増加は一過性の現象かもしれず今後スルメイカの加入量が復活する可能性もあり得る。以上のような理由から、既存産業の維持と新産業の育成が、函館市にとって必要な気候変動への適応策である。
以下では既存産業としてスルメイカ漁業、新産業としてブリ漁業を例として、適応策としての在り方について議論する。
■図1 函館市のブリ、スルメイカの漁獲量の推移(出所:北海道水産現勢から筆者作成※1)

■図1 函館市のブリ、スルメイカの漁獲量の推移(出所:北海道水産現勢から筆者作成※1)

スルメイカ:資源管理を通じた既存産業の維持
今後獲れなくなる水産物を持続的に利用し続けるには、適切な資源管理が必要である。資源管理によりいずれ資源は回復し漁獲量も上昇するが、最初の数年間漁獲量が減少する可能性が高く、関連産業に負の経済効果をもたらしてしまう。スルメイカ漁業者や加工業者などに資源管理に協力してもらうために意思決定者には、資源管理によって見込まれる経済効果を時系列で示す必要がある。
函館市のスルメイカ資源管理政策の経済効果を明らかにするために、田中・牧野(2023)※2は資源評価と経済モデルを組み合わせた分析を行った。その結果、最大持続生産量(Marginal Sustainable Yield: MSY)に基づく資源管理の経済効果は、スルメイカの加入量が低くなる、つまりスルメイカが獲れなくなる場合において、より資源管理の効果が出やすく、漁獲量が増えるため、より高い経済効果を持つと予測された。また、資源管理の経済効果がプラスになるにはおよそ5年、積年でプラスになるにはおよそ10年かかると予測された。
このような資源管理の経済分析の予測精度を上げるには、資源評価における不確実性を下げる必要がある。不確実性の要因の一つが中国のスルメイカ漁業である。中国の漁獲量はわからないため、わが国の資源評価では固定値が用いられ、資源量予測の不確実性の大きな要因になっている。この不確実性をなくすためにも、日本と中国での対話が今後必要である。
ブリ:水産加工業の振興を通じた新産業の成長
これから獲れる水産物においては、その水産物を用いた食文化が形成されていないため、新たな食品開発が必要である。函館市では現在、新たにブリを利活用した食品の開発と普及が進められている。例えば(一社)Blue Commons Japan※3は日本財団、はこだて・ブリ消費拡大推進協議会と共催で、ブリの新たな名産物を作る取り組みを行っている。このような取り組みによって、函館市ではブリたれカツバーガーのような新たな名産品が作られている(図2)。
ブリたれカツバーガーのような新たな水産物を活かした食品を作り、人類社会の気候変動への適応性を高めるには、一次加工から三次加工まで含めた総合的な水産加工業の振興が重要になる。具体的には以下の二つの方針が挙げられる。
まず、多種多様な魚を処理できる一次加工施設の開発である。従来の水産物と新たに獲れる水産物の大きさや形状が異なる場合、既存設備を再利用できない。そのため、多種多様な水産物を同時に加工できる加工設備が、新たな環境への適応のために重要である。
次に、二次、三次加工における積極的なR&D(研究開発)部門への投資である。二次、三次加工において新たな水産物を利用した付加価値の高い商品を開発するには、R&D部門への投資が欠かせない。しかし食品加工業は他の製造業と比べるとR&Dの投資額が少ないと指摘されている。新たな特産物を開発し地域の持続性を高めるには、R&D部門への投資を通じた新商品の開発が重要である。
本稿では、水産業が新たな環境へ適応するためには、資源管理を通じた既存産業の緩やかな維持と水産加工業の振興を通じた新産業の育成が有効であることを、函館市のスルメイカとブリ産業を事例として考察した。海が変わりつつある中で地域社会が生き残る具体的な施策として、本稿がその一助になれば幸いである。(了)
■図2 函館市の新たな名物であるブリたれカツバーガー(出典:(一社)Blue Commons Japan)

■図2 函館市の新たな名物であるブリたれカツバーガー(出典:(一社)Blue Commons Japan)

※1 https://www.pref.hokkaido.lg.jp/sr/sum/03kanrig/sui-toukei/suitoukei.html
※2 Tanaka, H., & Makino, M. (2023). Economic evaluation of MSY-based fishery policy using input-output table: A case study of squid-related industries in Hakodate City, Japan. Marine Policy, 157, 105843.
※3 https://brilliant-action.jp/buritarekatsu/

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