Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第562号(2024.01.05発行)

海洋と気候変動
~『IPCC第6次評価報告書』からの示唆~

KEYWORDS 気候変動影響/変革的適応/気候にレジリエントな開発
独・アルフレッド・ウェゲナー極地・海洋研究所、IPCC第6次評価サイクル第2作業部会共同議長◆Hans-Otto POERTNER/独・アルフレッド・ウェゲナー極地・海洋研究所◆Sina LOESCHKE

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の『第6次評価報告書』は、海での気候変動影響の深刻化を示す新たな証拠をまとめた。
温暖化進行にともなって増大する喪失の低減には、温室効果ガス排出の大幅削減と、変革的適応が必要である。
私たちの今の選択が未来を決める。
海での気候変動影響の深刻化を示す新たな証拠
海洋と沿岸の生態系は、地球上の生命と人類の幸福の多くの側面を支えている。地球の70%以上を占める海洋は、膨大な生物多様性を有し、熱、水、炭素を含む元素の循環を調整することにより、地球規模の気候システムを調節している。外洋と沿岸域、そしてそこに生息する動植物の群集は、世界中の人間の健康、生活、文化の中心となっている。すべての生物が使用する酸素の半分を供給し、何十億もの人々に食料、ミネラル、エネルギー、雇用を提供している。健全な海がなければ、地球上の生命と私たち人間の存在そのものが危機に瀕する。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価サイクル※1は、気候変動が海洋、沿岸域および陸域システムに与える影響、人間社会がこれらの影響をどのように経験しているか、そして生態系や人間が適応するために今後とりうる解決策についての証拠をまとめ、知見を精緻化した。これらの証拠は、新たな実験室での研究、フィールドでの観測やプロセス研究、より広範なモデルシミュレーション、そして先住民族の知識や地域知(local knowledge)によってもたらされ、IPCCの報告書の中で検討・評価された。
さまざまな情報源によって描かれた未来図は、かつてないほど憂慮すべきものとなった。人為的な気候変動によって、海洋、沿岸、陸上の生態系は、過去何万年にもわたる歴史上で先例のない状況にさらされている。気候変動は、微生物から哺乳類に至るまで、個体レベルでも生態系レベルでも、あらゆる地域の生物に影響を及ぼしている。海洋では、海水温の全体的な上昇、酸性化、貧酸素化といった現象が個々に、あるいは複合的に作用し、海洋および沿岸域の生物の分布や存在量の変化、相互作用の変化、季節的な活動時期の変化などが現れている。例えば、プランクトンを餌とする魚種の稚魚の孵化よりプランクトンの繁殖が早く起こると、稚魚は餓えて死ぬ運命にあり、漁師の漁獲量が減ることになる。地球温暖化に伴い、陸上や海洋で数週間から数カ月続く熱波が頻発するようになり、種や生態系はかつて経験したことのない環境条件にさらされ、耐性や順応の限界を超え、局所的・地域的な大量死や絶滅が引き起こされている。
温暖化進行に伴う喪失の増大と適応策の限定化と効果の低下
気候変動に対するこうした生態系の反応は、温暖化が進むごとに増加すると予想される。観測された変化は、過去のIPCC報告書に記載されたよりも早くリスクが増加し、より高いレベルに達することを示している。赤道付近と北極圏の海洋生物種の豊かさは、たとえ今世紀末の温暖化が2℃未満に抑えられたとしても、減少し続けると予測されている。深海では、地球温暖化レベルにかかわらず、2100年までに、過去50年間に起きた海洋表層での海洋生物多様性の広範な再編成よりも速い速度で、水温依存の生物分布がシフトするだろう。2100年までに2℃を超える温暖化レベルでは、局地的な絶滅、生態系の崩壊、地球規模の絶滅のリスクが急速に高まる。
増大する喪失を低減するためには、温室効果ガスの排出を迅速かつ大幅に削減し、地球温暖化レベルを最小化するための緊急行動が必要である。それと並行して、避けることのできない気候変動と海洋システムの変化に対する人間の適応が不可欠であり、すでに始まっている。しかしながら、『IPCC第6次評価報告書』は、気候変動の進行に伴ってとることのできる適応策の選択肢は減り、海洋生態系やその他の生態系、そしてそれらが提供するサービスに対する気候変動影響を完全に相殺することはできないことを強調している。持続可能な未来を築くには、気候リスクをうまく低減するための変革的適応(transformative adaptation)が必須となる。つまり、人々による自然の扱い、エネルギーの生産と使用、都市の建築設計、そして多くの産業プロセスを、体系的かつ総合的に変えていく必要があるのだ。これには、持続可能性と気候変動にレジリエント(強靭)な開発の確立に向けて、政治や意思決定を変えるだけでなく、地域の共同体や地方自治体、国、国際レベルで公平性を確立することも含まれる。
実施された適応策から得られた証拠によって、多層的ガバナンス、気候に関連する危険の早期警報システム、季節的かつ動的な予測、生息地の回復、生態系に基づく管理、気候適応型管理、天然資源の持続可能な収穫は、海洋と陸上の両域において、実現可能かつ効果的な傾向があることがわかっている。海洋、沿岸、陸上の生息地を回復させることで、生物多様性、沿岸保護、レクリエーション利用、観光など、気候に関連した生態系サービスの損失を抑えることができるだろう。陸上における森林再生への取り組みと同様に、マングローブ、湿地、海草藻場、塩性湿地を回復させることは、緩和効果をもたらし、温暖化の中で魚介類の生産を保護する。しかし、自然に根差した適応策の効果は、温暖化が進むにつれて徐々に低下する。
■図 IPCC第6次評価報告統合報告書 図SPM.3(a)※2

■図 IPCC第6次評価報告統合報告書 図SPM.3(a)※2

迫るタイムリミット
健全な海洋を含む健全な生態系は、IPCC報告書が描く持続可能で気候変動にレジリエントな未来の基本的な構成要素である。さらに、今日私たちが直面している多くの地球規模課題に取り組むためには、気候、生物多様性、そして人間社会を、相互に結びついた3つのシステムとして扱う必要がある。そのうちのひとつが変化すると、他のふたつからの反応が呼び起こされる。同時に、それらの相互依存関係が私たちの解決策を決定する。
積み上げられた科学的証拠が明白に示すのは、気候変動は、人間の福利、生態系と地球の健康を脅かすということだ。野心的かつタイムリーな排出削減を通じて、地球温暖化を1.5℃近くに抑えることは、健全な未来のための必須条件である。その条件下では、私たちは豊かな生物多様性と健全な生態系を確保することができる。長い目で見れば、海洋は陸上の生態系と同様に、気候を調整し、何十億もの人々に栄養価の高い食料を供給することで、気候変動リスクに対する脆弱性を軽減することができる。しかし、気候に関する世界的な協調行動がこれ以上遅れれば、誰もが住みやすい未来を確保できる可能性という、この短期間で急速に閉ざされつつある窓を見失うことになる。
したがって、私たちの今の選択が、未来を決める。現在の地球温暖化レベルでは、気候変動にレジリエントな発展はすでに困難な状況にある。温暖化が2℃を超えれば、小島嶼や沿岸の低地の都市や集落など、一部の地域ではもはや不可能になるだろう。『IPCC第6次評価報告書』は解決策を提示しているが、それを実行に移すためのタイムリミットが迫っている。(了)
※1 IPCCの第6次評価サイクルに作成された報告書の和訳は、以下の環境省ウェブサイトよりご覧いただけます。 https://www.env.go.jp/earth/ipcc/6th/index.html
※2 Figure SPM.3: Panel (a) IPCC, 2023: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2023: Synthesis Report. Contribution of Working Groups I, II and III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Core Writing Team, H. Lee and J. Romero (eds.)]. IPCC, Geneva, Switzerland, pp. 1-34, doi: 10.59327/IPCC/AR6-9789291691647.001
●本稿は、英語の原文を翻案したものです。原文は、当財団英文サイトでご覧いただけます。 https://www.spf.org/en/opri/newsletter/

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